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TOKECOM新任紹介/稲垣太郎 デジタル時代のジャーナリズムの形

残暑お見舞い申し上げます。「会えない」人を想う、お盆です。これから複数回にわたり、2021年度に着任されたTOKECOM教員を紹介していきます。昨年に続き今年も歓迎会の開催は困難で、まだリアルにお目にかかれていない先生もいらっしゃいます。コロナ禍でも、工夫を凝らして魅力的な授業を展開されている先生方の自己紹介記事シリーズは、在校生の皆さんにもぜひ読んでいただけたら。初回は「メディア制作ワークショップ」や「表現と批評」などを担当されている稲垣太郎客員教授です。

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稲垣太郎と申します。新聞社で記者と編集者、研究員をしていました。メディア論とジャーナリズムを軸に教えています。

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稲垣先生の著書『フリーペーパーの衝撃』(集英社、2008年)

私が中学生だった時、米国のアポロ11号が月に着陸し、人類が初めて月面に降り立ちました。あれから約50年。当時は21世紀を描くSF小説やイラスト、漫画が世にあふれていました。宇宙旅行は当たり前、空飛ぶタクシーが行き交う夢のような世界が描かれました。

残念ながら、21世紀に入りすでに20年がたった今でも、空飛ぶタクシーは見当たりません。ぼちぼち宇宙旅行の募集が始まったくらいです。そんな中、通信技術だけは私たちの予想をはるかに超える進歩を遂げました。通信機は無線から携帯電話、そしてスマートフォンへと進化を遂げ、今ではだれの手にも小型のコンピューターがあります。

メディアを取り巻く環境も激変しました。個人と個人を網目のようにつないでいくソーシャルメディア(SNS)の登場によって、個人が多くの人々に発信し情報を共有する習慣は、すっかり定着しています。かたや、一つのメディアから公衆に大量な情報を一方的に流すマスメディアの影響力は相対的に低下しています。

この時代におけるジャーナリズムのあり方を考えてみましょう。本来ジャーナリズムの使命及び役割は①ニュースを広く正確に伝えること②さまざまなニュースの背景や構造を読み取り解説すること③権力を監視し暴走を防ぐこと、と言われています。さらに、④世論の暴走を防止すること、も加えられるかもしれません。民主主義社会を支えるのに欠かせない、こうした役割は、主に新聞やテレビなどのマスメディアが果たしてきました。

プラットフォームによるネットニュースが勢いを増し、アプリでニュースを読む時代に突入。ヤフー、スマートニュース、LINEニュースの3強時代を迎えています。自らは記事を作らず、低コストでニュースを集め広告収入を稼ぐプラットフォーム側に対し、マスメディア側はブランドと影響力の維持から渋々記事を安く提供しています。かつてはスーパーに強気で臨んだ食品メーカーが、コンビニの狭い棚に自社商品をいかに置いてもらうかに腐心する逆転現象に似ています。物を作る提供者側よりも、消費者への流通経路を握る側が大きな力を持つ時代になったのです。

ニュース報道を支える取材コストはバカになりません。プラットフォーム側が取材に手を出さない中、この10年で部数を1000万部減らし収益力を落としている日本の新聞社が、取材コストをいつまで負担し続けられるのか、先行きは不透明です。新聞社はデジタル版への移行を急いでいますが、紙の宅配・課金制に比べ、収益性は一段と低く、コスト削減のため大幅な人員削減を断行中です。

一方、ニュース価値があるとマスメディアが考える一般ニュースと、個人が望むニュースの間に開きが生じ始めました。一般ニュースでは、公共性や社会性が重視されますが、受け手は芸能人のプライベートな話題やスポーツ、エンターテインメント情報に関心を向けがちです。アルゴリズムにより、個々人がお気に入りの情報や言論だけを取り込んでカプセル化する傾向が強まる結果、公共性や社会性にかかわる価値観は薄らいでいき、民主主義の大前提である社会の共有知が成立しにくい状況となっています。

先に述べたジャーナリズムの役割をどこが担っていくのか。そのコストをだれが支払うのか。情報をどこから入手し、真贋をどう見極めるのか。講義やディスカッションを通じて一緒に考えていきましょう。

(稲垣太郎)

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