死神ヒーラー*  第26話「勇者とサイザー」

第2章『英雄の帰還』

第26話「勇者とサイザー」


―――今からおよそ400年前

 それは、この世界にまだ、“国”という大きな枠組みが存在する前の話です。

世界中の街々は、突如として現れた“大魔神”の影響により、大きな混乱の中にありました。
大魔神は月の上に自らの拠点を築き、無数の魔族を生み出します。そして、生み出された魔族たちは、ワープゲートを通って人々の住む地上へと降り立ち、次々と、街を火の海に変えていくのです。
 そんな惨状を見かねたとある天使は、後世、“英雄”として語り継がれることとなる、二人の人物をこの世界に送り出します。“ミヤモト・ムサシ”と“シシド・ボー”です。
 ミヤモト・ムサシは、その圧倒的なカリスマ性で人族を束ね、瞬く間に、一大軍事勢力を築き上げます。
 一方のシシド・ボーは、何故か、その風貌から、人族には敬遠されてしまいましたが、当時、人族から亜人族と虐げられ、奴隷にされていた、エルフ族、ドワーフ族、獣人族の三種族とは、反骨精神を持つ者同士、心が通じ合います。シシド・ボーは、次々と街破りを繰り返して、三種族を解放し、その絶対的ともいえる支持のもと、寄せ集めながら、強力な武力集団を形成していきました。
 その後、“勇者”として、人族から心服されるようになったミヤモト・ムサシは、この世界の東側に拠点を置き、自らの軍を“東軍”とします。
 一方、“サイザー”と敬称されるようになり、三種族から心酔されるシシド・ボーは、自らの軍を西へと率い、“西軍”を名乗りました。
 人族と三種族の間には、決して埋まることのない深い溝があったため、東軍と西軍が結束することはありませんでしたが、それぞれが大陸中央にある魔族領へ進攻を開始し、魔族軍に立ち向かっていきました。
 のちに、“大魔合戦だいまかっせん”と呼ばれることになる天下分け目の戦は、三つの勢力が入り乱れ、多くの命が失われることとなりましたが、ミヤモト・ムサシと直属パーティメンバー3名、シシド・ボーと直属親衛隊3名の計8名は、決死の覚悟でワープゲートを通り抜け、大魔神が棲まう大魔城へと辿り着くのです。
 玉座へとやってきた二つの部隊は、初め、それぞれがバラバラに大魔神へと立ち向かっていきましたが、大魔神の圧倒的な戦闘力を前に、やむなく共闘に踏み切ります。大激闘の末、最後は、“勇者”と“サイザー”のコンビネーションにより、大魔神を弱体化させることに成功し、封印へと漕ぎつけました。また、ワープゲートに強力な結界を張り巡らせ、中級以上の魔族の往来を抑止することにも成功します。
 なんとか、地上へと帰還を果たしたミヤモト・ムサシとシシド・ボーは、魔族領を囲うようにして、それぞれ、東にゴリン王国を、西にシシド共和国を建国し、魔族への防衛体制を築きます。
 その後、ミヤモト・ムサシは、ゴリン王国の政には積極的に関与せず、主に兵法指南役を務めて後進を育成したのち、『自分には、まだやり残したことがある。』という言葉を残して、“元の世界”へと旅立っていきました。
 一方のシシド・ボーは、この世界に残る道を選択し、生涯、三種族が分け隔てなく共存できる社会の創造に尽力しました。
 二人がこの世界から姿を消した後も、その偉大な功績は様々な形で称えられ、今日に至るまで、“英雄”として語り継がれることになります。
 こうして、二人の英雄によって救われた世界には、両国による多少のいざこざこそあるものの、長く、平穏な日々がもたらされました。



―――ローザリッヒへと向かう馬車の中

「……そして、現在、魔族たちが高らかに大魔神の復活を宣言する中、“天からの預言”にある通り、この世界に、新たなるサイザー様、すなわち陛下が降臨されたという訳です。まぁ、ザックリとこの世界の歴史についてご説明すると、こういったところになりますかね。」

「な、なるほどね。ありがと……。」

「まぁ、勇者真教の聖書上では、神の化身として崇拝される勇者ミヤモト・ムサシが、単独で大魔神を討伐したことになっているみたいですが……。我々は、勇者ムサシに対しても、きちんと敬意を払っているんですけどね。人族とはまぁ何とも勝手なものです。」

 ラド君は、やれやれといった様子で愚痴をこぼす。

(いやぁ、でも、しっかしなぁ……。)

 聞けば、聞くほど胃の痛くなる話である。先代のサイザー様とやらは、三種族にとっては、完全に聖人君子だ。この後任が、ひょっとすると、自分かもしれないと思うと……。

(……もう、いっそのこと、今夜にでもひっそりトンズラしてしまおうか?)

 頭の中のリトル・コタローがそう囁く。

(ただ、助けてもらった手前、人としてそれはダメだな……。)

「ハァぁ……。」

 無意識のうちにため息をつくと、アビーが心配そうな表情で、自分の顔を覗き込む。

「どーかしたのぉ、コタローさまぁ?」

「い、いや、別に何でもないよ。」

「ほんとに?」

「うん、本当に。」

「ほんとに、ほんとっ?」

「ほんとに、本当。」

 ロパンドを出てからまだ二日ではあるが、自分はすっかりアビーに懐かれてしまっている。

 ……丁度良いタイミングなので、ここで改めて、新たに加わった二人の旅の仲間について触れておこう。

 まずは、エルフ族の首長の息子、ラドルフ、19歳。ドクロのピアスをした、銀髪のイケメンである。身長は自分よりやや低いが、それでも長身の部類だ。
 実のところ、このエルフ、テレビの中の人を含め、今まで見たどんな人物よりも断トツに美形である。それに、この長髪オールバック、これは非常に難易度の高い髪型だ。もし、自分が同じ髪型にしようものなら、なっちゃんから“キモオタ”呼ばわりされるのは目に見えている。ラド君を除いて、この長髪オールバックが似合う人物といえば、他にはオーラ〇ド・ブルームくらいなものであろう。性格に関しては、至って真面目ではあるが、プンプンと天然臭が漂ってくる。

 お次は、獣人族の頭目の娘、アビー、16歳。猫耳に赤毛、大きな瞳、小麦色の肌、お尻にしっぽの付いた可愛らしい見た目で、細い首にはドクロのネックレスがぶら下がっている。
 エレナさんとは同い年というが、小柄で、内面的にも、もっと幼く見える。唯一、年相応といえば、胸の発育くらいなものであろう。
 天真爛漫で非常に人懐っこく、性格は猫というより、むしろ犬に近い。ただ、自分との距離感が若干近い時があり、エレナさんから厳しい視線を向けられることがある。

 この新たな仲間二人に、自分とエレナさんを加えた4名で、シシド共和国の首都ボーを目指す。
 とりあえずの大まかな旅程はというと、まずは、ロパンドから南西にある湖畔の町ローザリッヒで物資を整え、湖に沿って南下する。湖沿いには、途中、小さな村もあるというが、基本的には野営を張ることになるだろう。そして、湖南にある永世中立国であるマレッタ自由国へと入国する。

「……そういえば、エレナさん、体調は大丈夫?」

「はい、ワタシは平気です。」

 エレナさんは気丈に振舞おうとするが、第七悪魔王の襲撃以来、自分への看病やら、追われる身になった心労やら、ダークラクナたんの襲来やらで、ここのところ、まともに休めているはずはない。

「……でもやっぱ、ちょっと疲れてるような気がするなぁ。こちらに構わず、横になってなよ。先はまだ長いんだし。」

「お気遣いありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、少し仮眠を取らせていただきます。」

「うん。おやすみ、エレナ“さん”。」

「…………。」

 馬車の手綱を引きながら、自分とエレナさんの一連のやり取りを聞いていたラド君は、急に黙って考え込む。
 超絶真面目なこの男の表情から察するに、良からぬ気を回しているようだ。彼の頭の中を覗き込むと、恐らくはこんな感じだろう。

(……陛下はずっと、お連れ様のことを“さん”付けで呼んでいらっしゃる。ということは、何か特別な出自の方なのでは?実は高貴な家柄の方で、今は訳あって身分を隠されているとか?う~ん、別にそういった感じではないような。では、一体何故……。)

 そして、ラド君は一つの結論を導き出す。

(……そうか、そういうことかっ!!危ない、危ない。こんなことにも、すぐ気づけないとは、危うく、侍従じじゅう、失格なところであった。なぁに、少し考えれば、全く簡単なことではないか。陛下にとっての、“最愛のお方”で間違いない。)

 ラド君はなんともスッキリとした表情を浮かべ、馬車を進める。



―――数時間後

 泉のほとりで、休憩のために馬車を止める。泉の水を汲んだラド君は、エレナさんのもとへ向かい、声かけをする……。


「“后様”、お身体の具合はいかがでしょうか?」


(キサキサマっ!?突然、何を云いだすんだ、この男はっ!)

「……あ、はい。横になっていたお陰で、大分体調は良くなりました。」

「それはよかったです。后様、念のため、こちらの滋養強壮剤を水と一緒にお飲み下さい。」

 ……先程感じた嫌な予感は、見事に的中した。
 実際のところ、自分がエレナを“さん”付けしていたのは、ダークラクナたん襲来の影響で、一時、機嫌を損ねていらっしゃったからだ。今はその流れで、ただ何となく、“さん”付けをしているに過ぎないのだが、それに対して、この男は余計な深読みをしてしまったという訳である。

「や、ラド君ね?エレナさんは別に……。」

 自分の言葉を受けて、ラド君は、『わかっておりますよ、陛下っ。我々に、隠し立ては不要にございます。』と云わんばかりの、何ともムカつく表情を浮かべ、ウィンクを返してくる。

(まったく、このクソイケメンエルフめ……。)

「エレナはキサキサマなのぉ?」

 アビーは不思議そうな表情を浮かべ、エレナに問いかける。

「后様だなんて、まだ少し気が早いですよ~。でも、まぁそうですねっ♪」

 エレナさんは満更でもないといった表情で、何故か否定しようとしない。

「え~っとぉ、エレナさん?そういった話になってましたっけ??」

「はいっ!!院長が別れ際に、『なんも心配はいらん。あの男が、男としてケジメつけるっちゅうこと、ワシに約束していきよったけぇ。一生面倒見てもらえばええ。』って云ってましたよっ♪」

(おい、アニキぃ~。あれは、誰かさんの恫喝に負けて、つい返事しちゃっただけっすよぉ?)

「ラドルフぅ、キサキサマって何ぃ?」

 アビーは首を傾げながら、ラド君に質問する。

「陛下の奥方様ということです。」

「ふ~ん。じゃあ、アビーもコタローさまのキサキサマになりた~い!」

(おいおいおい……。)

 アビーのトンデモ発言に苦笑いを浮かべていると、ラド君はすかさずアビーの猫耳に手をあて、こちらにダダ漏れな声量でこしょこしょ話を始める。

「“正室”の目の前で、そういった話をするもんじゃありませんよ。どうしてもというのなら、“側室”の座を狙いなさい。」

(や、ラド君?そーゆー問題でもないんだけど……。)

「わかったぁ。じゃあ、アビー、コタローさまのソクシツになるー!」

(アビー、本当に側室の意味、わかってるのかなぁ……。)

 話が一段とややこしくなってきたところ……、

バサッ、バサッ、バサッ、バサッ……

 突如として、上空から2体、大型魔獣の影が忍び寄る……。



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いよいよ、新章が始まりました。
しかし、のっけから、色んな意味で波乱の予感が笑
コタロー君たち、4人の旅は、これからどう転がっていくのでしょうか!?
次話、ラド君とアビーの実力が明らかになります!

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