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〖アホ短編小説〗存在しない仕事①

大学生といえば、アルバイトであると俺は思う。

ギリギリの単位を取得しつつ、最大限飲み会に参加できるだけの財を築く。
それに尽きると思っている俺は、できるだけ割のいいアルバイトを探していた…


ドリンク出し。とだけ記載された求人ポスターを見かけて応募したアルバイト。
面接に出向いた先は、東京都の一等地に店を構える誰もが知る超有名ブランド店。
時給の良さに惹かれていた俺は、気合を入れて向かったが、あっさりと内定を貰った。

そして今日が、初出勤。

「今日から、よろしくお願いします!」

「おう、よろしくなー」

高級ブランドということで、服装には気を使ったが、先輩方を見る限りラフでも問題なさそうだ。
面接でも聞いた通り、裏方で言われたドリンクを入れるだけなのだろうか。

「ドリンクはここにあるし、グラスはこの棚ね。
んで、使い終わったらこの食洗機に入れとけばOK」

メモを取るまでもない仕事だ。

「ドリンク出し以外は何をしたらいいですか?」

「なんもないよ。そもそもドリンク出しで時間潰れるから他にやれることないかなー」

どういうことだろうか。
とんでもなく忙しいということだろうか?

「さて、そろそろ開店だからここの椅子に座って待機な」

スタッフ用出入口近くに設置された椅子を指しながら先輩は続ける。
 
「今日は俺も隣にいるから、とりあえずやってみよう」

そうして椅子に座り、先輩と雑談をしつつ15分程たった頃、目の前の出入口ドアが開いた。

「オレンジジュース2つ。お願いしますー」

お客様の接客が始まったようだ。
このタイミングでオレンジジュースを出すんだな。

冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した俺は、棚から出したグラスへ注ぐ。
お盆に乗せたら、接客スタッフに渡して終わりだ。
なんと楽な仕事か。これで時給2400円だと?

しかしそこで、先輩から声をかけられる。

「何もう出そうとしてんの?早すぎでしょ」

「え?ドリンクを出すだけですよね?他に何かありますか?」

「何言ってんだよ。俺たちは超高級ブランドのドリンク出しだぞ?とんでもねぇ時間をかけるんだよ」

何を言っているのか。
ドリンク出しに時間をかける??

「見本見せてやるから、そこで見てろ。」

そういうと先輩はまず、棚からグラスを取り出してカウンターに置いた。
そしておもむろにスマホを取り出し、弄り始めた。

五分ほどスマホを触っていただろうか。満足したのかポケットにしまい、オレンジジュースを手に取った。
そして、ほんの少しずつ
ちょっとずつ、ちょっとずつグラスへ注ぐ。

1つのグラスに注ぎ終えたら、またスマホを触る。

その後、同じようにもうひとつのグラスへ注ぐ。

最後にお盆にグラスをふたつ乗せて、接客スタッフへ渡すと思いきや雑談を始める。
1つ2つ小話を終えたらお盆を手渡して終了。

なんとびっくり、オレンジジュースをグラス2つに出すだけで25分も経っていた。

「おし、これでわかったか?」

「いや、さっぱり分かりません。すぐ出せばいいじゃないですか。」

先輩はため息をついて言った。

「…あのなぁ、俺たちは超高級ブランド店だぞ?
オレンジジュース一つも超こだわってますって雰囲気出さなきゃダメなんだよ。
冷蔵庫から出して注ぎましたーって時間じゃなくて
オレンジを切って絞って、丁寧に布でこしました。ってくらいの時間がいるんだよ。」

訳が分からない。

「お前は若いから知らないかもしれないが、高級ブランドって謎の時間が多いんだ。
これ買いますってスタッフに伝えてから店を出られるまで最短2時間だと思え。
この時間が長ければ長いほど高級ブランドだ。
何もかもに時間がかかるんだ。
会計にも、ドリンク出しにも、商品を袋に入れて渡すだけにもな。」

変な夢でも見ているのだろうか?
訳が分からないアルバイトに来てしまった。
ジュースをひたすら時間をかけて入れるだけ。
そんなアルバイトが存在したなんて。


頭には疑問符が果てしなく浮かんでいたが、そういう仕事と言うのであれば従うしかない。
しかし、俺では長くても15分で接客スタッフへ渡してしまう。

「まぁ、初日ならこんなもんだろ。上出来な方だ。」

「先輩はどうやって、そんなに長い時間かけられるようになったんですか?」

「あん?俺なんてこの店では短い方だぞ。そうだなぁ…あそこにいるおっさんが見えるか?」

そう言いながら、バックヤードの端でゴソゴソ何かをしている中年男性を指さした。

「あの人な、ぶどうジュース専門の人なんだけど、グラス1つ出すのに30分かける化け物だぞ」

「なるほど、正真正銘の化け物ですね」

もちろん仕事が出来るという意味の化け物ではなく、人間としてヤバい奴って意味の化け物だ。
そもそもぶどうジュース専門ってなんだ。オレンジジュースと何が違うのか?
まじで搾ってるんじゃないだろうな。

「ちなみにあの人は1番出来るバイトリーダーで、時給は4000円。1日8時間で、月に20日くらい出勤してるから月給で60万ちょいくらいだな。」

……高ぁ!!!!!!

「決めました。俺化け物になります。」

俺は、ドリンク出しの化け物になるとその時心に決めた。

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