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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#8

【承前】

「でかいトラブル?なにさ、ソレ?」

「オイラにも見せてくんなよオ」

呆然と呟いたきり停止してしまったガランを訝しみ、カバスは羽根を震わせ、モナカは蜘蛛足を伸ばして、高さを稼ぎ、ハコの中を覗き込む。

「ーーーって、ハァ!?人間!?バカじゃないの!?」

「イヤイヤ、旦那ア、流石にコイツはシャレにならんのじゃないかイ」

やや間が空いたが、すぐに二人も動揺を見せる。

「ーーーとにかく、外に出してやらねえと」

一足先に正体を取り戻したガランは、ハコの中身をそっと抱えようと、したが。

「そういえば、モナカ、このスペース、生身の人間は大丈夫かね?どうにも、この身体だと、その辺が無頓着でいかんな」

「ーーーえっ、ああ、そうか、残留ガスとか、汚染ーーー汚染ね。いや、大丈夫。この辺の工房は時々”ハイア”の顧客が来るから。このスペースも、換気したばかりだし」

「いやはや。オイラの工場で開けなくって、良かったぜエ。ナマニクだと、すぐイチコロだア」

「ーーーそんで、生身のカラダってどのくらいの強さで掴めたっけかな」

「ちょ、怖いこと言うなよ!」

最初の衝撃は過ぎ去ったが、それでも微妙な緊張感は拭えず、ガランが壁際の比較的清潔そうな台に、ゆっくりと”荷物”を下ろすまで、沈黙が場の支配権を握る。

「ヨシ。ひとまずは、ヨシ、だ」

「でも、さ、その子、何かグッタリ、してるんだけど、もしかして、さ」

息を詰めていたモナカは、殊更、不安そうに問いかける。

「いや、ちょっと待て、確かに意識は、無い。無い、が、呼吸は、しているな。生きてるぜ、安心しな」

「そっか、生きてるのか、良かった。うう、良かったあ」

どっ、と安堵を漏らすモナカ。

「さて、意識のないお嬢さんを、ジロジロ眺めていじくり回すのは、問題ある気がするが、緊急事態だ。もうちっと詳しく調べさせてもらわんと、な」

「いや、そうだろうけど、え、なんかイヤらしい言い方じゃない?わざと?」

「ーーー今の旦那の見た目だと、どうなんだろうなア、この状況。いやはや、Bクラス・ムービー・コンテンツ、かねエ」

「おい、二人共、うるせえぞ」

安堵ついでに徐々にペースと、無駄口が戻ってくる。

「肌は褐色気味の黄色、黒髪、で短い。ベリィ・ショートってくらいか?髪質は良いな、きちんと手入れされてたんだろう。元々は、長かったのかもしれんが、どうも適当に刈られた、みたいだな。毛先が揃ってない。首筋にフィルム状の何かが付着、こめかみ、手首、足首等々に吸盤か何かの痕ーーーチッ、何か、処置をされてるかーーー?外科的処置、じゃないが。手間はかかってる、な。肉体年齢はティーンに入ってるか、ってとこかね」

意外と性能の良い、スノードーム・ヘッドで、ガランは情報の収得と解析を続ける。

「つまりは、誘拐事件ってことになんのかイ、旦那ア。この嬢ちゃん、”ハイア”の行方不明者、とかかね?」

「そんじゃあ、ハイウェイのマントマンは、この子の身内ってこと?取り戻す、とか言ってたよね?」

「どうかね、共通項は生身ってだけだがね。それに、行方不明者リストにはーーー該当者は無いな。そうなると、届け出もせず、自力で取り戻そうとしてることになるがーーーダメだな、やっぱり情報が薄い。全体像がまだ見えねえな。依頼人がどこまで噛んでるのか。黒幕が別にいるのか。アー、そうだ。そのハコ、他は、何か入ってねえか」

「ん、そうだね。ちょっと、見てみようか」

ガランが振り向くと、既にモナカはハコの縁を蜘蛛足の先でホールドし、ボディの大半をハコの中に沈めていた。

「ちょっと、待ってよーーー樹脂製のシリンダー、生体用の無針注入器かな?表記によると、鎮静剤と、後は栄養剤のシリンダーが2つにーーーこのインベントリーは、自動展開装着型の防護スーツと、フル・フェイス・タイプの耐汚染マスクーーーじゃないかなーーーそれとーーーあっーーーコレ、は」

モナカが、その精細アームでつまみ上げた布端には、ひと目ではガラス細工の嵌め込まれたボタンのような、カメラ・センサが、付いていた。薄っすらと赤く点滅。暫時、弛緩する空気が漂ったが、我に返ったようにガランは布をひったくり。

「アー、よし、まずセンサ潰すぜ、んで、叫ぶ。チクショウッ!!」

宣言通り、カメラ・センサを叩き潰した。

「叫びたいのはコッチの方だよ!?ああもう、相手方がなんなんだか分かんないけどさ、勝手に開けたのバレてたってことだよね!?」

「そうだな、それは間違いないだろうぜ。アー、クソッ!完全に油断してたな!信号発信のチェックを怠るとは情けねえ!カバス!表のボディに繋ぎ直してくれ!状況を確認、頼む!」

「おうサ!」

『切断。ディスコネクト』

カバスは、すぐさま言う通り接続し直し、音声通信を繋ぐ。

「ヨシ、お二人サン、心して聞きなヨーーーこの工房にピンポイントでサイレンス・フィールドが展開しつつあるよウ。それもかなりの高品質だぜエ。具体的には爆発音程度までなら吸収するレベル、だアなア。つまりはーーー」

「ーーーアタック、だな。もうそろそろ日が落ちる。猶予はないな」

一旦、大声を上げたおかげか、やや落ち着いた様子のガランは顎ーーというより下半球が正確かーーを擦りながら、思案する。

「アタック、だな、じゃあないだろう!?どうするつもりさ!!」

「迎撃、は悪手、かーーー?敵の規模も練度も読めねえな。それに、奪還なら良いが、証拠の隠滅ーーーつまりはこのお嬢ちゃんを消すだけなら、工房を吹き飛ばして仕舞い、か、さてーーー」

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

日が暮れ始めた。同時に、東の空から徐々に網目状の星々がさんざめく夜の領域が広がる。

モナカの工房を囲む影の数は、前庭に6、左右の壁際に1ずつ、建屋後ろに4の、いまや12を数える。それぞれの細部には微妙な違いが認められるものの、同一のレーベル、アーティストの手からなるボディであろう、ルネサンス前後の西洋甲冑をモチーフにしたその出で立ちは、まさに戦装束に他ならず、暴力を煮詰めて型をとったかのように、その体色さながらのギラギラとした鈍色の殺気を振りまいている。しかし、それに反して、駆動音も足音も重装式とは思えないほど静かなのは、消音領域の機能が万全である証左か。更に影の幾人かは、柱状の金属を構えている。ショック・ブラスターの類であろう。影の隙間から漏れる走査光は毒々しげな朱色。

《何か問題は》

《二輪ビークルが屋内に入った。おそらく逃走手段》

《対象には発信装置が》

《レーダーから目を離すな》

短文が影達の視界端を流れる。

《構わん。突入する》

影達は、不要なアイ・コンタクトすら削った、最小限最高効率の動きで包囲を完了し、先頭の影が、ひとつ、今まさに、踏み込まんと、扉にーーー。

触れた、瞬間。


無音のまま、弾けるように扉が内側から砕ける。そのあまりの静けさに、エキゾーストパイプから煙を不満げに放ちながら、二輪ビークルが躍りだした。車上には全身に布を巻き付けた人型。背には不自然な膨らみ。

《抜かせるな》

《抑え込め》

しかし、スクラムを組むかのように、前庭の影が4つ、素早く立ち塞がる、が。

次は、右で不測事が起こる。窓が破られ、円盤型の大型ドローンが、レストレード・レーベルのエンブレムが輝く金属函を抱えて、飛び出してきた。急旋回とともに螺旋状の軌道で浮き上がる。

《構わん。落とせ》

《撃て、撃ち落とすんだ》

しかし、対空砲火の如く吐き出されたショック・プラズマは、射手の期待には応えられず、虚空へと悔しげに減衰光を残すのみだ。円盤は挑発的に左右に振れる。

生まれた一瞬の間。二輪ビークルから注意が逸れる。その隙を見逃すわけもなく、駆動輪を浮かせ、回転するジャック・ナイフ・ターンで、二輪ビークルは囲む影にしたたかな一撃を見舞わせる。間髪入れずに、急発進。前庭が、突破される。

円盤も、その機に乗ずるべく、反対方向へと飛び立つ。

《ツー・マンセルを2チームずつ。追え。破壊しろ》

《イエス・サー》

苛立たしげに腕を振るい、指示を飛ばしたのは影達のリーダー格か。すぐさま、前庭の4体は二輪ビークルを追うため、踵のローラーを駆動させ、街中へと飛び出し、右側面の1体と後ろの3体は、肩甲骨付近の圧縮空気式スラスターユニットを展開、円盤を追い宙へと上がる。

《ーー残りは待機。俺が中に入る。発信装置は動いていない》

《取り外されたのでは?》

《それを確認する》

《イエス・サー》

《ご武運を。ラヴェル卿》

一瞬、揺らぎを見せたが、ラヴェル卿と呼ばれた影は再び冷徹さを取り戻し、改めて工房へと踏み入る。偽の木石が散りばめられた部屋の先、レーダーの反応はそこからだ。

ブラスターの先端を突き込み、動体センサーを併用し、慎重に、しかし、素早く、内部を走査したラヴェル卿の視界には、対象に取り付けられているはずのフィルム型発信装置が、アンティークのメトロノーム上で嘲るようにゆらゆら揺れている様が映るのみ。

「………ッ!!」

感情の発露を抑えることが叶わず、思い切り作業スペースの金属台を殴りつけるラヴェル卿。しかし、消音領域の作用は完璧であり、音なき振動が走るだけだ。

《サー。状況を》

《ーーー発信装置は取り外されている。勘の働く連中だ》

《では、我々も彼奴らを追いますか》

《いや、待てーーー》

その時、ラヴェル卿の暗視モードの視界が捉えたのは、金属板に覆われたスペースの奥。廃棄金属回収用のダスト・ハッチが大きく口を開け、黒々とした闇を吐き出す光景であった。

《三手に分かれた。ターゲットがどれかは不明。遺憾ながら分散して追う》

何処かへと、報告を打電しながら、ラヴェル卿は残りの部下3体と合流し、ハッチ内へと姿を消した。

暫くの静寂の後、消音領域は徐々に霧散していき、メトロノームが規則的な音を鳴らす暗闇だけが残った。

ギィ、と微かな軋み音。ドレッサーの開き戸から、人頭大のスノードームが覗く。辺りを見回すと、一度引っ込み、ゴトゴトと音を立てていたが、すぐに更紗を巻かれた何かを抱えて飛び出してきた。そのまま、粉々の扉に向かうと、ドタドタと夜闇に駆け込んでいく。頭部の光源から軌跡が尾を引いたが、それもすぐに見えなくなった。

【続く】

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