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月経による健康課題と職場でできること

日本トイレ研究所ではトイレや排泄に関する「トイレラボ勉強会」を開催しています。
今回は、『月経による健康課題と職場でできること』と題して、女性ヘルスケア専門医の飯田 美穂さん(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 専任講師 / 産婦人科専門医)に講演いただいた内容を抜粋して紹介します。


飯田 美穂さん(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 専任講師 / 産婦人科専門医・女性ヘルスケア専門医)

女性はホルモンの増減が起こることで不調に

男性の場合、年齢とともに男性ホルモンが徐々に低下していく一方、女性は10歳から50歳ぐらいまでの間に、女性ホルモンが周期的に増減を繰り返し、閉経に近づくと急激に低下します。このように、性ホルモンの分泌パターンには大きな男女差があり、女性は男性にはない様々な不調が若いうちから周期的に訪れるのです。

具体的には、女性は月経(生理)にまつわるトラブルや、月経の出血による鉄不足で貧血になるリスクが高くなります。また閉経を迎える頃には更年期障害が起こりやすくなります。なお、最近は、男性にも男性更年期があり、不調を感じる方もいるということが言われています。職場などでは男女ともにこうした症状を理解しあおうという流れも出てきています。
 
月経に関連した不調を、大きく3つに分けてみてみましょう。
1つ目は、「月経期間中」に起こる様々な不調です。「お腹が痛い」というのが一番代表的な症状ですが、ほかにも腰痛や頭痛など色々な症状が現れ、仕事や日常生活に支障をきたすほどだと「月経困難症」といいます。この「月経困難症」のなかには、子宮内膜症など子宮や卵巣の病気が原因となっている場合もあります。一方、機能性月経困難症という、強い子宮の収縮が原因となっている場合も、放置していると、将来、子宮内膜症などになりやすいということが分かってきています。
 
2つ目が「月経開始前」の不調です。月経前症候群(PMS)といって、月経前3~10日間に続く様々な心身の不調が起こる場合があります。なかでも、特に精神的な不調が強い場合は、月経前不快気分障害(PMDD)という名前がつけられています。
 
3つ目に、生理周期とは関係なく現れる不調として、鉄欠乏状態と更年期障害があります。鉄欠乏というと、貧血のイメージがあると思いますが、健康診断などで指摘される貧血は進行した鉄不足の状態です。その手前のいわゆる「隠れ貧血」という状態でも、疲れやすさ・イライラ・集中力が続かない等の症状が出てきます。
 
子宮内膜症は不妊のリスクとなります。また、PMSがあると、のちに更年期障害にもなりやすいという研究結果が報告されました。鉄欠乏の状態で妊娠すると、妊娠中に合併症を引き起こす危険性も高まります。このように、月経関連の不調は女性の生涯にわたって横断的に色々な病気につながるため、早いうちから対策をしていくことが重要です。しかし多くの女性は医療機関にかかっておらず、自己流で対処しているという現状があります。

月経関連トラブルの仕事への影響

日本産科婦人科学会が働く女性13,494人に聞いた調査では「月経に関連した症状が仕事に影響する」と答えたのは76.9%、約4人に3人でした。
また、東京都が2023年に行ったアンケート調査では、生理痛で仕事に支障が出ている女性は57%。更年期症状で仕事に支障が出ている女性は41%でした。
月経随伴症状や更年期症状による生産性損失は、年間3,628億円という試算も出ており、国としても施策を検討している状況となっています。

健康を社会の問題として考える

月経に伴う不調は個人で考える問題と捉える人もいるかもしれません。しかし月経トラブルや更年期障害に限らず、健康というのは実は個人の問題だけで考えるものではなくて社会的な問題として考えることが大切だといわれています。
健康には、遺伝や性別などの個人の特性も関与していますが、居住地・生活環境・両親・教育・仕事など、社会・経済・環境的な要因によって大きく左右されています。これを健康の社会的決定要因(SDH)といい、医学の発展とともに社会がより複雑になっていくなかで、こうした考え方が医学において重視されるようになってきています。


作成:飯田美穂氏

現代の女性は生涯に経験する月経回数が増加しているというのも、社会的な対策が必要といわれる根拠になっています。個人差はありますが、現代女性は昔の女性と比べて初経が早くなり、妊娠・出産の回数が減り、閉経年齢は遅くなる傾向にあります。それによって月経の回数が増え、その分、不調と向き合う機会も増えていると考えられます。さらに、月経関連トラブルが、のちの疾患リスクを高める可能性が示されていることは、先にご説明した通りです。労働者の2人に1人が女性、という時代において、“女性活躍推進”と並行して、社会全体で女性の健康を支援することが求められています。

職場でできる支援は

職場での対策としては、女性の健康を支援したり、ダイバーシティを応援しようという全社的な取り組みが欠かせないと思います。そのためには、社員みんなが正しい知識を持つことが必要です。

日本産科婦人科学会(https://www.jsog.or.jp/citizen/375/)や、厚生労働省研究班 女性の健康推進室ヘルスケアラボ(https://w-health.jp/)、働く女性の心とからだの応援サイト(https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/)では、女性の健康に関する情報を一般の方向けに紹介しています。

月経困難症や更年期障害に対する治療の選択肢は、日本でも徐々に増えてきています。治療に用いる低用量ピル(LEP)には、月経痛が軽くなる・月経血量が減る、月経前の不快な症状が軽くなる等の効果があります。更年期障害に対してはホルモン補充療法(HRT)を行うことができます。ただし、医学的な理由で使用できないケースもあります。

セルフケアとしては、適度な運動は月経関連トラブルに効果的です。
まず正しい知識を身に着けた上で、一人ひとりの状況に合った方法で症状をコントロールしながら生活の質を上げていくことが重要です。

 このようにヘルスリテラシーの向上に取り組み、共通の知識を得た上で、健康問題について相談しやすい環境やオープンな対話ができる環境を作っていくことが、働きやすい職場につながります。
女性特有の健康課題に対応した制度・環境整備として、病院の受診ができるような柔軟な休暇制度や、費用の補助なども検討をしていただくと良いと思います。
女性を含め、誰もが暮らしやすい地域・社会になるよう、社会全体で応援していけると良いと思います。