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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#9

【承前】

パリ・クラスタの北側。一時間もすればネオンが輝き出すであろう歓楽街は、未だ宵の口の微睡みの中だ。大通りから少し入った路地のすぐ右手、地下への階段の先にあるバー、”ジュノン”も開店の準備中のようであり、未だ扉は開いていない。しかし、そこの女主人にツテのあるガランは、事前にメッセージを飛ばしていたこともあり、無遠慮に踏み込んだ。

「あら、どちら様かしら?セクシィな球根頭さん?」

「ーーーいや、メッセージ飛ばしただろうがよ、ソピア。オレだ、ガランだ。アー、この頭は緊急避難だ。今日は、色々あったんだよ」

色々、に万感の思いを乗せられるよう試みたのか、絞り出すような音声を出力するガラン。

ソピアと呼ばれた女主人は、どこか気怠げだが、均整の取れた、まさに絶世と言っても良い美女であった。豪奢な金髪は腰まで伸び、形の良いバスト、くびれたウェスト、丸いヒップを真紅のナイトドレスが艶やかに引き締める。勿論、”ミドル”に居を構える以上、この身体もサイバネティックス・ボディではあるのだが、ほとんど生身と見紛うばかりの、完璧なボディだ。

「突然、連絡をよこして店を貸し切りたい、なーんて。アタシの店もそうだけど、アタシ自身だって結構高価よ?アナタの稼ぎだと一晩で破産しちゃうかも」

意味深な流し目を送りながら、ソピアは囁くように声を発する。

「ソッチじゃねぇよ。悪いけどな。ちょっと奥の部屋借りるぜ」

軽口に付き合うつもりはない、とズカズカとカウンター後ろの扉からプライベート・エリアに入り込むガラン。部屋の奥、キングサイズのベッドに、そっと布包みを下ろす。

「あらら。ちょっと期待してたアタシが馬鹿みたいじゃない。なあに?その大事に抱えて来たお荷物は?」

特に気にするでもなく、鷹揚に部屋の入り口、扉枠にもたれて、ソピアは問うた。

「厄ネタ、だよ。これに関しちゃ、申し訳ねえ、と先に謝っとくぜ」

ふわりと包みを解いて、布を広げると一糸纏わぬ褐色肌の美少女があらわれる。

「ちょっと、ここ、持ち込みは禁止よ?アタシも混ぜてくれるって言うなら、考えなくもないけど。まさか、この一晩はアタシに店から出ていけ、とか言わないわよね?」

「違う違う!!そういうんじゃねえよ!分かって言ってんだろ!?今回も完全にトラブル絡みだよ!依頼の結果こうなってんだ!」

あくまで邪険に対応するガランを、楽しげに眺めながらソピアは、尚も軽口を連ねる構えだ。

「なによ、冗句じゃない。通じないの?アナタ。仕事人間だとは思っていたけれど、本当にそうなのね?ーーーところで、このお嬢さん。攫ってくるのがお仕事なの?」

「人攫いの依頼でもねえよ!アー、しかし、結果的に攫ったことになんのか?この場合はよ」

「場合も何も。ついさっき、システムがこーんな通知出してるんだけど?」

ソピアが右目を器用に眇めると、ガランの視界端にメッセージがポップする。

《シューター・ガランがスタンリア卿宛の貨物を略取し、更に卿が後見を行っている”ハイア”の少女を拉致したとの通報があった。ついては、全シューターに対し、システム発の依頼を発行する。ガランの身柄を確保。少女を救出。貨物を奪還せよ。詳細は添付のデータを参照することーーー》

ア゛ア゛ンッとしか形容できない唸り声が、ガランのスピーカーから響く。

「ーーークソックソッ。後手に回っちまったかよ!!それもよりによって、後見、だァ!?事前に準備してねえと、このタイミングで、んなもん出せるわけねえよなァ!ってこた真っ黒じゃねえかッ!!あンの貴族かぶれのクソッタレがッ!!

思わず吼えるガラン。

「落ち着きなさいな。あんまり大声出してると、通報されるわよ?」


「ーーーアー、チクショウ、不用意に手ぇ出すんじゃなかったかよ。しかし、どうだ。他のシューターも駆り出されるなら、あの二人で時間はどのくらい稼げるかね」

ひとしきり吼えて落ち着いたのか、プシュッ、と関節部を鳴らしながらガランは腕を組み、天井を仰ぎながら状況の整理を始める。

「流石。切り替え、早いじゃない」

「アー、何だ。事ある毎に手配かけられてるしな。どうせ大半のヤツは、またアイツか、程度にしか思わんだろ?」

どこか諦めた風に肩を竦めてみせるガラン。

「ところで、アタシ、知らせてはいないわよ」

まだ、だけどね、と妖しげな笑みで口元を彩るソピア。

「いや、それに関しちゃ信頼してるぜ。何しろーーー」

「あの時も、そうだったわよね?アナタは、余計な首を突っ込んで、システムから手配をかけられてーーー」

笑みを深め、ソピアが囁く。

「ーーー悪いが、思い出話はまた今度だ。まずは情報。後はどうするにせよ”ハイア”に上がらねえと、だな」

「ーーー本当、アナタは変わらないわよね」

呟いたソピアは、寂しげな視線を流す。ガランは、そちらを見ていない。

「ん。あら、囚われのプリンセス、お目覚め、みたいよ?」

更紗の上、少女の肩が不規則に揺れ始めたのを目敏く見つけたソピアが注意を促した。

《できることは協力するけど、まずはアナタ自身でお話しなさいな》

音声出力を止め、戸口から離れたソピアはカウンターの方へと回り、カチャカチャと開店作業の続きを始めた。

「ーーー」

ゆったりと起き上がった少女は、自身の状況にあまり頓着していないようで、その裸身を隠す素振りも見せず、ベッドの上で座り直すと辺りを見渡している。その黒い瞳は、未だ薬物の影響下にあるのか、トロンと眠そうな印象だ。

さて、一先ずの正念場だ、とガランは自身に言い聞かせ。

(正直な話、この年頃のお嬢ちゃんとは、どんな感じで喋りゃあ良いのかねえ。もしも、状況を誤解した嬢ちゃんが闇雲に暴れ、叫び出したりしちまったら、どうすれば良いのか見当もつかんぜーーー)

それでも、内心、独りごちる。

「お嬢ちゃん。混乱してるとは、思う。だが、聞いて、否、信じてほしい。オレは味方だ」

少女の目線に合わせるように屈み込み、可能な限りの真摯なトーンを、意識して出力しながらガランは告げる。が。

少女は軽く首を傾げただけで、特に何も返すことはなく、おもむろにガランの頭を揺する。

「綺麗」

呟いた少女の瞳に映る球状の頭部。内部を舞う粒子はキラキラと虹色に輝いている。

「ーーーアー、その、な?」

《今のは、多分ドラヴィダ語族系の単語じゃない?》

まだ顔を出す気はないらしいが、ソピアがポップアップ・メッセージで助け舟を出す。

《ちゃんと翻訳した言葉を出力したげなさいな》

「ーーーそういうことかよ。どうにも生身の人間相手は慣れねえな」

他者とのコミュニケーションは、基本的に相手の自動翻訳アプリ任せである。その癖で、いつもの調子で話しかけてしまっていた事に気付いたガランは、チョッ、と舌打ち音を軽く鳴らした。

もしやハイウェイのアイツも言葉が通じてなかったのか、と、ふとした考えがガランの頭に過る。が、今はソレはどうでも良い。兎にも角にも目の前の問題に再び取り掛かることにする。

「アー、アー、悪いな、お嬢ちゃん。これで通じるかい?」

突然、流暢に自分の分かる言葉で話しかけられた少女は、驚いたように目を大きく開いた。

「あ。ごめんなさい。何か私に話しかけてたんですね?つい、その。ええと」

「オレの名前はガランだ。安心してくれ、お嬢ちゃんの味方ーーーシューターだ」

「シューター?」

「ん?いや、トラブル・シューターだ。お嬢ちゃんの暮らす”ハイア”にも時々トラブルがあるだろ?その解決をやってるんだ」

”ハイア”ーーー私、そこで暮らしているんですか?」

どうにも噛み合わない。が、ガランには思い当たる節があった。できれば、思い当たりたくはなかったのだが。

「ーーーすまん。ちょっと確認だ。お嬢ちゃん、名前、じゃねえな。そうだ。何かーーー覚えていることはあるかい?」

「本当に、ごめんなさい。気がついたらココに居て。それ以外は、何もーーーええ、分からない。変ですね」

クスクスと可笑しそうに笑う。

ガランはーーーもし、ヘッド・パーツに感情表示機構が備わっていれば、とびきりのしかめっ面が表示されていることだろう。

「なあに。そのお嬢さん、もしかして記憶、無いの?」

ある程度、状況を把握したのか、ソピアが部屋の入り口に戻ってきていた。

「あ、もうお一人、いらっしゃるんですね。何だかそちらの方は安心する形。親近感、みたいな」

「ああ、アタシのボディは人体を限りなく精巧に模倣してるから。要はお嬢さんと似た形をしているの」

「そうなんですか。残念。私の頭もこんな丸くてキラキラしていると良かったのに」

確かに何だかプニボコさらもじゃしていますね、と自身の顎から耳を撫で上げ、髪に無造作に手を突っ込みながら、少女は、また楽しそうに笑った。

「ーーー嬢ちゃん、随分と落ち着いているんだな。不安じゃ、ねえのかい?そのーーー」

ーーー自分が、何者か、分からなくって。

そう、言葉に出しそうになるが。その滑稽さにガランも思わず笑いそうになる。

しかしソレは自嘲の類。

(おいおい、まるで自分が何者か。オレ自身は、ちゃあんと分かっているみたいじゃねえか)

「そうですね。何だか良く分からないけれど、不安、ではないですよ?」

そんなガランの思考に構うことなく、少女は小首を傾げながら応答する。

「そのキラキラ頭のおかげ、かもしれませんね」

「ーーーそうかい。そりゃ、こんな頭になった甲斐もあるってもんだな」

ガランは、下らない考えを追い出しながら、胸中に呟く。

(ンな事は、全部解決してしまった後、暇を持て余してしまって、どうしようもなくなった時にでも考えるこったぜ、ガラン。どうせ答えなんざ無えんだからな)

「何にせよ、この娘が落ち着いてるのは良いことだわ。そうじゃない?」

ざっくりと、ソピアが纏めたが、勿論ガランにも否やがあろうはずもない。

「ーーーそうだな。下手に混乱して逃げ出されるよりは、良いか。んじゃま、とりあえず、今の状況を説明するかね。それなりに端折るが、まずは黙って聞いてくれ」

少女はゆっくりと頷いた。

【続く】

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