P161. 空に描く夢(短編作品)
「ふぁ~あ(あくび)」
眠・・・夜勤明けのカラダに朝日が染みるぜ。
早いところ帰って、布団に倒れこみてぇ・・・
「あ…どうも。おはようございます。」
大家「お帰りなさい。またこんな時間までお仕事?大変ねぇ」
「はい。今やってる撮影が夜メインなんで。」
大家「そうなのねぇ。この間の昼ドラはね、探したんだけどどこに映ってたかわからなかったわ」
「あぁ、なんか色々あって編集でだいぶバッサリカットされちゃったみたいで…プロデューサーと監督に文句言ってやろうかと思ってたとこです。」
大家「そうよ、CMの時のソラ君、凄く良い芝居してるんだから。もっと映画やドラマでも出番増やしてあげた方がいいと思う」
「あざっす!それじゃ失礼します。」
バタン。
閉めた扉の向こうから大家さんの声が聞こえてきた。
大家「しっかり休みなさい」
悪い人じゃないんだけど、話し始めると長いんだよな・・・
つっかれたあぁ・・・・・・
靴を脱ぎ、靴下も脱いで、上着は脱ぎながら…俺の体はもう布団に倒れこんでいた。
プロデューサーと監督に文句ね。
はは、言えねーよ、だってエキストラの一人だもん俺なんて。
CMで良い感じに使ってもらったのだって、たまたまメインの役者さんの後ろに映りこめただけだし、眠そうな顔が悩める青年役に上手いことはまって見えたんだろうなー。
そんなことを考えながら目を閉じると、すぐに意識が遠くなって来た・・・
今夜のシフトは21時から、朝5時までだったかな?目覚ましかけたっけな・・・確認しようにも瞼が重くてもう開かない。明日・・・
てか、もう今日か。
今日は、確か、ドラマのオーディションがあるから、昼過ぎには起きて、準備を・・・
ぐー・・・ぐー・・・・・・
はっ、今何時?おおぅ、マジかー。
まぁここんところ疲れてたし、今日はカラダの為に休息日だったと思えばいっか。
夜のバイトに向けて、制服を出して干しておかなくちゃ。
と、窓から顔を出すと大家さんがいそいそと玄関周りを掃き掃除していた。
朝に夕方にと、よくやるなぁ。毎晩撮影の仕事に出てると思い込んでる大家さんに見つかっちゃマズイと、仕方なしに制服を部屋干しすることに。
シャワーを浴びて、コンビニ弁当をかっこんで。テレビ見て、ネットサーフィンしていたら、あっという間に出勤の時間がやってきた。
俺の仕事は有名俳優・・・を志す、深夜の巡回警備員。
昼夜逆転のきっついアルバイトをしてるのも、昼間のオーディションや現場に行ける様に予定を空けとく為って訳。
でも、待つのも俳優の仕事だなんてよく言うけど、待てど暮らせどうまい話なんて転がってこない。
それにこうして巡回してる時間はなかなか過ぎてくれないのに、昼間の時間はあっという間に終わっちゃうんだもんな・・・
ふぅっと、ひとつため息を吐いて、あることに気づいた。
そう言えば、2時間前に巡回した時もここでため息をついて、向かいの公園のベンチに座るあの人影を見た。
あれから2時間、全く同じ場所にいるなあの人…。
あまり視力の良い方じゃないけど、体のサイズからして女性かな。
こんな時間に1人でいるなんて危ないよな・・・少しだけ持ち場を離れて、公園へ向かった。
やっぱり、若い女性だった。
空を見上げて、じっとしている。手には何か、スケッチブックみたいなモノを持ってるな。
「・・すみません。」
女「わ!?け、警備員さん…?何ですか?」
「いや、こんな時間に何をしてるのかなって。女性一人だと危ないですよ。」
女「え・・・?あ、もうこんな時間なんだ。全然気づきませんでした。すみません、帰りますね」
「あ、ちょっと待ってください。それ・・・絵だよね?そんなに夢中になって、星の絵でも描いてたんですか?」
女「…好きなんですよね、この季節の空。なんか空気が澄んでいて」
「そう言えば、風がもう涼しく感じられる時期なんだな。・・・もしかして、画家の人ですか?」
女「まだ見習いですけど。描くの、好きなんです。いつも時間とか忘れちゃう」
「良いじゃないですか。【好きは、才能】って…CMでもやってるでしょ?」
女「専門学校のやつですか?あれ良いですよね。好きだから嫌なことも頑張れるって、そうだなぁって思えて」
「そうそう、で、ちなみにメインの人の後ろに映ってる役者さんて・・」
女「後ろ??エキストラの人達ですよね?」
「あ・・・ううん、何でもないです。とにかく、気をつけて帰ってくださいね。」
女「はい、ありがとうございます。それじゃ」
エキストラの人、達。俺が一番大きく映りこんだ映像作品も結局、好きだと言って良く見てくれてる人の目にすら留まれない程度。
俺はふいに夜空を見上げた。
目を凝らしても見えない、小さな星屑・・・いや、ただのクズ。
「ふぁ~あ(あくび)」
眠・・・早いところ帰って、布団に・・・
「あ、どうも。おはようございます。」
大家「おはよう。昨日もお仕事だったのね?」
「そうっすね、夜の撮影ばっかりで眠くて仕方ないですよ。」
大家「そう…そのお仕事は、ちゃんと楽しんでる?」
「え?」
大家「昨日は見つけたのよ。学生役の役者さんがいっぱいの中で、ちょっと眠そうなソラ君を。CMの時は良かったけど、いつも眠そうにしてたらドラマの内容と合ってなかったんじゃないかしら。」
「・・・よく見つけられましたね。俺、自分で録画したやつ見ても最初わからなかったですよ。
多分、俺が眠そうだったなんて気になる人いないと思いますけど。」
大家「ここにいるじゃないの。…そりゃあ、お芝居のことはよくはわからないけどね。前は朝からランニングしたり、トレーニングをしてた人が、最近はいつも眠そうに欠伸して、部屋に帰るとすぐいびきをかき始めちゃうんだもの。気になるでしょ?ソラ君、もっとお芝居大好きだったじゃない」
・・・何も言えなかった。いつから、素直に好きだって言えなくなってしまったんだろう。
いつから、その特別な才能を失ってしまったんだろう。いつから…嫌なことを頑張れなくなってしまったんだろう。情けない。
大家「ウチのアパートの人達にはね、好きなことやって楽しくいてほしいだけなのよ。余計なこと言ってごめんなさいね。おやすみなさい。・・・?どこへ行くの?」
「朝のランニング。久しぶりなんでちょっとだけ、行ってきます・・・それから俺、今度は台詞のある役取りますから…
そしたらまたダメ出しください。それじゃ、行ってきます。」
大家「楽しみにしてるからね~」
そしてまた、来た道を戻るように走り出した。眩しい。あとめっちゃ眠い。
本当は今すぐにでもしゃがみ込んでしまいたい。だけど、もうちょっと、あと少しだけ。
一歩一歩、だけど。絶対に。
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