羽化

 僕は自由になりたい。空を飛びたい。そう切実に願っている。

 何から自由になりたい?常識とか偏見とか差別とか?そうかもしれない。そうだと思っていた。そしてたぶん、間違いではない。

 しかしいちばんは、不安から自由になりたいのだと気づいた。不安は僕を絡め取って動けなくする。文字通りに。
 外が怖い、人が怖い、話し声が、サイレンの音が。だからベッドから動けない。少しでも動けば、何か恐ろしいものに捉えられるような気がする。しかしそんな僕は、既に不安という恐ろしいものに捕まえられ、動けなくなっていたのだ。

 どこかへ行きたい。自由に、好きなように、自分の足で、自分の翼で、自分の鰭で。そのためには帰ってくる場所が必要だ。ここは大丈夫だ、と安心出来る場所。

 そう、安心こそが自由への一歩なのだとやっと気がついた。不安障害なんて病名をつけられたくせに、まだまだ自分のことなんて分かっちゃいなかったんだ。僕に必要なのは、まずは足でも翼でも鰭でもなく、安心だった。

 蛹から羽化するには、しっかりと掴まるための、安全な場所が必要だ。人間だって、一歩を踏み出すためには、ここは大丈夫だ、なにかあれば戻ってこよう、と思える場所が必要なのだ。振り返って、それがそこにあると確かめて、僕は大丈夫だと確信して、そうしなければ前には進めない。

 僕にはまだ安心出来る場所もなければひともいない。いつも世界は敵だった。いつもひとは裏切り、攻撃してくる存在だった。

 しかし今、そうではないと少しずつ分かり始めている。世界には味方もいる。優しくしてくれるひともいる。それを恐る恐る確かめて、大丈夫だった、とちいさな安心を得ていくのだ。

 いつか集めた安心のかけらたちが、僕の居場所になって、僕を包み込んで、ゆっくりと眠らせてくれるようになったら。そしたらきっと、僕は翼を得て、足を得て、鰭を得て、好きな場所へ進んで行ける。

 その日が来ることを信じる。安心を集めながら。

 まだ蛹にすらなれていない、こんな僕でも愛して、安心を頂戴。


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