死神ヒーラー*  第28話「アスタリスク」

第2章『英雄の帰還』

第28話「アスタリスク」


―――翌朝

「おはようございます。」

 エレナに肩をゆすられ、目を覚ます。

「……う~ん、あぁ、おはよぅ。」

「コタローさん、お願いします!」

「……んっ?何を??」

「朝のお稽古です。」

「……えっ、やるの?」

「もちろんです。ワタシ以外、皆さん称号持ちなのに、サボってなんかいられませんから。」

 本日から朝練再開のお達しだ。まったく、エレナの切り替えの早さと向上心の高さには、改めて驚かされる。
 ……周りを見ると、ラド君とアビーはまだ夢の中だ。大きなテントから外へ出ると、太陽がこれから地平線に顔を出そうかというタイミングで、まだ薄暗い。

「お願いしますっ!!」

「はいよー。」

カンカン、カカンカンカン、カンカンカン……

 その後、2時間弱、朝練が続く。気づけば、日はすっかりと昇っている。アビーが目をこすりながら、テントの中から出てくる。ラド君はその少し前から起きており、朝食の準備をしている。

「陛下、后様、朝早くからお疲れ様にございます。コーヒーをお淹れしました。」

「おぉ、ありがとう!」

 朝練後のコーヒーは格別だ。



―――ローザリッヒへと向かう馬車の中

「ラドルフぅ、ローザリッヒまだぁ??」

「ん~、もう少し掛かりますね。明後日の昼頃には着くと思いますけど。」

「全然、まだまだじゃん……。」

 運転席に身を乗り出していたアビーが、到着予定を聞いてしょげこむ。

 ……馬車の前方には自然と全員が集まっていて、その後は、自分がふと口にした疑問から会話が広がっていく。

「そういや、ローザリッヒって、ロパンドの管轄なの?」

「いえ、ローザリッヒの北にある“ゲルガルド”管下の町です。」

「ゲルガルドって、確か軍事都市でしたよね?」

「その通りです。“悪魔の口”と向かい合うように築かれています。」

「悪魔の口!?」

 突然聞こえてきた不穏な響きに、自分の目が点になる。

「魔族領は山脈に囲まれるようにして存在しているのですが、東西南北の大体の位置に4か所、山脈の切れ目があるのです。それをこの世界では、悪魔の口と呼んでいます。」

「それって、相当危険なところなんじゃ??」

「そうですね。空を飛べる魔族は山脈があろうと関係なしですが、それ以外の魔族は悪魔の口を通って、こちら側に侵攻しようとしてきます。」

「なるほどね。それを食い止めるための軍事都市なんだ。」

「はい。ゴリン王国からの派遣軍に加え、上級冒険者たちも魔族の対応にあたっているようです。」

「上級冒険者ねぇ……。」

「ワタシ、ギルドで聞いたことがあります。ロパンドは、冒険者の数自体は多いけれど、初級、もしくは中級の冒険者ばかりだと。一方で、ゲルガルドは、冒険者の数はそれほどでもないけれど、高額の報奨金目当てに上級冒険者が集まってくると。」

(だから、パッとしない奴が多かったのか……。)

 ウホウホ君の襲来時に、骨のある冒険者が皆無だと感じていたが、エレナの話を聞いて、腑に落ちた。
 この日は、魔族や魔獣が現れることもなく、平穏に旅は進む。時間はたっぷりあったので、興味本位でラド君にある質問をぶつけてみる。

「そういえばさぁ、先代のサイザー様って、魔法が反転とかしてた??」

「はて、魔法が反転でしょうか?」

 しかし、ラド君は不思議そうな顔をして聞き返してくる。

「うん、効果が逆になるっていうか。まぁ、オレがそうなんだけど……。」

「……コタローさんの魔法、ずっと不思議だなぁって思って見てたんですけど、やっぱり、そういうことだったんですね。」

 一方のエレナは、逆に納得といった表情を浮かべる。

「陛下はどのように魔法が反転するのですか?」

「ん~、例えば、ヒールを相手に向けると、反転して相手が焼き溶けるみたいな?」

「はぁ。」

 ラド君はイマイチ、ピンと来ない様子だ。

(口で説明したところで、わかりにくいよなぁ。それなら……。)

「ちょっとだけ、馬を止めてもらえる?」

「承知しました。」

ヒヒーン!

 馬車が止まると、自分は右前方にある岩に手を翳す。

「ヒールぅ!!」

ブゥオーーーーっ!!

 一瞬で消失した大きな岩に、ラド君とアビーは驚きの表情を見せる。

「これはなんと強力な……。」

「すご~い、なに今のぉ!?コタローさまが、怪魔法を使ったよぉ!!」

(やっぱ、怪魔法に見えるよねぇ……。)

「今のを見て思い出したのっ!アビーね、授業で聞いたことあるよ。シシドボーさまは、メ“メガデス”ってゆう摩訶不思議な魔法で、三種族を救ってたんだって~。」

「……あぁ、それはきっと反転してるね。」

「ということは、魔法の反転も、サイザー様の持つ特質の一つなのかもしれませんね。」

 ラド君とアビーは、この件についてこれ以上知っている様子ではなかったので、特段、急ぎの用ではないのだが、サリエルさんに聞いてみることにする。

「ちょっと、サリエルさん呼んでみていい?」

「サリエルさんとは!?」

「コタローさんの呼びかけに応じて下さる、大天使様のことです。」

「シシドボー様も、神や天使を召喚したという逸話が残っておりますけど、やはりそれも、事実だったのですね……。」

「アビー、早く、大天使さま見てみた~い!」

 アビーはウキウキワクワクしながら手を上げる。片や、ラド君は神妙な面持ちで正座している。

「……え~っとぉ、ハードル上がっちゃってるとこ悪いんだけど、サリエルさんに過度な期待は禁物だからね?」

 二人はその言葉の意図するところがわからず、互いを見合わせる。エレナは敢えて何も口にしない。

「じゃあ、呼ぶよ??サリエルさ~ん!!」

ボフンッ!!

「ハイハ~イ!」

 馬車の中に、フッとサリエルさんが姿を現わす。

「わぁ~、悪魔み……」

 ラド君は大慌てで、アビーの口を両手で塞ぐ。

 登場していきなり、今日もサリエルさんからの先制パンチが飛んでくる。

「あ、そういえば、もう、“セバスさん”じゃなくて、“コタローさん”とお呼びしても大丈夫なんですか??」

「あ、はい……。大丈夫です。」

「ボクねぇ、前回、前々回と、敢えて、“セバスさん”って呼んでたんですよぉ?ちゃんと空気を読んであげてぇ。気づいてましたぁ??」

「……ええ、まぁ。」

 自分の額に汗が浮かぶ。

「大天使に気を遣わせるなんて、貴方もなかなかですね~。」

「その節は、大変助かりました……。」

「それでは、改めましてこんにちは、コタローさん、皆さん。今日はどういったご用件でしょう?」

「あのぉ、根本的な質問で申し訳ないんですけど、どうして自分の魔法って反転しちゃうのかなって。」

「あぁ、そのことでしたか。別の世界からこちらの世界にやってくると、反転しちゃうんですよね~。まぁ、本来いないはずの人間が降り立つことで生じるバグみたいなものです。」

「やっぱり、天職の横にあるアスタリスクが反転を意味する印なんですか?」

「ええ、その通りです。」

 サリエルさんはあっさりと肯定したのち、追加情報を教えてくれる。

「まぁ一口に反転といっても、攻撃魔法が治癒魔法になったり、闇属性が光属性に変わったり、単純に見た目の印象だけが変わったり、名称が逆さ読みになったりと、影響範囲は様々ではあるんですがね。」

「へぇ~。自分の場合、大鎌のスキルは、特に反転の影響を受けていないみたいなんですけど、反転するのはやっぱ魔法だけなんですか?」

「それも、人それぞれではあるんですけど、一般的には、天職に紐付く魔法やスキルが反転することが多いですかね~。大鎌のスキルは、ヒーラー固有のスキルではないので、反転の影響を受けないのかもしれません。」

「なるほど……。で、反転を正転させる方法ってあるんですか?」

「残念ながら、それはありませんねぇ。アスタリスクを含めて、天職は変えられませんから。」

(……ってことは、オレは、永遠に“ヒール”を使えないんだな。)

 一通り説明を受けたところで、サリエルさんが急にソワソワし出す。

「あ、そろそろ時間ですねぇ……。」

「えっ、もう行っちゃうんですか?」

「はい、今流行のオンラインRPG『ビースト・ハンター』通称、“ビーハン”のタイムイベントが始まる時間ですので~♪」

「……あ、そうですか。」

「冗談ですよぉ。そんな残念な者を見るような目でボクを見ないで下さい?“神気”を持つ者、すなわち、神界に住む者は、一日5分程度しか地上には留まれないんです。神気を持つ者によって与えられた効果もそれほど長くは持続しません。」

「過度な干渉を防ぐための、摂理みたいなものですか?」

「そうです。そうです。コタローさんのくせに、なんとも真理をついたことを云いますねぇ~。……あ、今のは一応、褒めてるんですよぉ♪」

「それはどうも……。」

「さぁ~て、今日はどんなレアアイテムをゲットできるかなぁ。楽しみだなー。あっ、急がなきゃ!!ではでは~、皆さん、御機嫌よう♪」

 サリエルさんは腕時計を再度確認すると、そそくさと神界へと戻っていった。

(……ビーハンの件は、やっぱ本当だろ。。)

 結局、新しく習得した召喚魔法、”冥王ハーデス”の件については、聞けずじまいだった。

『…………。』

 そして前回同様、台風が過ぎ去った直後のような、何ともいえない空気感が訪れる。

「……行ってしまわれましたね。」

「なんか、変わった人だったねー。」

「人ってゆうか天使だけどね……。今後も来てもらうから、まぁ、少しずつ慣れてこ。」

「はいさ。」

 ……それ以降は、特にこれといった出来事はなく、順調に旅は進む。湖畔の町ローザリッヒへの到着は、ラド君が云った通り、翌々日の正午過ぎとなった。



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やっぱり、旅の最中にも朝練は続くんですね。
流石、エレナさん、ストイックっす……。
コタロー君も有無を云わさず強制参加なので、大変だとは思いますが笑
次話はコタロー君、ローザリッヒにて、望まぬ何かを叩きつけられることになります。

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