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子猫ちゃん、どこイクの?[SF小説]#1

※はじめにお読みください

 暗闇が迫るときを歩いている事に気づいて、カナエは足を止めた。
 周囲を見渡すと、天井照明は半分以上壊れて明かりがついておらず、壁沿いに設置された総合センサーからわずかに漏れる弱い光がうっすらと床との境界を知らせている。太陽の光はいっさい届かない場所だが、遠くで日が落ちたことがわかった。
 博多駅の地下街は複雑な構造を持つ広大な空間で、カナエがいるのは地下鉄の乗り場に向かう地下道の中央あたりだったが、1日に10本ほどしか走らない電車はとっくに運行が終わっていて、誰の歩く音も聞こえなかった。かすかにブーーーンとうなる機械音だけが遠くで反響している。
 さまよっていた意識が体に戻ってきたようで、彼女は少し息を吐いた。凍るような寒気と共に何とも特定しがたい軽い臭気がどこかに向かって漂っていく。
 昼間に高速バスで到着してから、ずっとあてもなく駅の周辺を歩きまわっていた。夕暮れがせまるにつれ、ほとんど無意識に歩く範囲が地下街だけになっていた。他の場所にくらべたらはるかにここが安全だからだ。それでも体が緊張していて、ジャケットの右ポケットで握りしめたライナーロックが熱く感じる。暗闇の奥まった向こうにはうなだれたり寝転んだ人々がいるはずだが、気配は何もなかった。
 静まりかえった冷たい空気を感じていると、今日ずっと心の中でくりかえしてきた言葉がまた浮かんできた。
 『なぜ、ここに戻ってきた?』
 カナエはさっきよりも大きい息を吐いた。どうしようもないじゃないか。もともと、どこに行く当ても無かった。どうせ、何をどうしたってこの世界はクソだ。……だとしても、このまま地下街で震えながら夜を過ごすのは気が乗らない。
 彼女は後ろをふりかえって歩きだし、今来た道を戻って行った。今度ははっきりと目的を持って歩いていて、薄暗闇の中でも道を迷うことはなかった。20メートルも行かずに彼女は目ざすものを見つけた。それは他の壁にもあった総合センサーと似ているが少し大きいもので、近づくとその薄い明かりは壁に取り付けられた白く四角いのっぺりとした機械となった。カナエは機械に向きあうと左の拳を前に突きだしながら、よどみなく言った。
「ここで働きたいんだけど?」
 すぐにかすかな作動音と共に機械上部の小さなカメラが動いてカナエを捉えたようだが、そのまま15秒ほど待っても何も返答が無い。目の動きから知的レベルを測定して応答パラメータを設定しているか、あるいは前にここで入れたマイクロチップのデータを読みとって検索しているのだろうが、その登録の時よりもずっと時間がかかっている気がする。考えているとやっと機械の応答が始まった。
「こちらはハカタCCC(トリプルシー)外部委託業務斡旋窓口です。どのような業務をご希望ですか?」
「チクロク」すぐにカナエが答えると、機械は今度は0.5秒後に返答した。
「マイクロチップのデータを読み取りました。あなたは1年5ヶ月11日前に、ハカタCCC委託・クシナダ警備事業関連補助業務・博多駅前ビル筑後口側第6部署、にお勤めでしたね。業務資格を更新しました。筑後口側第6部署にて業務を開始できます」
「……もういいんだ?」カナエはビックリして聞いた。「再テストとかしないわけ?」
「こちらのセンサーで再確認しております。あなたの作業遂行能力に問題はありません」
「ふーん。そりゃ、どうも」
 彼女は壁の機械から離れると、地下道の暗闇の中央を慣れた様子で歩いていった。
 博多駅を横断するために地上に出る階段を登る。階段の両脇にはエスカレータがあるが、まだ19時にもなっていないのに動いていない。
 階段を登ると地下よりずっと明るい博多駅の構内に出た。昼にここに来たときにはまだ人々の動く流れがあったが、今は静まりかえっている。勝手に物を売っていた露天商たちはいなくなり、構内に立つ柱や壁ぞいのあちこちにははっきりと人の塊が横たわっているが、それらはもうどれも動かない。クシナダのパトロールドローンのブーーンとうなる音が近くなったり遠くなったりしながら聞こえていた。筑紫口の端まで歩き、また地下道に入るかどうかすこし考えた。外は湿った曇り空だがまだ少しだけ明るさが残っていて、古いビル群が広がる雲を覆っている。1年半前と同じなら、地下街のほうが監視カメラの数がはるかに多い。築6ビルまではほんのわずかな距離だが、外の方が地下よりずっと明るくても、動き回るドローンのカメラしかない路上を夕闇の中で歩くのは恐ろしい。
 するとふいに階段の下から彼女を呼ぶ声がした。
「あれ? もしかしてカナエじゃないか?」
 カナエは声の主を見極めるのに少し目を凝らしたが、その格好ですぐに相手が誰かわかった。このあたりで光沢の強い灰色の武装スーツを着て目立っている大柄な女といえばジュカしかいない。ジュカはカナエの知らない男2人を脇に従えて階段を登ってきた。彼らは腰の同じ位置にピストルを下げている。
「やっぱカナエだ。ここが違うから別人かと思った」ジュカはカナエの頭を指さしながらそう言った。髪の色のことを言っているのだろう。田舎では髪を染められなかったから仕方なく黒髪にしていたのだ。
「……久しぶり」嫌々ながら手を上げてカナエはジュカに挨拶した。どうせ築6に入るにはジュカに会うのは避けられない。「あたし、またここで働くことにしたんで。築6に行くから。よろしくね。それじゃ」3人をすり抜けて階段に行こうとしたが、ジュカがニコニコしながら彼女の前に立ちふさがった。
「またあんたに会えるなんて、嬉しいな? ここで働くって? そりゃいいわ」ジュカは機嫌良くそう言いながらカナエの姿を上から下まで確認するように見回し、左右の男2人に顔を振ると、彼らもジュカを見てうなずいた。「ちょうどあんたが帰ってきたとこに出くわすなんて、いいタイミングだわ。話したいことがあってさぁ。一緒に来いや?」ジュカは返事も待たずに背を向けると地下への階段を降りていった。男2人がカナエの後ろにまわりこんだので、否応なくジュカに付いていくしかない。しぶしぶとジュカに従って地下道を進んだ。やがてまた地上に出る階段を登り、駅前の旧ホテルビルへと入った。あちこちが剥がれた赤い絨毯が敷かれたロビーには武器を携えた男たちがたむろしていて思い思いにソファなどに座っていたが、彼らはジュカを見ると一斉に立ち上がり「ジュカさん、お疲れさまです!」と挨拶した。
 ジュカは男たちを無視してロビーの奥まで進むといちばん大きなソファの真ん中にドッと腰を下ろした。灰色の武装スーツがソファにめりこむように沈む。付いてきた2人の男は同じソファの両端にそれぞれそっと座った。カナエはどこに座ったらいいのか迷ったが、やや離れた小さな一人がけソファに座った。他の男たちは落ち着かないようすでカナエに近づいたり、また座り直したりしていたが、半数ほどはそのままいなくなってしまった。
「……それで、何の用?」カナエはせかせかとジュカに聞いた。「悪いけど、暗くなっちゃうし、あたし早く築6に行きたいんだけど」
 ジュカは両手を組んでソファの背にもたれた。しばらく考えたような顔をしてから、こう言った。
「こないだ、ミカが死んだんだ」
 ミカはジュカの妹で、カナエにとってはわがままで嫌な奴だった。しかしジュカは妹をかわいがっていたので、下手な事を言って怒らせたら面倒だ。カナエは慎重に言葉を選んだ。
「そうなんだ? 気の毒に。……まだ若いのに、なんで?」
「殺されたんだよ!」急に激昂して組んだ腕を広げたジュカが目を見開き大声で言った。両脇の男2人がビクっとして黙って背筋を伸ばした。「道ばたで誰かわかんねえ奴に殺されたんだ!」
「……すぐそこの路地だ」ジュカはロビーの外を指さした。もともとのガラス張りのほとんどの部分は板張りされたうえに家具やガラクタが積み上げられているので、外は何も見えない。
「ミカが?」カナエは信じられないように言った。「一人で外を出歩いてたってこと?」
「あの子がそんなことするはずない、そう思うよな? あの子はこのあたりの治安は良くわかってるし、いつも慎重に行動してた。普通なら一人で外になんか行くわけねえよ。でも、たぶん誰かに騙されてたんだ。死ぬ前にあたしに黙ってなんかコソコソ行動してたっぽいし。なにか、あたしの知らないことがあるはずなんだ……それをあんたに調べて欲しい。」
「はあっ?」予測してなかったジュカの言葉にカナエは思わず声を上げた。「いや……あたしこれから築6で働くんだし。……警察に言ったんじゃないの?」
「バカ言うな、警察が何もするわけないだろっ」ジュカが吐き捨てるように言ったが、カナエもそれはわかっていた。警察が何もしないのは知ってるけど、なんであたしがそれを調べる? なにも関係無いよ?
 そう言い返したい気持ちをカナエはぐっと抑えた。ここで生活するのならジュカに逆らって目をつけられるなんてバカな真似をするべきじゃない。
「わかった……ミカのことは調べてみるよ」そう軽く言って彼女はソファから立ち上がった。「じゃあ、あたし、築6に行くから」調べるといってもどうせたいしたことができるとは思えない。強盗のついでの殺人なんていくらでもあるご時世だ。あとでみんなにちょっと話を聞いて、それっぽい話にして報告すればいいだろう。
「《オヲハ》だ。中洲にいる《オヲハ》の奴らが怪しい」カナエを見上げながらジュカが言った。
「オヲハ?」まったく聞いたことが無い言葉だったのでカナエは面食らってオウム返しに聞いた。ジュカはうなずきながら「ミカが死んでからこの辺には来なくなったけどな。こっちから殺しに行きたいけど駅ナカ以外で殺ったら面倒になるから、できねえんだよ。だからオヲハの誰がやったのか調べて、引っぱって来て欲しいんだよ」と言った。あまり理解できなかったがこれ以上話を長引かせたくなかったので、カナエは「わかった」とつぶやいた。
「ミカを殺した奴、ぜったい見つけろな?」出て行くカナエの後ろから念を押すようにジュカが言った。
 旧ホテルを出てまた地下道に入り、角を3つ曲がりながら10メートルほど歩き、また階段を駆け上がるとそのまま頭からぶつかるほどの勢いで《築6》ビルの玄関に突進した。ビルの入口はそれほど厳重に警備されているふうには見えないが、許可されている人間でなければ絶対に入れない。ドアはサッと開いてカナエを受け入れ、またサッと閉まった。
 後ろをふりむいてドアが閉まったのを確認し、カナエはそのまましばらく息を整えた。やがて前に向きなおり、約1年半ぶりに戻ってきた場所を見つめた。地下街と同じように暗くなった1階には誰もいないのがわかっている。カナエはビルの中央まで歩いて行き、エレベーターには目もくれずにその横の奥の階段を上りだした。エレベーターは古すぎてひんぱんに止まるので誰も使っていないのだ。階段の照明は十分に明るく、この場所の手入れが行われている証明となっていた。ビルの中もひんやりとはしていたが、外の寒さにくらべたら全然ましだった。
 3階をのぞきこみ、どの部屋の明かりもついてないのを見て、カナエはそのまま4階へと上っていった。職場の同僚たちは下の階で仕事をして、上の階に居住している。上に行ったほうが会える確率が高いし、自分が寝るにしても上に行く必要があるのだ。玄関を通ったときの通知を確認したのだろう、4階の入口では知った顔がのぞきこみ、カナエを来るのを待ちかまえていた。
「アイ、久しぶり」カナエはその顔を見て、階段の下から声をかけた。
「本当にカナエちゃんだ……」呆然とした様子でアイはそう言った。そのまま2人は連れだって5階まで階段を上ると、アイが指し示した手前の部屋に入っていった。その部屋には他に人がいなかったが、カナエと話をするためにアイが気をきかせたのだろう。
「カナエちゃん、実家に帰ってたんだよね? お母さんが病気だから、世話をするって言ってたよね?」部屋の隅に座るなり、アイはそう聞いてきた。
「まあね」カナエは壁に寄りかかって左足をかかえ右足を床に投げだし、部屋を見渡しながら答えた。「飲み物ない? すっごい喉が乾いた」
 アイは立ち上がって部屋に積んである箱の中からボトル飲料を取り出しカナエに渡し、また元の場所に座った。カナエはボトルを開けて一口飲んでから「やっぱ、配給はまずいな」と言い、話を継いだ。
「……帰ってからしばらくして母が寝たきりになったんだけど、そのせいで父親がキレてさ。あたしがちょっと家を離れてる間に包丁で母親を殺しちゃったんだよね。……そしたら今度はうちの兄貴が……すっごいゴロツキ野郎で、普段は家にいなくてフラフラしてたんだけど、『父ちゃんが母ちゃん殺した』って連絡したらその兄貴がやってきて、父親をボコボコにぶん殴って殺しちゃった。兄貴はそのまま家を出てったから、後始末はぜんぶあたしがやってさ。その後はもう、そこにいる理由が無くなったから、また戻ってきちゃったんだ」
 アイは目を見開いてカナエを見つめた。「そんな……大変なことがあったんだね……」それから目を閉じると苦しそうに眉を寄せてうつむき、つぶやいた。「そんな……大変なことが……」
「……そんな深刻になんないでよ。開放されてセイセイしてるんだから」カナエはアイに軽い調子でそう言ってまたボトルに口をつけたあと、さらに淡々と言った。「あいつら全員ずっと面倒な家族で……いて良かったことなんて一度も無い」
 アイはゆがんだ顔を上げると、小さな声でこう返した。
「そっか……開放か……そうなんだね」
「ってことで、あたしまたここで働くから、よろしくね」カナエは明るい調子でアイにそう言った。アイもやや落ち着いた様子になって返事をした。
「カナエちゃんがいてくれるなら、ここの雰囲気ももっと良くなるね」
「うん。明日からがんばるわ」カナエは立ち上がりながらそう言った。「ところで、ノマはもう寝たのかな? いつもの場所?」
「ノマちゃんは……ここにはいなくって……」アイはノマの名前が出るのを予測していたようにすぐにそう返したが、その声色にはまたかなり動揺した様子が含まれていた。カナエは動きを止めると、暗闇の中であ然としている彼女の顔を見た。
「いない? なんで?」
 アイは目を伏せると、ゆっくりと言葉をつなぎながら、こう説明した。
「……カナエちゃんが出てったすぐ後にキーラって人が入ってきて……ノマちゃんとすごく仲良くなって、いつも2人で楽しそうにしてたんだよね。でも……知らない間にキーラが、ノマちゃんに代理母の仕事をさせてて。そのキーラが急にいなくなって……あたしたちもノマちゃんの妊娠に気づいたんだけど、ノマちゃんは依頼主もお金のこともなんにもわからないって……たぶん最初からそういう良くない話だったんだと思う……
 ノマちゃんはつわりで体の調子が悪くなって、仕事がぜんぜんできなくなったんだよね。あたしたちはフォローしてたけど……結局、ジュカに知られちゃって。そうじゃなくてもシステムから警告が出てたから、築6にはいられなくなってたんだと思う……それで、ノマちゃんがビルを出たのが1ヶ月前くらい。そのときにジュカが端末を取り上げて会うことも禁止したから、連絡ができなくなっちゃったんだけど……エキケイの話からすると、駅チカのどこかにいるみたいで……」
「……マジか」カナエは呆然とした顔で大きく息をついた。
「どこかって……どこにいるかはわかんないわけ?」カナエが聞いた。
「うん……ジュカは知ってるはず。あの人、駅まわりにいる人間の管理はぜんぶ自分がしてるつもりだから。いくらジュカだってノマちゃんを見殺しにはしないと思ってるけど……」アイが答えた。彼女はカナエの近況を聞いたときと同じような辛そうな表情をまた浮かべていた。そして口を開くと少し震え声になっていた。
「カナエちゃんが帰ってきたの見たら、喜ぶだろうね……会えるといいけど……」
「そっか……そうだな……」カナエはそう言うとしばらく沈黙した。「ちょっと、もいっぺん外に出てくる」
「今から? 危ないよ」アイはビックリした様子でそう言った。
「すぐに戻る。……アイはもう寝てなよ。また明日な」カナエはそう言うと部屋を出て階段を駆け下りた。
 また地下道を通って旧ホテルに行き、ロビーに飛びこんだが、ジュカはすでにいなかった。「見回りに行ったよ」と言われ、地下街に引き返す。暗闇の中を小走りで突っきっていると、いきなり左足が引っかかって体が前に吹っ飛んだ。なんとか右足で踏みとどまると、すぐ後ろでうめき声がした。地下道の真ん中で寝ていた奴がいるようだ。その声はすぐに言葉にならないような罵声に変わったが、カナエは「クソッ」と小さく叫んで相手を無視し、また走り出した。
 10分ほど走り回って、ようやくジュカとさっきの男2人を見つけることができた。息が上がってあえいでいるカナエを見るとジュカはかなりびっくりしたようで、近づいてきて「どうした?」と声をかけた。
「あの……さっきの……ミカの話……」荒い呼吸をはさみながらカナエは言った。右手に飲みかけのボトルを持ったままなことに気づいて、それをまじまじと眺める。走ったせいで中身がほとんどこぼれ落ちて空になっている。こんなもん、置いてくれば良かった。
「ミカのことは……調べるよ。……犯人を見つける。……だから」カナエは体を起こして、ジュカに言った。
「ノマがどこにいるか、教えてくんない?」
「ノマ? あぁ、あの、誰のかわからん精子を注射して妊娠したバカな? ……いいよ、教える」ジュカは半笑いを浮かべながらそう言った。「あいつは駅にいる。エキケイの誰かが知ってるはずだ。後で教える。おまえは絶対にミカを殺した奴を引いてくんだぞ?」ジュカはそれだけ言うとすぐにカナエから身をそむけてそのまま行ってしまった。
 築6ビルに帰り、また階段をぐるぐると上に上った。時刻はまだ21時にもなっていなかったが、今日はもうみんなが眠りについているようで仕事場はおろか4階と5階も暗く静まりかえっていた。ただ、どこからか猫の悲鳴のような甲高い声だけがかすかに聞こえる。アイもちゃんと眠る場所に戻ったようだ。カナエは以前そうしていたように、ほとんどが資材置場になっている最上階まで階段を上がっていった。そこまでは面倒で行く者が少ないので落ち着いて眠ることができるからだ。上に行くにつれて甲高い泣き声が暗闇の中から大きく聞こえてきたが、1日歩いたり走ったりしたせいで体がクタクタだったので、あまり気にも止めずに空いている部屋に入るとドアを閉め、置いてある荷物を手で叩いていちばん柔らかそうな場所に体を押しこみ、頭痛を感じるのを我慢しているうちに眠りについた。

 博多駅から歩いて10分ほどの距離にある《中洲》の古い大型ビルの入り組んだ奥の一角に3人の男性がいた。1人の青年がやや年上の相手に一方的に話をしていて、2人とは離れた場所で別の1人が熱心になにかの機材を触っている。
 このビルはもともと巨大商業施設として80年も前に建設されたものだが、複数の階とフロアで構成された複雑な回遊型の建物で出入りがしやすいためか、不法占拠するホームレスやチンピラのたぐいが多く住みついていた。過去にたくさんあった商売をする店はとっくにほとんどが撤退していて、わずかに開いている店はヤクザの手下が酒やドラッグなどを売っている。
 リョウという名の青年がそばで寝転んでいる疲れて眠そうな顔をしたシンゴを相手に話を続けていた 
「……でさ、そのときのアイがさ、本当にかわいいんだよ。すげえびっくりした顔で真っ赤になって黙っちゃってさぁ」リョウはニヤニヤ笑いで足を組んで上半身を揺らしながらシンゴにそう言った。シンゴは疲れたように床に横たわって配給品のアルコール風味の小さな栄養ドリンクを飲んでいる。
「わかったって。……他に話はねえのかよ」似たような話を何度も聞かされ、心底うんざりしたように言った。
「だってさあ」リョウは心外そうな顔をした。「チューしたんだよ? はじめて彼女ができたんだから、ウキウキしたってしょうがないだろ? ……だよねえ、学者さん?」その場にいるもう1人に声をかける。彼はホーラン・ジンという名のハカタCCCから来た社会学者で、部屋の隅に座って仮想フィールドに広げたノートにアイコントロールで黙々と入力作業をしている最中だったが、4秒くらいして自分に話しかけられたと気づくと、リョウが何の話をしていたかをしばらく思い返していたようだが、やがて彼の方を向いて返事をした。
「つまり、リョウさんは若干15歳にして初めての恋人ができ、初キスも経験したということですね?
 そのことに関して私は主観的経験に基づいた意見を言う立場に無いのですが、世間一般に流布している情報を総合的に捉えると、それは《恋》をしているということでしょうね」
「コイ!」リョウが言うと、シンゴが「そりゃそうだろ。んなややこしい言い方しなくたって」と口をはさんだ。
「《恋》は、一夫一妻制の繁殖形式に特有の機能であると言われています」ホーランは2人の反応は気にもとめずに話を続けた。
「一夫一妻制は繁殖行為をしたオスとメスが子育てにおいても協力したほうがより適応的な場合に進化します。……適応とはゲノム多様性を持った同一種内の個体において子孫を残す数に違いが生じ、結果的にあるゲノム要因の形質が種内に広まったとき、その形質が適応的であるということです。そのようにして適応的な個体が増えることで、ある種の形質が別の形質に置きかわっていくことを進化と呼びます。そして形質が変わるときはゲノムも変わっています。これがネオ・ダーウィニズムと呼ばれる考え方です。
 ヒトにおいてはオスとメスが協力して子育てをするように進化し、その結果として一夫一妻制が見られるということですね。一夫一妻制を維持するために両性の心理的結びつきが必要であり、それが《恋》という概念として捉えられているということです。もちろん、これは生物学的な説明であって、社会学的に言えばもうすこし事態は複雑です。現代のヒト社会では生殖・育児とパートナーシップが必ずしも同一ではなく、同性婚、選択的シングルペアレント、モノアノミーなども含んでいますからね。しかしやはり生物学的な基盤は重要でしょう」
 リョウとシンゴはすでにホーランが話すのをほとんど聞いていないようだったが、それでもリョウは嬉しそうに口を半開きにしてホーランを見続け、彼がここまで話すと、いよいよ興奮が極まったように大声でゲラゲラと笑い出した。
「ハァアーッ。何言ってんのかわかんねぇー!」ニヤニヤ笑いがおさまらず前のめりになりながらリョウが言った。「学者さんは面白いなあ!」
 そう言われて男はまたたきをした。「……ありがとうございます」
「……そう言えば、兄イはどうやってマミとくっついたんだ?」すこし落ち着きを取り戻したリョウがシンゴに聞いた。
「べつに」シンゴがつまらなさそうに答えた。「べつにってなんだよ? ガキ作ってるじゃん」リョウが言った。「どうやって作るとこまでイッたんだ?」
 シンゴはしばらく黙っていたが、面倒そうに体を少しゆらすと、こう言った。
「……べつに……なぜかマミのやつが近くにいることが多くてくっついてたら、ムラムラしたからヤッたらガキができちまった。それまで誰とヤッてもガキなんかできなかったのに、できちまってビックリしたわ」
「……それって、マミのことはべつに好きじゃないってことか?」リョウがあぜんとして聞いた。
「べつに」シンゴがだるそうにまたそう答えた。3人の間に沈黙がやってきた。
「……おまえはどうなんだ? どこまでヤッたんだよ?」しばらくして今度はシンゴがリョウに聞いた。
「だから、チューしたんだって」またニヤニヤした顔になってリョウが答えた。
「なんだ、まだハメてねぇのか」寝転がったままの体を横向きにしながらドリンクを床に置いてシンゴがそう言い、さらにこう続けた。「……おまえ、ヤリ方わかってるんか? セックスは?」
「セックス!」リョウが大きな声を出した。それからそわそわした様子になり「アレだろ? 前に兄ぃに見せてもらったじゃん。だいたいの動きは……」リョウは不安定に変な動きをしてみせた。
「あぁー……まあなんだ、いちおう言っておくけど」シンゴはやや起き上がり、すこし真面目な顔をして言った。「ああいうのを真似してやると、女が嫌がるからな。あれはフェイクだ。女も動きも、ぜんぶニセモノだ」
「マジで?」リョウはびっくりして言った。
「そうだよ」シンゴもびっくりした顔になった。「まぁナンだ、アイをメロメロにさせたいなら、ちゃんと気持ち良くしてやらねえと。いいか? 今おまえがやったみたいに、急にアソコの穴に入れて動いても、女は気持ち良くなんねーぞ」
「ふぁっ?? だって、あのゲームだと、気持ちイイィって……」リョウはまた変な動きをしてみせた。
「だからフェイクだっつーの。まったくこれだからガキはよぉ」シンゴが長い前髪を邪魔そうにかきあげながらそう言って、ふと《学者さん》の方を見ると、彼はこれ以上ないような真剣な表情で2人の会話に聞き入っていた。シンゴはやや呆れた様子でリョウに向かってさらに言った。
「いいか? 女がいちばん気持ち良くなるのは、穴より前に付いてるデッパリだ。だから穴に突っこむ前にそこを優しく触ってやるんだよ。じゃねえと、突っこんだだけじゃそのデッパリには当たらねえから……」
「なんで?」リョウがふいに聞いた。
「はぁっ?」急に話の腰を折られたシンゴが機嫌悪そうに声を上げた。
「なんで、そのデッパリはそんなとこに付いてるんだ? ……意味なくないか?」かなりショックを受けた様子でリョウが聞きなおした。「だってよぉ、男がただ突っこむだけじゃ女は気持ち良くなんねぇって、どういうことだよ? やべえだろ、それは」
「俺は知らねえよ。学者さんが知ってるだろ」シンゴが投げやりに答えた。
「……女性の陰核亀頭がなぜ膣口から離れた前面に位置しているのかという問題ですか? いえ、知りませんね」ホーランは顔を赤らめながらすぐにそう答えた。「それについては私の専門外なので」
「そうだ! タフに聞いてみよーよ。学者さん、昨日のすごいモークスでさ」リョウがホーランに言った。
「いいですよ」ホーランは生真面目にリョウに答えると、ごそごそと傍らの道具類をさぐって3Dプロジェクターをひっぱり出した。彼がそれを操作するとすぐに部屋一面にモークスの初期セットが投影された。ホーランの初期セットは青空の下で太陽に輝く木々が点在し風がそよいで草が波打つ、非現実的な風景だ。(前日にこれを見せたときにホーランがこれは実在する景色ですよと言ったが、もちろん2人は信じなかった。)
「タフ」と一言ホーランがつぶやくと、部屋に投影されたセットの中心に人影がすっと現れた。草に埋もれた足元は見えないが、膝から上は太もも、横腹、両腕があらわで、ふくらんだ胸も大部分の素肌が見えていて、わずかな白い服が体にまとわりつきはためいている。薄いブラウンの長い髪も草と同じようにたなびき、その顔は有名な《タフスマイル》を浮かべてこちらを見つけていた。
 なにに対しても批判的なシンゴが、このタフについてだけは文句を言わなかった。彼は目を細めてそのアバターを見ながら言った。「イケてるよなぁ。これはイケてる」
「ありがとうございます」ホーランは律儀に礼を言った。
「あのさ、タフ。質問があるんだけど!」リョウがタフに話しかけると、タフはリョウのほうに笑顔を向けて「はい、なんでしょう?」と言った。「ユーザー以外でも認識するのがすごいよなぁ」シンゴが言うと、「CCCでは標準ですよ」とホーランが答えた。
「女のアソコについてるデッパリはなんで穴から離れたところにあるんだ?」リョウが言うと、ホーランが「それでは正確な答えが得られないと思いますね。『ヒト女性の……陰核はなぜ膣口から離れた位置にあるのか、生物学的な知見を簡略化して答えよ』と言ったほうがいいかもしれません」と横やりを入れた。
 タフは微笑みをたたえたままの顔ですぐに、リョウとシンゴの脳にはまったく認識できない内容を答えはじめた。ホーランだけがその返答を真面目な顔で聞いていた。ホーランのタフは彼を対象として彼のレベルに合わせた返答を生成したのだろう。タフの話に合わせてカラフルな3D映像もいくつか表示されているが、リョウの目にはグロテスクなものがくるくると回転し、なんとも変な感じだ。
「ヒト女性の陰核、一般的に《クリトリス》と呼ばれるものは男性における陰茎、つまりペニスの相同器官です。
 ご質問の《デッパリ》は学術的には《陰核亀頭》と呼ばれるクリトリスの一部分であり、クリトリス全体ではありません。これは男性のペニスにおける亀頭に相当します。
 ペニスにおける亀頭の下の棒状の部分は《海綿体》と言いますが、これは《尿道海綿体》と《陰茎海綿体》で構成されています。女性ではこの部分は小陰唇と呼ばれる膣口の周辺部よりも奥にあり、体の内部に隠れています。男性では1本の棒状になっているものが膣をとりまくように2手に分かれ、男性の尿道海綿体の基部にあたる尿道球の相同器官の《前庭球》と呼ばれるものが内側、陰茎海綿体と相同の《陰核海綿体》と呼ばれるものを外側にして、膣を取りまくように配置されています。
 クリトリスは解剖学的には陰核亀頭と陰核海綿体を合わせたものですが、機能的には前庭球を含めたものとして考えられます。
 男性においてはペニスを膣に挿入し、圧迫ピストン運動による刺激を加えることで射精にいたり、精子が子宮口に排出されることで繁殖行動が行われます。
 女性のクリトリスの体内部分である陰核海綿体とその内側の前庭球は性的興奮で膨張することが知られています。前庭球の膨張はバルトリン腺を刺激して膣分泌液を放出させます。これによって膣が締めつけられると同時に潤い、ピストン運動と射精を助ける効果があるとされています。
 一方で、陰核亀頭……《クリトリス》と呼称されている膣外の凸部分は、女性の性的器官のなかで刺激による快感が最も大きい部位ですが、ヒトにおいては繁殖行動に特に直接的な役割を持っていないと考えられています。
 多くの哺乳類では陰核亀頭が膣の内部に露出した状態であり、その場合はペニスの挿入とピストン運動によって直接的に刺激されるので、大きな快感が得られます。◯エビデンス!
 女性のオーガズムと共に排卵が行われる《誘発排卵》の機能を持つ動物種の場合、これによって射精と排卵が同時に起こることになるので、受精の可能性が高まります。ですので陰核亀頭は繁殖における役割を持つことになります。
 しかし、ヒトの場合は《自然排卵》と呼ばれる周期的な排卵形式であり、女性は自分の排卵をコントロールすることができず、オーガズムは排卵に関係しません。ですので、陰核亀頭が膣の外側に位置し、ペニスの運動によって刺激されることが無いとしても、ヒトの繁殖行動においては特に問題が無いとも言えます。
 それでも、なぜその位置に陰核亀頭が露出するような状態になっているのかについて、過去にも少なくない研究が行われてきました。
 たとえば、仮説の1つとして……」
「あのさあ!」リョウが大きな声で口をはさんだ。「何言ってんのかぜんぜんわかんねぇんだけど。《ペニス》ってチンコのことだっけか?」
「これからが質問の答えになるところですよ」ホーランがリョウの方を見て真面目な顔で言った。「考えたことも無かったが、なかなか面白い話です」
「なあ、せっかくこんなすげえモークスがあるんだから、もっと面白いことをしようや?」シンゴが割って入ると、リョウがすぐに「まったくだ!」と大声で答えた。「学者さん、昨日ちらっと見せてくれた、なんかすげえの、あれをもっとやろう」
 ホーランはため息をついた。2人の気を引くためにモークスのユーザー人気が高いゲームセットをいくつか見せたが、彼自身はまったく興味が無いものだったからだ。またそれに時間を取られるのは嫌だが、これもフィールド研究の一部だ。まず最初に研究対象から信頼を得ることは重要なのだ。
 彼は微笑み続けるタフを消去し、リョウが言っている《なんかすげえ》セットへと場面を移動させた。

[フィールドノート]
 6年前(2069)にハカタCCCが完成してから、天神・博多の商業地区の急激な荒廃が起こった。
 資本主義社会の根幹である世界経済は、各国の程度に差はあれど21世紀初頭から徐々に疲弊していたが、2051年の人新世人類絶滅予測はぎりぎりで持ちこたえていた社会経済システムが相当な打撃を与え、一気に破壊されたような状況になった。それについてはどれだけ記述しても足りないほど社会科学にとって重要な事項である。
 私のような社会学研究者がCCC企業であるウェスタリーズ社に招聘されたことは、CCCが絶滅研究機関であるとともに、人間社会の持続的発展への寄与も意図していることの現れだと考えられる。
 私は社会学がネット上に集められたデータを統計処理して有意な相関を探すような学問として捉えられている風潮に疑問をいだき、昔ながらの《フィールドワーク》の重要性を説く一部の社会学の先達に影響を受け、この仕事を選んだ。
 天神地区のグシカイへの潜入調査は諸事情により短期間で終わり、必ずしも十分な成果があげられたとはいえない。天神での調査後ハカタCCCに一度は戻ったものの、私はさらに旧商業地区の実地調査を望んでいた。私は今《中洲》の大型商業ビル内を拠点としてフィールドワークを再開したところだ。
 中洲は福岡地区の2大商業拠点である《博多》と《天神》の中間に位置している。東側に博多地区、西側には那珂川をはさんで天神地区があるという配置である。
 もともと博多、中洲、天神の各地区は包括的に企業のオフィスビルや商業施設が多く集まる福岡随一の都市であり繁華街であった。しかし21世紀初頭からの急激な少子高齢化と世界的経済不況の悪化に加え、50年代の《人新世人類絶滅予測》による社会混乱によってこれらの地区の都市機能はいちじるしく劣化した。
 各地区に入居していた企業は徐々に倒産、廃業、撤退していき、商業施設もその規模を縮小、飲食店なども半数以上が閉店。それでもユーラシア大陸との通行の利便性により、福岡の荒廃の進み具合は日本の他の地域よりはまだスローであると認識されている。日本で唯一のCCCが小規模ながら博多湾に建設されたのも、災害対策の観点と大陸との関係が要因である。
 この都市圏の荒廃が始まった初期から《ヤクザ》と呼ばれる、 反社会的勢力がいくつかの組織に分かれて各地域に入りこみ、脱法的な経済活動、さらには行政に変わる地域支配を行うようになっていきつつある。このヤクザという呼称は過去の日本に存在した反社会的勢力(その多くは脱法的・インモラル的手段を使った経済活動組織)が復活したかのような印象を与えているが、実際にはさまざまなルーツ(合法・非合法入国の外国籍者や、それまでの合法的経済活動が立ち行かなくなった日本国籍者)を含んだ組織である。端的に言えばCCCで求められるのとは別の能力(他者を支配する能力)が高い者たちの集まりとも考えられるだろう。企業や行政が特に都市圏において通常の活動を行えなくなっていった要因は社会学的にさまざまに説明されているが、私を含めてかなりの割合の研究者は、これが一時的な問題というよりは《資本主義と民主主義》の根本的な問題の表れであると認識している。
 このように、これまでの社会システムが成り立たなくなってきた地域にヤクザが入りこみ影響力を強めている。天神は特にヤクザの影響が強く、百年近く前から商業的通路として整備されてきた600メートルに及ぶ地下街は4年前の大規模な暴動以来ヤクザ組織《グシカイ》の実質的な拠点となっている。
 グシカイは福岡県の行政にも入りこみ、電気、水道などの社会インフラについて脅迫的に支配地域への保守を求めているので、ホームレスとなった一般住民も彼らが支配する都市圏に住みつき、ヤクザの手足となって働くものも増えている。
 中洲はグシカイの支配地域にはなっていないが、その影響下にある。どちらかというとグシカイの下で働くことも難しいような知的レベルの人間が集まっており、主に肉体労働をするか、何もしないでただ廃ビルの中にいる。中洲の特徴的な点は女性がほとんど見当たらず、男性ばかりがいるように見えることである。
 私がアジトにいたわずかな間に見た限りだが、地下街を拠点にしているグシカイの構成員は圧倒的に男性が多かったが、男性の30%ほどの数の女性も暮らしていた。女性は主にグシカイで地位の高い男性のパートナーとして存在しているようだった。パートナーといっても我々がイメージするような関係とは違っていて、歴史上の《奴隷》のような認識が近い。
 女性たちは私のようなゲストが目にする範囲にはあまり出てこなかったが、彼女たちが出産したと思われる複数の子供たちを私は地下街で目にした。しかし子供たちもあまり群れて遊ぶといった様子ではなく、姿を見たかと思えばすぐにいなくなるような感じであった。
 中洲に話を戻すと、労働者にしろ非労働者にしろ、その全員が男性である。女性は私が調査した範囲ではまったく見かけない。
 では女性はどこにいるかというと、博多駅周辺でCCCの委託ワーカーとして働いているものが多い。その場合はCCCがそれ専用に整備した駅周辺のビルで居住と仕事を行っている。
 CCCが世界の各地に建設されるようになってからゲノム生物学関連の研究者だけでなく、あらゆる種類の研究者や技術者がCCC企業への所属を希望するようになった。旧来のアカデミーから「まるでパニック発作」と言われるような一種の熱狂的状況である。CCCにはそれまで巨額の利益を上げていたITテックを中心とするグローバル企業の多くが参画したこともあり、知識と技術が集積する場として見られたという要因がある。
 巨大な研究・開発規模を持つCCCは最先端のテクノロジーを使って運営されているが、地域の行政や経済活動への協力をする必要性から生まれる付随する非知的作業も多く、それらは外部に委託されている。そのような外部委託の一環として、CCCに近い都市圏のビルなどを再利用した専用設備が整えられた。博多駅周辺にあるのもそのように整備されたビル群である。
 地方の経済システムから外れた、または元々の都市居住者の子孫であるような女性たちの中で一定の知的レベルのものはこのようなCCC委託ビル群で居住し働いている。
 これらのビル群は男性用と女性用に分けられているが、7:3の割合で女性用が多い。これについて何か理由があるのかハカタCCC側に問い合わせたところ、「応募した作業に対する採用の結果」という返答であった。PC作業や細々した手作業が多いようなので、結果として女性の割合が増えたということであろうか。
 また、博多にも博多駅を中心とする商業ビル群や地下街が存在するが、それらに存在する店舗などは天神地区とくらべるとまだ営業中のものが多い。ハカタCCCが委託ビルを整備した関係で駅周辺を重点治安維持区域にしているため、比較的に安全が保たれているのが要因である。
 中洲に話を戻すと、地区全体の特徴として北端に美術館や演劇場を擁したビルが存在し、南端には巨大な旧ショッピングモールがある。旧ショッピングモールは約10年前に旧来の管理会社が撤退したあとに複数の企業が所有を試みて法的手続きは済ませたものの、天神地区の急激な経済的な荒廃と連動する形で法的な商業活動をする者たちが撤退していき、今ではかなりの部分が法的住居を持たない民衆に不法占拠されている。
 私は2日前、そのような不法占拠グループのひとつである《オヲハ》との接触に成功し、彼らが居住する旧ショッピングモールの一角(ビル4階の一部分)でフィールドワークを行うことにした。昨日にひきつづき今日もフィールドワークの準備に追われた。
 今のところ私はオヲハのメンバー全員と面識が取れているわけではないが、〈シンゴ〉と〈リョウ〉という男性2名とのコンタクトには成功している。今日もこの2名とわずかではあるが会話が成立した。〈リョウ〉は私が来る1週間ほど前にこのグループに加入したばかりの15歳の青年である。彼はもともと博多にあるCCC委託作業を行うビル内に居住する母親と一緒に暮らしていたが、まだ聞き出せていないなんらかの事情によりそこを離れてここに来たとのことである。〈シンゴ〉とは顔なじみで、2人の会話から推察するかぎりでは〈シンゴ〉が〈リョウ〉をこちらに呼んだようである。
 《オヲハ》のリーダー格は〈ヒロ〉という男性である。彼らによるとオヲハは会社組織であり、ヒロは社長であるとのこと。ヒロ自身とはまだコンタクトが取れていない。今日もすこし話しかけてみたものの、うまく会話を成立させることができなかった。ただしヒロは私が前に天神の〈グシカイ〉のアジトに居留していたことについて非常に興味を持っているようである。私がオヲハ内に潜入できたのは、先に知り合ったシンゴが〈モンタ〉というグループナンバー2の人物に私のことを話し、モンタがヒロに《グシカイから来た学者》という説明をしてくれたおかげだと聞いている。それだけヒロがグシカイに関心を持っているということであり、グシカイ関連の話から彼の興味を引き出していこうと思っている。
 この旧商業ビルはオヲハメンバー以外にも複数の似たようなグループと、グループには属さない個人も暮らしている。私は一度ビル内をくまなく歩いて彼らの居住の全体像を把握しようとしたが、ビル内を区切っている旧店舗や会社の室内から出てこず、こちらの侵入も拒まれることも多く、データに収めた人々の数倍はいるものと思われる。所感になるがなんらかのグループが大小5つほどあり、平均11人が所属している。それ以外の個人は80~120人ほどはいるだろうか。
 そこから考えるとオヲハはメンバー数6人の小規模なグループである。
 前に書いたようにこのビル内にいるほとんどが男性だが、その年齢層はさまざまだ。オヲハのメンバー全員の年齢はまだ把握できていないが、最年少のリョウが15歳、シンゴは20代後半のようだ(本人に聞いたが答えがあいまいだった)。他のメンバーも20代後半~30代前半のようで、ビル内の平均からすると若い集団であると思われる。
 彼らはだいたい同年代でグループを作る傾向があり、天神と博多を回った際にも似たような傾向だった。これは研究分野と業務部門でまとまりがちなCCC内の人間関係とは違った特長である。
[日時:2075年03月04日22時15分、記述者:ホーラン・ジン]

 ざわざわした話し声に満ちた空間いっぱいにカフェテリアが広がっていた。そこは茫漠とした明るい空間に浮かんでいるようで区切りが無く、数千ものテーブルと椅子に人々が座っておしゃべりをしている。
 15歳の学生バーバラ・ダジャニは《カフェテリア》セットの人々が作るその明るいざわめきを味わっていた。今の彼女はかなり疲れていたが、大勢の人間たちの話し声が音の波長の重なりとして聞こえるこの状態はなんとなく心地良かった。とはいえ、彼女は考えもしなかったが、実際にはそれは本物のユーザーが発している音声ではなく、セットが作り出したニセの《ざわめき》だった。
 そうしているうちに待っている相手が来たので、彼女はセットのスケールを変更して、自分たちの《部屋》へと移動した。とたんに人々のざわめきが消え、バーバラが俯瞰の景色として見ていた無数のテーブルと椅子に座って話をする人々の遠い姿もぜんぶ消えた。多色のパステルカラーの抽象的な壁紙の小さな部屋に、白い1つのテーブルと椅子2つのセット、目の前にはテーブルの向こうに座る友人ニナヤの姿があった。
 室内にはかすかにクラシック音楽が流れている。クリュイタンス指揮、パリ音楽院管弦楽団の『ダフニスとクロエ』だ。といっても音楽はセットが自動的に流しているので、彼女たちにはそれが何なのかなど無意識にも思い及んでいなかった。
 バーバラとニナヤはモークスでの学生仲間で、生物学ジャンルの中の数千もある内の一つである《有性生殖と性淘汰》の45時間の講座を終えたところだ。2人は『学問には対話が重要である』という同じ信念のもと、たびたび講座の後の議論を楽しむためにこのセットを利用していた。そのためにわざわざ時差を考慮しながら時間を合わせて会っていたのだ。
「それにしても疲れたなぁ」ひとしきりたわい無い雑談をした後で頬杖をついたバーバラがつぶやいた。「最後の方はだいぶ寝ちゃってたかも」
「しっかりしてよ」ニナヤが言った。「あなた、すごく成績がいいんでしょ? うまくいけば早く学位コースに入れるかもよ?」
「私、そんなに急いでないんだけどなあ。好きな講座を選んでるだけ」そう言ってバーバラはあくびをした。そうは言っても、この分野で2つ年上のニナヤと議論ができるくらいの学力を有しているのは彼女にとって嬉しく誇らしいことだった。
 バーバラは気をとりなおして自分の講座ノートを見返しながら、自分自身に念を押すように話しはじめた。
「えーっとぉ……最初から確認しよう。
 生物は脂質とタンパク質の袋のなかにDNAとタンパク質が入っていて、外部エネルギーを利用してそれらの物質を複製し、自分自身の維持と増殖をするのが基本のシステム。複製するためのプログラムの情報はDNAが担っている。《性》はDNAの複製のときに複製エラーが起きてシステムのプログラムがバグっちゃうと運用できなくて《死》に至るから、そうならないようにDNAを更新するために生まれた機能。
 約40億年前の地球に最初期の生物である単細胞の原核生物が誕生したときから、性のシステムは進化のいろんな段階でバラバラに生まれてきた。
 原核生物で生まれた《性》はFプラスミドを持つものが持たないものに出会うと《接合》が起きてFプラスミドを受け渡すという形式だが、真核生物になると基本的には個体と別の個体がDNAの一部を交換するような形式が主流になった。
 DNAは機能的に意味をなす単位である遺伝子ごとに交換される。交換するDNAのまとまりを専用のパッケージにしたものを《配偶子》と呼ぶ。
 約20億年前に生まれた単細胞の真核生物はその多くが1倍体と2倍体の生活環を持ち……1倍体のときには自己複製をしてクローンを増やす。2倍体のときには配偶子を作って別の個体の配偶子と融合させ、新しいDNAを持った個体を作る。これが単細胞真核生物の基本の性で、初期には個体の作る配偶子には《性別》は無かったが、ワラジムシのように適合型を限定する性の型が生まれるようになった。これは相手を選ばずにセックスしているよりも相手を限定した場合の方がゲノムの多様性が高まり、特定環境での個体の適応度が上がるので一部でそうなった。
 約10億年前に最初の多細胞生物が生まれたとされており、菌類、動物、植物について複数のルートで多細胞化が起こった。
 自分のクローンを増やしていく《自己複製》と自分のゲノムのエラーを修復する《性》はもともとは別のシステムだが、単細胞の真核生物から多細胞化した生物が進化してくると、《自己複製》と《性》は一体化したシステムになっていった。その過程で一部の多細胞生物の機能として《異形配偶子による有性生殖》、つまりオス・メスという二極化した性別の型が生まれた。
 配偶子のサイズの違い、さらに出産形態によってオスとメスの繁殖戦略には違いが生じる。これによって配偶者の選択に選り好みが存在するとき、それによって個体の適応度が変化し、種内ゲノムが変化していくことを《性淘汰》という。クジャクのオスの飾り羽!などなど。ダーウィンは『種の起源』で自然淘汰と性淘汰の2つが進化の原動力であると主張した。現代の進化学では他にもさまざまな要素を含めているものの、性淘汰が生物種に与える影響が大きいことには変わりがない……」
「間違ってはいないけど、すごーく大雑把なまとめ方。……それはそうと、レポートのテーマってどうする?」テーブルの上で自分のノートを見返していたニナヤが顔を上げて聞いた。「有性生殖、または性淘汰に関する独自のトピックについて調べること。期限は2ヶ月後。……他の講座もあるから、時間は有るようでそんなに無いよね」
 バーバラは頬杖をついたままの頭を左右にふって考えながら、こう答えた。
「そうだなあ……とりあえず、ペニスと精子についてはもううんざりだな。膣壁を傷つけるトゲ付きペニス、膣をふさぐ精子栓、メスの性欲を下げる毒入り精液……」
「それは同感」ニナヤが顔をしかめ、さっと自分の腕を交差させて身を守るポーズをとりながら言った。「聞いててなんかカラダが痛くなってきちゃったもんね。あと、多細胞の雌雄同体生物も。見たら気持ち悪くなっちゃった」
「あー、カタツムリとか。グロかったもんねー」バーバラはため息をついた。
「あと、体内受精の起源でさ。確実に自分の精子で受精させるためにメスの体に突き刺す器官を発達させたオスが進化したっていう……」ニナヤが言うと、バーバラもすぐに答えた。
「あー、なんか『痛っ』て思ったよね。メスの精子受け入れ器官は後から発達したんじゃないかって話。……進化生物学をやってると異性に対するロマンがどんどん削られていくんだよなぁ」
「私、一生、男とつきあったりしない。セックスもしない」ニナヤが急に上半身を直立させて断言した。
「前にちょっとだけ私の両親の話をしたでしょ? 母は私の遺伝的父親と恋愛して自然妊娠したけど、彼は妊娠中の母に暴言を吐いて彼女を捨てて行ったの。それなのに仕事で会ったときは他人のふりをして平気な顔をしてるって。……男なんて最低の存在だ」
「気持ちはわかるけど……個別の事象を簡単に拡大して概念化するのは科学的じゃないと思うけどなぁ……」バーバラがためらいがちに言ったが、ニナヤはそれには返事せず、自分のノートに目を向けて別の話を始めた。
「……そういう性淘汰の発展の事象よりも、私は有性生殖の起源……特に、多細胞生物にオス・メスという性別の二極化が起きたのかについての仮説のほうに興味があるな。有性生殖の起源についてはマラーのラチェット、コンドラショフ効果、それと赤の女王仮説、現在はゲノム内の遺伝子間競争にもとづく説が有力だけど、これらはすべて《なぜオスが存在するのか》についての説明としては決定的では無い」ニナヤはノートを確認しながら、さらにこう続けた。
「……そもそも、真核生物は《細胞内共生》によって生まれたと言われているけど、単細胞の真核生物は……今にいたるまで、核だけじゃなく、細胞内小器官(オルガネラ)も複製細胞に分配する。でも、多細胞生物になってから始まったオス・メス式の繁殖方法だと、オスは自分の《核》しか子孫に伝えられない。
 これはオス側の細胞内小器官にとっては大問題なんだけど……」
「それは、細胞内共生をするようになってからオルガネラのDNAが核に吸収されて、共生生物がゾンビになっちゃったからでしょ?」バーバラがそこで口を出した。彼女はゾンビの真似のような両手を振る動作をしながらさらに言った。
「ゾンビはもう自律的に動けないんだから、核がやることを妨害できない。細胞内共生から真核生物への道は、核がボスになってオルガネラが手下のゾンビになる過程だったってことでしょ? 共生細胞内でDNAの情報が整理・統合されていった結果として真核生物になったわけだよね。おかげで真核生物は多細胞化して私たちみたいな生物も誕生したんだから、結果オーライじゃない? 何が問題?」
 ニナヤはバーバラを見て反射的に何か反論しようとしたが、もういちど自分のノートに目を向けると、さらに考えをまとめるように、ゆっくりと話を再開した。
「……自己複製する個体が自分のクローンでは無くてちょっと違う個体を作るために他個体とゲノムの交換をするのが性の基本形。自己複製だけでは生物の継続には限界があってゲノム交換システムがどうしても必要だったから、初期の生物進化の過程でこの形の性はなんども登場したってことね。
 古細菌(アーキア)と複数のバクテリアが共生することで進化したのが真核生物だけど、10億年くらいまでは《単細胞》型しかいなかった。
 2006年に日本のノザキが研究で示したように、ある種の藻類に《オス型》になる遺伝子が発現したことでオスメスの分化が起きたことがはっきりした。つまり、メスが個体の基本形で、オスが派生形であることが確定した。
 オス化する遺伝子がたまたま誕生し、それが《適応的》だったから多くの生物に広まり、現在に至るって感じ。たしかに、進化では《たまたま》起こったという説明も成り立つけど……私はそこをもっと掘り下げてみたいと思ってる。なんで男みたいな……発生のための資源を持たず、ゲノムだけを相手に送りこんで、相手の資源でクローンを作る、寄生するような個体が登場することになったのか、その起源の部分をもっと追求したいって思ってる。オスは、オス個体のオルガネラを犠牲にしてるわけじゃない?
 だから……多細胞生物化は、オルガネラにとっては《不本意な進化》なんじゃないかって思ったんだよね。生物がどう進化するかはDNAが握っているんだから、DNAを核に渡してしまったオルガネラには選択の余地が無かったのはそうかもね。でも、講座でもオルガネラの抵抗についてちょっとだけ触れられていたでしょ? だから私は、その部分についてもっと調べてみようと思う。多細胞生物におけるオルガネラの繁殖だって、有性生殖のテーマの1つのはず」ニナヤはきっぱりとした口調でそう言って顔を上げた。
「そりゃそうだけど、難しすぎるんじゃないの? なんか漠然としてるっていうか……壮大すぎてボンヤリしたレポートになりそう。もっと具体的でささやかなテーマの方がいいんじゃない?」
 バーバラが無邪気な表情でそう言うと、ニナヤは彼女をにらんで言った。「ほっといてよ。じゃあ、そう言うあなたはどうするの? ぴったりのテーマを考えてるんでしょうね?」
「私は……そうだなあ」バーバラは頬杖をしたまま、今度は頭を前後に振って考えた。彼女の頭は濃ピンクの巨大なかぶり物が髪をおおっていたが、左右にウサギの耳のようにぶらさがった装飾が頭の動きにつれてゆらゆらと前後に動いた。
「そうだ、タフに聞いてみよう」バーバラが顔を上げてそう言うと、ニナヤがすかさず「タフ? あんな大衆向けのAIになにができるって……」と応じた。バーバラはニナヤの前に指をかざして彼女の言葉をさえぎった。
「いや、タフがためこんでるユーザーの記録はけっこう面白いよ。うちのママだってモークスでそういうのを研究材料にしてるんだから。バカにしちゃダメだって」そう言うと「タフー」とモークス内補助AIを呼びだした。
 バーバラのタフは人にはおろか、何の動物にも似ていない奇妙な形をしていた。そもそも輪郭もはっきりしない不定形で、白いもやもやした巨大な体を持ち、顔も手足もどこにあるかわからない。
「ホントにヘンテコ」ニナヤがタフを見上げながら正直にそう言った。「ヘンテコだし、邪魔」
「いいじゃん、どうせ仮想空間なんだから。宇宙いっぱいのタフだっていいじゃんねー」バーバラはそう言い返すと、タフに言った。
「タフ、最近のユーザーの記録で、生物学的な《性》に関係する面白いトピックを教えて? 私が履修してる講座の内容には無かったものをピックアップしてね。たとえば性淘汰に関する疑問で頻出していないものとか。あ、男性器に関するものは外して。女性器については入れてもいいかな。」
 バーバラのタフが奇妙な声で話しだした。
「統計的に多数では無い、生物学的な性・性淘汰に関するユーザー固有の公開情報で、男性器に関するもの以外でバーバラの嗜好に合うもの。その1、鳥類の総排泄腔の同一種内におけるサイズの多様性について……」
「それはいらない。他は?」バーバラが即座に言った。
「その2、人類絶滅予測が示すゲノムプールの問題は女性の性選択が適応的で無いから、という一部で盛んな議論について」タフが言った。
「それは面白そうだけど、なんか漠然としてるっていうか……やっぱパス。……ちょっと、リストを出してくんない? 文字で見たほうが早い」とバーバラが言った。すぐに目の前に長い英語のリストが表示された。ニナヤがつまらなさそうに両腕を前に出して伸びをしている間、バーバラは熱心にリストをスクロールしながら文字をすばやく目で追っていった。しばらくすると彼女はリストのある部分をポインティングすると声を上げた。
「あっ、これ。私と同い年の子の質問だ。えっと……『女のアソコについてるデッパリはなんで穴から離れたところにあるのか?』つまり……」
「バーバラ、それって……」ニナヤがあわてて口をはさんだが、バーバラはそのまま続きを読み上げた。
「または『女性の陰核亀頭……一般的に《クリトリス》と呼ばれる部分……は女性のオーガズムの重要な要素であるにも関わらず、なぜ生殖器官である膣口から離れた位置にあるのか?』これってヒトを含む一部の哺乳類だけの問題なんだ……なるほどね。面白い! じゃあ、私はこれをテーマにしてレポートを書くことにしよう」
「本気?」ニナヤがなんともいえない表情を浮かべて言った。「そんな局所的な……いや、そんな限定的なトピック、過去の研究を調べたらすぐに終わっちゃうんじゃないの?」
「そんなのわかんないよぉ、すごい発見があるかも」バーバラはちょっと真面目な顔で考えたあと、明るい調子で言った。「じゃあ、1週間後にまたここで進捗を報告し合おうよ。……なんか面白くなってきた!」

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