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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#7

【承前】

フランス・カテゴリ、パリ・クラスタの細工職人街の一角にモナカの工房はある。モナカの普段の仕事は金属細工、彫金や金属繊維を生かした装飾品の作成等、だ。実際の所、普段、使っているボディの金属羽根も、凄まじく薄く加工された上に、細やかな彫金を施された作品の一つである。

「この辺か、案外近かったな」

背中のアタッチメントに金属函を接続したガランは、カバスをゆっくりとモナカの工房前に停めると普段よりも丁寧な動きで降車する。

「解錠してるから、入ってきてよ」

一飛先に戻ったモナカからの、音声通信を確認し、そのまま、鉄柵の丁度中央にある、石造りのアーチに綺麗に収まった門扉をゆっくり押し開ける。カバスが緩々と自走しながら門をくぐると、ギィと音を立て扉は閉まる。

「しかし、良かったのかねエ。”現場”をほたらかしたままでよウ」

建屋まで数歩分の石畳を鳴らしながら、カバスは問うた。

「現在受託中の依頼が最優先、だろ?システム経由で申し送りはしてるし、依頼完了後に改めて情報共有する算段もつけてる。それで勘弁してもらうしかねえわな」

そう、今頃、先程の”事故現場”には、別のシューター・チームが到着する頃合いであろう。ガラン達は”現場”を荒らすだけ荒らした挙げ句、現在受託中の依頼があることを盾に、トンズラを決め込んだ形だ。

「うへえ、ボクならそんな”現場”の調査、解析なんてやってらんないね。結構、恨み買っちゃったんじゃないの?」

家中にいるであろうモナカが、音声のみ割り込ませる。

「いや、担当のメグレは一応、知り合いだから、な。まあ、ちょいと経費は必要だが曲げたヘソくらいはなんとかできる、ハズだ」

「ふうん。そんなら良いけどさ。これ以上ボクの迷惑が増えないように気をつけてよね!」

腹を括ってしまったのか、モナカはすっかりいつもの調子だ。

「へいへい。しかし、初めて来たが、なかなか立派な工房じゃねえかよ。随分とハイソサエティな方だったんだな。これからは、サーを付けたほうがいいかね?」

「冗談!この辺は貴族主義とは無縁だし。そもそもそれって、ブリテンの文化じゃなかった?詳しくないけどさ。ーーーさ、入って」

無駄口を叩きながら、軽く足下の土埃を払い、玄関をくぐるガラン。

「あ、カバスは、予備のボディ、今、空けるから。絶対にそのボディで入ってこないでよ。」

「何だよウ。ちゃんと足回り拭えば、大丈夫だよウ」

「気分の問題!バイクが自分ちに上がりこんできたら、何かヤじゃんよ!」

ヒッデエなア、とカバスはボヤくものの、流石に家主のルールには従うほかない。そのまま、外壁に沿って停まり、スタンドを立てた駐車姿勢を取ると。

『切断。ディスコネクト』

一度、ボディからの切断を行った。

『接続確立。コネクト』

「ホ、中も立派モンだねエ」

しかしすぐに、テーブル上の金属球型のボディに繋ぎ直したカバスは、驚嘆の声を上げ、そのままジロジロと好奇の視線を部屋中に飛ばす。

産業革命後の欧風建築様式を模したモナカの工房は、こざっぱりと片付いており、また、近場の作業台に無造作に置かれた、細かな文様を刻まれた装飾品も、まるでそういった展示物であるかのような雰囲気を醸し出している。木と石を組み合わせた見た目の室内は、普段のモナカとは相反した落ち着きに満ちていた。

「アー、モナカさんよう、予備のボディがあるなら、ヘッド・パーツも置いてないかね?流石にいつまでもコレじゃあ調子が出ないんだが」

しかし、サブ・カメラで過ごすのは限界なのだろう。鑑賞もそこそこにガランは三指で、己の脊柱フレームしか残っていない顔の残骸を示す。

「ええと、メイン・フレームがハーマサット、なら、ネック・ジョイントは、ユニバーサルの、5版かな?」

ヒュイン、と風を切って工房奥から現れたモナカは、キュルキュルとコマドリのような動きでガランの周囲を飛び、ボディのバージョンを確認しながら聞く。

「いや、もうちょい古い。4.8だ」

「ウエー、マジかよ。暗黒時代じゃん。でも、4系なら、選択肢は無いね。お代はサーヴィスするから、絶対文句は言わないこと。そっちのドレッサーの中、一番左のボックス。外した残骸はーーー右手のカゴにでも」

「了解。助かるぜ。ーーーサーヴィスってなんだよ?そんなヤバいのか?」

「ーーーまあ、見れば分かるよ。ウン。あ、その前に、奥の精密作業スペースに背中のソレ、置いてきてよ。軽く触っとくから」

「アー、ハイハイ」

含みのある言葉に無い首を捻りながらも、考えるのは無意味と悟ったか、ガランは大人しく指示通り背中の”荷物”を、フェイク・ウッドで作られた前室と比べて、どこか寒々しいのっぺりとした金属壁に囲まれた奥のスペースに慎重に下ろすと、そそくさとドレッサーに向かった。

間を置かず、隔離スペースに飛び込んできたモナカは、蜘蛛をモチーフにしているのだろう、多脚ユニットに収まる。そのまま羽根を内部に収めると、その場所に出現したコネクタに作業用工具を繋ぎ、作業に取り掛かる。

「しかし、ホントウ結構良い設備だよなア。オイラは詳しくないけどよオ、ここまでする必要あるのかイ?」

モナカと比べると覚束ない羽根使いで、カバスもスペースにふよふよと入ってくる。

「金属加工って、薬品を扱うんだよ。必要なら溶接とかもするし。だから、万一に備えて、防災設備付きの隔離スペースを、わざわざ置いたんだよ。ーーーただ、その万一には爆弾処理班の真似事は入ってなかったんだけど、ねえ」

「ソレばっかりはお星さまのめぐり合わせってモンだろウや。しっかし、まア、モナカ、よく気づいたよなア、オイラにゃこの封印の何処がオカしいかなんてエのはサッパリだゼ」

モナカは精細アームを繰り出し、函と蓋の継ぎ目に施された、特徴的なエンブレムを弄り回している。

「んー、コツはあるけど、今回のコレは比較的わかりやすいよ。ガランもメインのカメラ・センサ生きてればすぐ気づいたと思うし。後でデータ共有したげるよ」

「悪いなア。どうにもそういったもんには縁遠いもんでねエ。ーーーそういうのは何処で習えるもんなんだイ?」

最低限、邪魔はしないよう距離は取っているものの、好奇心が押さえられないのかカバスは問いかけを続ける。

「ーーー鍵職人の徒弟をやってた時期があったんだよ。ガランと知り合ったのもその時期。結構装飾に凝るヒトでね。お陰でボクも金属細工の職人さ」

世間話程度では作業の妨げにはならないのか、モナカも普通に応じる。

「ハハアン、さては、オイラみたいに旦那にトッ捕まってから、ツルみだしたクチじゃねえのかイ?金庫破りなんぞやらかしてよオ」

「ノー・コメント!詮索は止めてよね!」

「そんな隠すことでもないんじゃないかねエ。まァ、人それぞれ、ってヤツかイ」

少し踏み込みすぎたかネ、と音声を出さずに心中で己に呟くと、カバスは言われたとおり、それ以上の詮索を止めて引き下がった。

「それで、その封印はどうにかなりそうかイ?」

「ん。ブリテン発送の貨物、なら物理セキュリティは、まず間違いなくレストレード・レーベルが手掛けてるはずさ。電子認証と暗号キーの複合で、ハッキングには強いんだけど、実はピッキングにホールがあってーーー緊急時用の、バックアップに付け込めばーーーこれでどうだ!」

ピン、と小気味良い音を立て、函体の上面が薄くスライドし、浮き上がる。プシィと、気の抜けるような音が響くと同時、ガランもドレッサーから戻ってきた。

「お、ようやく戻った?とりあえずのヘッドはソイツでいいかな?完全オリジナル、モナカ・レーベルの付け心地はどうだね?」

戻ってきたガランのヘッドは、細かな装飾が彫られたガラス球に置き換わっていた。中央には光源があるのか薄らぼんやりと発光している。

「いや、よくもまあこんなもん作ろうと思ったよな。結局中身はお前さんのボディのスペアだろ?控えめに言って、ナントカと紙一重だと思うぜ?」

出力音声と同期して、色が変わり、都度浮かび上がる文様も様変わりする。中では粉末状の何かが舞っているのか、ふわふわキラキラとしたアクセントとなっている。

「作業中の気分転換だよう。言うほど悪くはないと思うけどね」

「ーーークッ、ッハハハハ、ダメだ、旦那、我慢できねエや、ヒッ、何だいそりゃあ、スノードームのお化けじゃねえかイ!?」

「ーーーこれで視界、全然悪くねえんだよなあ。力の入れ方、おかしいだろ。どうなってんだよ」

「企業秘密、だよ。そんなことより、ホラ!開いたんだから、さっさと確認しちゃってよね。時間、かけると良くないだろ」

「そんなことってな、人様の頭をーーーいや、時間掛けると依頼人に疑われるか……?マズイのはその通り、か」

言葉を飲み込み、切り替えるように頭を振るガラン。ブワッと粉末が舞い、ツボにはまったのか、カバスは地面に墜落して笑い転げる。

「よし、開けるぜ」

「オッケー、ログは切ってる、万一の準備も、良いよーーーカバスも、いつまで笑ってんのさ、準備、良い?」

「ヒッ、いや、大丈夫だよウ、やってくださいやア、クヒッ」

締まらねえなあ、どうも、と呟きながら、ゆっくりと蓋を持ち上げるガラン。

「アー、なんだ、今回も随分でかいトラブルがやってきちまったみたいだな?」

開け放たれたハコの中には、更紗の布地にくるまれるようにして、生身の肉体を持つ少女が一人、丸まるようにして収まっていた。

【続く】

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