死神ヒーラー*  第23話「ロパンド脱出大作戦」

第1章『死神の真実』

第23話「ロパンド脱出大作戦」


「色々とすまん、スネイル。」

「んなこたぁ気にすんなよ、コタロー!」

 ガッチリと握手を交わし、スネイルは宿を後にした。自分たちの絆が、以前にもまして強固になったのを感じる。

 スネイルからは、ここが突き止められるのも時間の問題なので、今夜にもロパンドを出るべきだとアドバイスを受けた。つい先程から、ロパンドでは緊急厳戒体制が敷かれ始めたらしい。それに伴いスネイルも、今晩、関門において、夜間警備団の団長を務めることになったそうだ。そして、そんな状況ではあるが、合図を受け易い位置で待機しているので、ロパンド脱出の手助けをさせてほしいと申し出を受けた。流石に、これはスネイルにとってもリスクが大きいはずだ。にも拘わらず、自らの危険を冒してでも、自分に救いの手を差し伸べようとしてくれるその男気には、全く感謝してもしきれない。

(……さてと、どれどれっ?)

 部屋の窓からしばらく外の様子を覗いてみると、市直轄の治安部隊や特別報奨金目当てのモブ冒険者たちが、首を左右に振りながら、次から次へと通りかかる。まるで夏休みに地方のレジャー施設で行われる宝探しゲームのようなノリだ。今はまだ夕方前なので、とりあえずは、このまま部屋の中で待機する。

(あっ、そういえば……。)

 意識が途切れる直前、例の頭痛と共にスマホが鳴ったのを思い出し、画面を確認してみる。


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[基本情報]
氏名:セバ コタロー
年齢:22
性別:男
種族:人族
天職:ヒーラー*
称号:大司祭
状態:正常

=> 習得魔法
=> 習得スキル
=> アイテムボックス

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 称号が“司祭”から“大司祭”へと変わっている。確かに、また一段と身体に力が溢れているのを感じる。死の淵から復活するたびに戦闘力が上がるなんて、もしかすると自分は、本当に、サ〇ヤ人の生き残りなのかもしれない。加えて、“大鎌使い”のスキルは、“大鎌振るい”へと名称が変わっていた。大鎌様の取り扱い熟練度が上がり、新たな“秘義”の使い方も身体に刻み込まれている。
 それから、もう一つ……。既に“その名前”は、頭の中に入っているのだが、念のため、習得したその召喚魔法名を確認してみる。今回は天使ではない。……神だ。しかも、自分ですらその名前を聞いたことのある、かなりの大物の。



―――深夜

「準備はいい??」

「はい、大丈夫です。」

 机の上に、宿代を多めに残して、部屋を出る。

(さぁ、夜の大かくれんぼ大会を始めようじゃないか!!)

 まずは、ロパンドの関門へ向かう前に、大通りを横切って孤児院を目指す。アニキに黙ってエレナを連れ出す訳にはいかないし、エレナも自分の荷物を取りに戻りたいだろう。自分としても、それなりの額の寄付金を残してから、ロパンドを旅立ちたいと考えている。

 通りへ出ると、人影はまばらだが、『死神は見つかったか!?』という声が、遠くの方から聞こえてくる。
 大通りまでは出来るだけ人通りの少ない通りを選び、人の気配がすれば、その都度、裏路地へと身を隠す。忍者みたいに、屋根を伝って進むことも考えたが、恐らく、見張り塔の上では、監視員がその目を光らせていることだろう。
 大通りまで、半分ほどは来たかというところで……、

「コタローさんっ!ウフフフッ♪」

 エレナは、突然、小声で自分の名前を呼び、照れたように笑う。

「んっ、どうかした!?」

「いえ、やっぱり、“コタローさん”って呼ぶの、なんだか、新鮮だなぁって思いまして♪」

 こんな状況にも拘わらず、エレナは少し楽しげだ。でもまぁ、あのラクナたんの件以降、最悪だった機嫌が、元に戻ったみたいで何よりではある。

 無事に大通りの手前までやってきた。姿を潜めている裏路地沿いにある勇者真教系列の教会の窓からは、明かりが不気味に漏れ出ている。死神の捕縛を願い、信者たちが夜通し祈りでも捧げているのだろうか?
 ……路地から顔を出し、恐る恐る、大通りの様子を確認してみる。

し~~~~~~ん……

 幸い、近くに人の影は見当たらない。

「今だ、行こう!」

「はいっ!」

 覚悟を決めて、大通りへと飛び出す。

タッタッタッタッタッタッ……

 しかし、通りも中央まで差し掛かろうかというその時、今、起こり得る中で、最悪ともいえる事態に直面する……。


「セバくぅん、どこぉ!?ラクナだよぉぉっ!!」


 望まぬ呼びかけが、通り中に響き渡たる。

「……ラ、ラクナちゃん。」

 それを聞いたエレナさんは、大通りのど真ん中で急に歩みを止める。


ツ~~~~~~ン


 強烈な冷気を解き放ち、冷たい視線を向けて自分に問いかける。

「セバくぅんんっ??」

 何故だ!?どうしてこうなった?自分の日頃の行いが、そんなにも悪かったとでもいうのだろうか??

(あぁ、せっかく、エレナさんの機嫌が戻ったと思ったのに……。)

「どなたかお呼びみたいですけどぉ、セバくぅん??」

「え~っとぉ、エレナさん?今、何か聞こえましたっけ?きっと、空耳ではないでしょうかぁ??」

「セバくぅん!?心配だよぉぉっ!!」

『…………。』


ビュオ~~~~~~っ


 一瞬の沈黙ののち、冷気が一段と強まる。もはや恐竜が絶滅するレベルの大寒波だ……。すると、異変を感じたモブ冒険者たちもザワつき始める。

「しっかし、なんだか、急に寒くなってきたなぁ。」

「あぁ、これも死神の怪術か!?」

「一体、どこからこの寒気がやってくるんだ??」

「あっちの方からだな。」

「んっ?あれはぁ、タッパがあって、黒ローブの悪人ヅラ……。いたぞぉ!!間違いない、死神だぁ!!」

 『誰が悪人ヅラじゃ、ボケッ!!鏡の前で、テメェのツラをよ~く拝んでから云いやがれ!!』と云い返してやりたい気分だったが、そんな時間的余裕はない。騒ぎを聞きつけて、続々と、人々がこちらへ駆け寄ってくる。

「あっ、セバくぅんっ!!」

 ラクナたんだけが、歓喜の声を上げる。

「……マジかよ。もうこうなったら。」

 激おこぷんぷん丸のエレナさんを脇に抱え、大急ぎでその場から離れる。

「ラクナちゃん、ごめーん!!」

 街の西へ向かう通りは治安部隊の一団に先回りされ、塞がれつつあったが、何とか包囲網を搔い潜り、そのまま逃走する。

ダッダッダッダッダッダッッ……!!

 しかし、今度は前方から、モブ冒険者たちが群をなして押し寄せてくる。後ろからは治安部隊が追いかけてきており、完全に挟み撃ち状態だ。

『待てぇ、死神ぃ!!』

(さて、どうする!?……よしっ!)

 咄嗟に、視界に入った裏路地へと駆け込む。

(……先は見えるから、行き止まりではないみたいだな。)

ダッダッダッダッダッダッッ……!!

 もうすぐ、裏路地を抜けようかというタイミングで、突然、すぐ背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

「セバコタロー様ぁ!?そちらの通りは大変危険にございますっ!!」

キィィィィィッツ!!!!

 何者かの呼び止めに急ブレーキを踏む。声の方を向くと、フードを深く被ったローブ姿の二人組が、ぼんやりと立っているのが見える。理由は分からないが、何とも消え入りそうな存在感だ。

「お迎えに上がりました。さぁ、こちらへお急ぎ下さいっ!!」

 声のトーンを聞く限り、自分たちのことを陥れようといった感じではないのは分かる。ただ、ここロパンドでの交友関係が決して広くない自分にとって、助けてくれる人に心当たりはない。……でもここは一つ、今まで自分が積み重ねてきた徳を信じてついていこう。手を引かれるがまま、裏路地の脇を奥へと進む。行き止まりにぶつかったところで、二人はフードを上げる。

「…………??」

 案の定、知り合いなどではない。というより、この世界では亜人族と呼ばれる、エルフ族の青年と猫耳獣人族の少女だ……。青年の耳には、邪教のシンボルと云われるドクロのピアスが、少女の首には、ドクロのネックレスが、それぞれぶら下がっている。

「ようやくお目にかかれました、陛下……。お迎えが遅くなり、大変申し訳ございません。」

(へ、ヘイカ……??)

 何故か青年は涙ぐみ、感極まったといった様子である。

「陛下、今は詳しいことをご説明する余裕はございませんが、どうか信じてこれをお飲み下さい。」

「……これは?」

「けはい薬です。」

「毛生え薬??」

(……なるほど、そういうことだったのか。)

 年齢的にも、自分はまだセーフだと思っていたのだが……。周りからすると、もう完全にアウトだったらしい。
 もしかすると、実はなっちゃんも、『おにぃ、マジ生え際、トレエンかよ?』なんて思っていたのだろうか?あのなっちゃんが気を遣って、口に出来ないレベルだなんて、それはもう深刻な状態なのだろう。
 エレナさんだって、口にはしないものの、『コタローさんって、結構きてるなぁ……。ブラマヨのいつも左側にいる人くらい。』と、内心ではそう思っているに違いない。

 もはや、元の世界とこの世界が、混同してしまうくらいの動揺っぷりだ。

 『詳しいことは説明できない。』すなわち、『実は貴方、相当ハゲ散らかしちゃってますよ?なんて気の毒過ぎて口に出来ない。』とは、何とも配慮に満ち溢れた言葉だろうか。

「……お心遣い痛み入ります。頂きましょう。」

 差し出された、小瓶の中身をグイっと飲み干す。

「効いてきましたね。」

(えっ、そんなに即効性があるの?)

 すぐさま、両手で髪の毛を確認してみる。

(……うん。確かに何となく、髪の毛が増えたような気もしないでもない。)

「陛下の“気配”が、段々と薄くなってきましたね。」

「はいっ!?“毛生え”が段々と薄くなった!?更にハゲたってこと??」

「意を汲み取れず、大変申し訳ございません。何のことを仰っているのでしょう??」

 青年は困惑した表情を浮かべる。

「え~っと、これって、“毛生え薬”じゃなかったの?髪の毛が増えるのかと期待してたんだけど……。」

「これは滑舌が悪く、大変失礼しました。飲んだ者の存在感、すなわち“気配”を消す薬にございます。」

「……じゃあ、オレってそんなにハゲては??」

「何を仰いますか。陛下の頭部は、大平原の如く、豊かな草々が生い茂っております。」

「そっかぁ、よかったぁ~。」

 青年の言葉にほっと胸をなでおろす。

「お連れさまも、追手が来る前に、早くこれを飲んでっ!」

 猫耳娘がエレナに気配薬を手渡す。

「ありがとうございます。いただきます。」

ゴクリっ……

 エレナが薬を飲むと、直後に、威勢のいいモブ冒険者たちの足音が聞こえてくる。

ドタバタドタバタッ……

「おうおう、死神のやつはどこへ逃げたぁ!?」

「いませんねぇ、兄貴。」

「この奥かぁ?」

(こっちに近づいてくるけど、大丈夫なのか??)

「……チッ、行き止まりかぁ。」

「見つかりませんねぇ。」

「おー、こっちには死神の野郎はいねぇぞぉ!」

ドタバタドタバタッ……

「行っちゃいましたね。」

「うん、全然気づかれなかった。」

 あまりの即効性と効果に驚き、青年にもう少し詳しく聞いてみる。
 “気配薬”とは、エルフ族の秘薬で、一度飲むと、その瞬間から半日ほど、自身の気配を消すことが出来るのだという。人族の街に出向く際には必須携帯のアイテムとのことだ。
 どれ程まで、存在感を消すことが出来るのかというと、学園アニメで、いつもクラスの隅っこに座っているモブ男子生徒の存在感どころの騒ぎではなく、稀に大企業に生息するという、窓際歴28年目係長レベルにまで存在感を消すことが出来るのだという。それはもう、プロ中のプロにこそなせる業だ。既に、定年までの逃げ切り体勢に入っている。
 スマホの画面を確認してみると、”状態”が、“正常”から“隠密”に変わっている。

「なるほど。確かにこれは人智の結晶だね……。」

「はい。ですので、相手が一度こちらの姿を見失うと、再び自力で探し出すのは、ほぼ不可能なのです。こちらから話し掛けでもしない限り、まず見つかることはないでしょう。」

 薄毛の件を云われていた訳ではなく、ひとまず安心はするが、まだ、肝心な問題が解決していないことに気づく。……そもそもどうして、こちらのお二人さんは、自分たちのことを助けようとしてくれるのだろうか??

「あのぉ、助けてくれて、どうもありがとうなんだけど……、え~、キミ達は一体!?」

「自己紹介が遅れ、失礼しました。私はラドルフと申します。そして、こちらが……、」

「コタローさまぁ、はじめまして~!アビーだよぉ!」

「我ら二人、陛下を“シシド共和国”へお連れするため、参じましたっ!!」


「…………はいっ!?」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

遂にノープランのロパンド脱出大作戦が始まりました。
しかし、ラクナたんの乱入により、事態は混迷を極めております。
また、コタロー君とエレナを助けてくれたエルフ族の青年と獣人族の少女の目的も気になるところです。
次話以降、物語はいよいよ本筋へと突入していきます。

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