死神ヒーラー*  第25話「新たなる旅立ち」

第1章『死神の真実』

第25話「新たなる旅立ち」


「陛下っ!!本日は御旅のお供、お許し頂き、このラドルフ、誠に恐悦至極に存じますっ!!」

 どこかで聞いたことのあるようなセリフと共に、青年は再び感極まり、涙ぐむ。

 ……わずか20分足らずの間で、自分を取り巻く状況はすっかり変わってしまった。エルフ族の青年と猫耳獣人族の少女のゴリ押しのもと、何故か自分がシシド共和国の君主、サイザー様(仮)とやらに祭り上げられてしまったのだ。正直なところ、自分なんかを招き入れたところで、一体、何になるんだろうとは思う。でもまぁ、ロパンドを脱出した後のことは、どこへ向かうかも含め、全くのノープラン状態であったため、とりあえずの目的地が決まったのは良かった。

「関門へ向かう前にさ、ちょっと街の孤児院に寄りたいんだけど、大丈夫?」

「勿論にございます。話の続きは、ロパンドを出てからゆっくりと。」

 未だに、事の重大性を呑み込み切れていない自分とは対照的に、おおよその事情を把握したエレナは、孤児院へ向かう最中、真顔でこっそりとこう尋ねてきた。

「コタロー様っ、ワタシも陛下とお呼びした方がよろしいでしょうか??」

「……へっ!?」

「シシド共和国の元首様に向かって、コタローさんでは失礼かなぁと思いまして。」

「いやいやいやっ、なんかとても断れる空気じゃなかったしさぁ。とりあえず、タダ飯が食えそうだから付いてくだけだよ?自分がサイザー様とやらなんて、絶対に何かの間違いなんだから。」

「でも、あのお二人は、すっかり確信しておられるようですけど……。」

「大丈夫、大丈夫っ!これから、ボロっボロにメッキが剥がれていくからさ。向こうだってオレのポンコツっぷりを目の当たりにすれば、『やっぱり人違いですね、どうしましょう……。』ってなるはずだから心配いらないよ!」

「……本当にそうなるでしょうか。」

「もちろんっ!自分のことは、自分が一番よくわかってるから。そんな訳で、今後も今まで通りでよろしくっ!」

「わかりました。」

 ヒソヒソとそんなやり取りをしているうちに、孤児院へと到着した。

「じゃあ、アビー達は、入り口の辺りで待ってるね~!」

「うん、お願い。遅くとも20分以内には戻れると思うから。」

「は~いっ!」

 孤児院の中に入ると、エレナはまず、荷物を取りに自室へ駆けていった。一方の自分は、一人、アニキの部屋へと向かう。

(あぁ、めちゃくちゃ気が重いなぁ……。)

コンコン……

「入れぇ。」

(アニキ、まだ起きてたのか!?)

「……失礼します。」

「ようやく来よったか、このアホたれがぁ。」

「実は、お伝えしな……」

「わかっちょる。昼間、役人が来て全部話ときよったけぇ。」

 アニキは、想像していたよりも穏やかな口調で自分の言葉を遮る。

「あのぉ……。」

「フンッ、ワレが死神じゃのうて、カタギなのもわかっちょる。」

「…………。」

「そげなことより、ワシが聞きたいんは一つだけじゃ。」

 アニキは、ぼんやりとしか見えていないはずの自分を真っすぐと見る。

「はい。」

 改まった雰囲気に背筋が伸びる。

「うちのエレナと“駆け落ち”するゆーことは、当然、きっちりとケジメつけるっちゅうことじゃろうなぁ??」

「かかか、駆け落ちぃ?ケジメって、やっぱ、小指を差し出さないとダメですか??」

「みなまで云わずともわかるじゃろぉ!男としてのケジメじゃ!!」

「え、えーっと、でもまだ、16歳ですと、うちのなっちゃんが、許してくれるかどうか……。」

 自分のハッキリとしない態度に、自然とアニキの口調が強まる。

「何訳のわからんことを抜かしとるんじゃ!!ちゃんと責任取るんじゃのぅ!?」

「ヒャ、ヒャイ!!」

 そこへ、自身を巡る壮絶なやり取りがあったとはつゆ知らず、エレナが荷物をまとめてやっくる。父娘おやこの別れに自分がいるのは無粋と思い、一度席を外す。5、6分ほど、部屋の外で待っていると、目を真っ赤にした二人が出てくる。

「ヒック、……ヒック。」

 エレナの涙を抑える声が、静かな廊下に響く。アニキはそのまま孤児院の入り口まで、自分たちを見送りに出る。

「達者でなぁ、エレナぁ。」

「院長もお元気で。またいつか、必ず会いに来ます。」

「おう、またのぉ。」

 最後にアニキは自分の肩を手繰り寄せ、ドスの利いた声でこう呟く。

「……そいからぁ、さっきの件、男に二言はないじゃろなぁ??」

「……ヒャイ。」

「フン、報奨金狙いが来る前に、さっさと行けぃ。」

「あのぉ、少ないですが、これ、子供たちのために使って下さい。」

 去り際に、断るアニキの手に無理やり上納金を納める。

「そろそろ、行こっか。」

「……はい。」

 エレナは目に涙を浮かべながら、別れの挨拶をする。

「今まで本当にお世話になりましたっ!!みんなにもよろしくお伝え下さい!!さようならぁぁ!!」

「……きっと、これも運命なんじゃろうのぉ。」

 何度も振り返って手を振るエレナを見送りながら、アニキは意味深に呟く。

 感動の別れに、思わずもらい泣きしそうになっていたところ……、

「お待ちしておりました。」

 フワッと青年と猫耳娘が姿を現わす。正直、すっかりその存在を忘れてしまっていた。やはり、気配薬のせいで、意識していないと簡単に姿を見失ってしまう。

「気配薬を飲んでる間って、お互いを感知するコツはないの?」

「う~ん、コツというより慣れでしょうか。我々は、伊達に何年も服用しておりませんので。」

「やっぱ、一朝一夕でどうにかなるもんではないんだね。」

「コタローさま達は、気にしなくても大丈夫だよー。どこにいても、もうアビーたちが見失うことはないからさ。」

 なんとも頼もしいような、恐いようなセリフだ。

 ……ここからは、街の外壁に沿って歩き、関門を目指す。

(今だったらもしかすると……。)

 高さ15mほどの外壁を見上げ、突如として、厨二心が疼き出す。今の大司祭ボディなら、助走をつければ、余裕で飛び越えていけそうな気がしたからだ。

(うわぁ、めっちゃ試してみたいっ!!)

 ただ、3人を置いて自分だけ先に街の外へ出る訳にもいかない。自分は、ザ・日本人である。集団行動の原則は絶対なのだ。

 孤児院を出てからは全くの順調で、途中、モブ冒険者たちや治安部隊とは幾度となくすれ違ったが、一向にこちらに気づく様子はなかった。

「そういえば、さっきは院長と二人で何を話していたんですかぁ??」

 エレナがご機嫌に話し掛けてくる。

「い、いや、特になんでも……。夜は冷えるから風邪ひくなけぇって。」

「ほんとぉ~に、それだけですかぁ??」

「も、もちろん、エレナのことは頼んだけぇって……。」

「そうですかっ。ウフフフッ♪」

「……でもやっぱ、タンガスさんって優しいよね。」

「はいっ!!」

 エレナは満面の笑みで答える。

(……よしっ、もうすぐ関門が見えてくるな。)

 ようやくロパンドともおさらばだと気が緩み始めたところ、後方から最強の追手が近づいてくる……。

「クンクンっ……。んんっ、セバくぅん??セバくぅんの匂いがするぅ。」

(冗談だろぉ?もはや、警察犬並の嗅覚だぞっ……。)

 いくら気配を消せても、このままでは確実に見つかってしまう。

「ま、まずい……、早く街の門まで急ごう!!」

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、陛下。気配薬を飲んでいる以上、誰にも見つかることはありません。」

「や、気配薬の問題じゃなくてさ……。」

「陛下は心配性なんですねぇ。」

 青年が余裕の笑みを浮かべていたところ……、


「セバくぅん、みぃ~っけ♪」


 ヤンデレ化したダークラクナたんが登場する。

「ま、まさか、我らエルフの秘薬が打ち破られるとは……。」

 ひどく動揺する青年。そして、隣を向くと……、


ツ~~~~~~ン


 本日、二度目の大寒波の到来だ。もはや、パブロフの犬状態で、エレナさんはラクナたんの声が聞こえてくると、条件反射的に寒波を引き起こしてしまうようだ。
 カオスとしか説明のしようがないこの状況、こちらがあたふたしている間も、ダークラクナたんは一歩一歩、こちらに近づいてくる。

「は、走れーーーーっ!!」

 エレナさんを脇に抱え、街の門へと急ぐ。

「セバくぅん、待ってぇ!!どうして逃げるのぉ!?」

「ラクナちゃん、わかってくれっ!キミを危険な目に巻き込む訳にはいかないんだ!」

「ラクナはぁ、セバくぅんと一緒なら、例え、地獄や大魔城、シシド共和国に行くのだって平気だよっ!!」

「や、むしろ、それがダメなんだ!ほんとにごめん!!」

 しかし、自分の精一杯の説得も、ダークラクナたんの耳には届かない。

「アビー、あの方に向けて煙幕を!」

「はいさ!」

ボフッ!!

 今のダークラクナたんには、気配薬も煙幕も一切通用しない。すぐに煙の中から姿を現わし、ケルベロスをも凌駕しようかというスピードで迫り来る。

(や、ここまでくると、もはや、ホラー映画だろ……。)

 どうにか先に関門まで辿り着く。ただ、門の前には夜間警備団が、8名体制でお待ちかねだ。

「スネイル。スネイルっ。。」

 端の方で待機していたスネイルの肩を叩き、小声で呼びかける。

「お、おう、コタローかぁ。すまん、全然気づかなかったぜ。しっかし、こんなに堂々と来て大丈夫なのか?」

「詳しいことを説明してる時間はないけど、大丈夫。それより、一つお願いしたいことがあるんだけど。」

「何だ?何でも云ってみろ。」

「どうにかして、あのを止めてくれ。」

 そう云って、ダークラクナたんを指差す。

「あ、あれはなんとも、とち狂った嬢ちゃんだなぁ。わかった、任せろっ。」

 スネイルは、すぐに警備団のメンバーに指示を出す。

「みんな、聞いてくれっ!!死神の逃亡阻止に加え、実はもう一つ依頼を受けている。あの嬢ちゃんの確保だ!凄腕のエクソシストが、サジを投げるくらいの発狂っぷりだ!全員で取り押さえて、ご両親のもとへ無事に送り届けるんだ!いいかぁ?絶対に油断するなよ!!」

「お、おう。わかったぜ、スネイル!」


グァ~~~~~~ッ……


 かなり無理のある依頼内容だとは思ったが、ダークラクナたんの発する“狂気”が妙に信憑性を生む。

タッタッタッタッタッタッ……

 やっとこさの思いで、門をくぐり抜け、ロパンドの外へ出る。

(サンキュー、スネイル!!)

『ぬぅぉ~~~~っ!!』

 背後からは、おとこたちのうめき声が聞こえてくる。

「この嬢ちゃん、なんちゅう怪力だっ。」

「俺たち、みんなでかかってやっとだぜ。」

「こりゃ、凄腕のエクソシストがサジを投げるのも納得だな。」

 屈強な漢たちが束になっても、止めるのがやっとのようだ。

(ダークラクナたん、恐ろしや……。)

「さぁ、急ぎましょう!近くに馬車を止めてあります。」

 導かれるがまま走り、少し距離が稼げたところで、ロパンドの門の方を振り返る。クエストの度にくぐり抜けた門だ。多少の思い入れはある。
 警備団のメンバーが必死にラクナたんを取り押さえている間、スネイルがこっそりと街の外へと顔を出す。恐らく、向こうからは、もうこちらの姿など見えないだろうが、別れの挨拶をしよう!!

「ありがとう、スネイルぅ~!!助かったーっ!!」

「おうよ!!お前さんの旅の無事を祈ってるぜ!!」

「また一緒に飲みにいこう!!近い将来、必ずだ!!」

「あぁ男同士の約束だ!!またな、コタローぅ!!!!」

「また会おう、スネイルぅ!!!!」

 スネイルは見えないはずの自分に向かって、両手を振る。その様子を見て、無意識のうちに涙が溢れてくる。

(……よしっ、行こう!!)

 何とか馬車のある場所まで辿り着き、一安心していると、門の方角から断末魔のような叫び声が聞こえてくる。

「待ってぇぇ!!!!行かないで、セバくぅん!!!!」

 云うても、ラクナたんは、メンヘラで、ヤンデレなところを除けば、普通の女のだ。

(流石に、ちょっと可哀想なことをしちゃったかなぁ……。)



―――ロパンド西の街道

「まずは、湖畔の町ローザリッヒ経由で、マレッタ自由国を目指しましょう!」

 薄っすらと昇る朝日を背に、青年が手綱を握る馬車は西へと向かう。

 この先、自分たちの旅がどう転がっていくのか、今は全く想像がつかない。正直な話、いきなり、『貴方様が我が国の君主です。』などと云われても、『はい、そうですか。』と呑み込めるはずなどない。もちろん、未だに人違いだろうという思いはある。ただ、見通せない未来について、あれこれ考えていても仕方がない。既に、さいは投げられてしまった。もう、なるようにしかならないのだ。

 もし本当に、自分がサイザー様とやらの再臨だったら!?

 そうだったら、その時だ……。なんならいっそのこと、“セバコタロー”の名を、この世界の果てにまで、轟かせてやろうではないか。

 ……そう、なっちゃんの耳にも届くように。



―――ロパンド市庁舎 市長室

「先の第七悪魔王との合戦、不在にしており、申し訳ない。」

 大柄な武将風の男が、形式的に謝罪の弁を述べる。

「その件はまぁいい。既に解決済だ。……で、今日は何の件で呼んだかはわかるか?」

「無論でござる。」

 武将風の男は間髪入れずに、市長の問いに答える。

「死神一行が、馬車で南西へ進行中との情報が入った。恐らくは、ローザリッヒへと向かっているのだろう。」

「問題ござらん。我が武士団と共に馬に乗って追いかけるゆえ。」

「……で、斬れるのか?死神を。」

「愚問であるぞ、市長殿。拙者を誰だと?」

 武将風の男は眼光鋭く、市長に視線を送る。それに対し、市長はやや気圧された様子を見せる。

「そうだな、非礼を詫びよう、ヴァーティゴよ。何せキミは、ロパンド最強剣士にして、この街初の“武士勲章”拝受者だ。……この依頼、引き受けてくれるか?ロパンドの名誉のために。」

「勿論。」



第1章 おわり



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スネイルのアシストもあり、何とかロパンドを脱出することが出来ました。
次章は、シシド共和国の首都ボーを目指す4人のドタバタ珍道中がメインになります。
ラドルフ、アビーについても、もっと詳しいことが分かってきます!

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