祖父の隣
2週間ぶり、実家へ。
つまりは、祖父母の家へ行くこととなった。
目的は、喪服の受け取り。母がまとめてクリーニング出すからと私の分も回収されたから。
祖母の葬儀から、もう2週間も経ったことがまだ実感としてない。連日、祖父のアシスタントとして隣にいたことさえ、夢だった感覚になる。
そのせいか、家に着いて、手を合わせるも、やっぱりまた「お姉ちゃん、来たの?」って出迎えてくれる気がして仕方ない。
(祖父母は、私のことをよくお姉ちゃんと呼ぶ)
祖父母とも子煩悩な人たち。
なので、曾孫(私のムスメ)を連れてゆくと、2人とも目尻が下がって、たくさん話しかけてくれる。
自然とシャッター切ってたし、撮って良かったと思う。
祖父は、左手が麻痺出てしまい抱っこは叶わないが、たくさん目を合わせて曾孫と話してる。
きっと、私が赤ちゃんの頃も同じだったんだろう光景(母がよく言っていた、そのままの光景)
ムスメの記憶には残らないかもしれない。
でも、愛されてるぞって想いが伝わるようにしたいと思った。
そして、曾孫との会話がひと段落すると、ポツリポツリと昔話を零す祖父。
毎回、煙草の煙をくゆらせながら話すように、断片的で脈絡無しなのに、どれも愛おしいって伝わる。
それは、私ではなく本人たちに言いなさいよ、と毎回最後に言うやり取り。
祖母と100歳になったら、温泉にでも行くかと約束したこと。
母が産まれた時、自分の親たちが来て両親どっちに似ているかと笑いあったこと。
よくよく思い出すと、昔から2人っきりになると、祖父は饒舌になる。
祖母や母、妹がいると話さないことまで、ポツリポツリと呟いてくるのは、今に始まったことでも無い。
初孫ゆえの強み、と勝手に思っている。
だから、自然と席順も祖父の隣は私になっていたのかもしれない。
祖母からも「じいの隣にいってあげて。その方が喜ぶから」と、よく言われた。一人娘より孫たち命♡だからと母も笑って隣に行けという始末だった。
来年には90歳になる祖父。今の生き甲斐に曾孫たちの成長、が加わったから、また頻度上げて顔を出しに行こうと思った。
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