能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#6
「覚悟しなよッ!ボクの華麗な空中殺法が火を吹くぜッ!!」
得意気に羽ばたく金属球が、キュルキュルと回転しながら、午後を過ぎ赤く煌めきだした宙を舞う。そして、その後ろでは後輪を急駆動させた二輪ビークルが、その場で円を描くように駆け出し、その勢いのままに起き上がった。路面にタイヤ痕が焼き付く。
「オウオウ!派手にズッコケさせてくれたなア!オイラのボディにキズ、入っちまってるじゃねエかよオ!?コイツはキッチリ落とし前を付けてもらわないとなア!!」
「……流石に、これでは、排除は無理、か」
悔しげに顰める目元が、頭部に巻いた布と首元のマントの間から覗く。
「さて。トラブル・シューター・ガラン。貴存在を受託依頼の達成を脅かすトラブルの主要因と判定、拘束措置を執行、といかせてもらうぜ?」
「ーーー必ず取り戻すぞ」
「何をーーー待て、それは!?」
訝しむ声を上げるガランのサブ・カメラは、いつの間にかマントの男の右手に握られていた円柱型の金属にフォーカスを寄せる。
パウッ!
制止する間もなく男の右手は金属筒を放り投げ、次の瞬間、強烈な閃光が視界を灼く。ガランは反射的に顔のあった場所に腕をかざすが、カメラ・センサは既にそこにはない。サブ・カメラが閾値を越えた光をオートマティックにカットするが、結局それは視界を暗黒に閉ざす結果となってしまった。
「ミギャっ!?」
「ムゥ!!」
異口同音にモナカ、カバスがうめき声を上げた。あちらも両者共々、センサに閾値超えの閃光を、まともに喰らったようだ。光を遮る腕を持たないのであればそれも当然か。
「ああ、クソっ、スタン・グレネードか!?随分、準備が良いんだなあ!?」
三者三様、ブラック・アウトした視界映像に、緑色の【復旧まで後3秒】の文字列がポップする。
「カバス、モナカ、音拾え!方向くらい分かるだろ!?」
「いや、コッチには寄って来てない!ってことはーーー」
復旧した視界に写ったのは、先程までとほとんど変わらぬ景色。
ただ一点、マントの男が居ないことだけが違い、であろう。
「ーーーああ、チクショウめ、逃しちまったか」
モナカもすぐさま空に上がるが。
「ダメだ、ハイウェイ下に逃げられたみたい。下はーーー荒れ地、それも洞穴地帯だ。ボコボコに穴が開いてる。地下洞穴のどれかに潜ったんだろうけどーーー追いかける?」
「いや、お前さんだけじゃ無理だろ。オレもメインのセンサが粗方ブッ潰されたからな。追跡にゃキビしい状況だろうさ」
「オイラも今回はオフロード仕様じゃあないからなア。無理すると足回りがダメになっちまうかもだゼ」
「しかし、アイツーーー襲撃犯、だよね?わざわざハイウェイぶっ飛ばしてまで、なんだって貨物車両なんて襲うのさ。それも生身のーーー”ハイア”の人間だろ?」
「分からん。情報が少ねえんだよな、っと、そういや、そこに一人ブッ倒れている奴がいたな?」
マントの男がはじめに立っていた所、そこにはハックされた上で強制切断の憂き目にあったのであろうボディが一つ倒れている。
「ちょっと吸い上げてみようか」
モナカはピュンと、ボディの上に移動すると、倒れたボディのコネクタに自身のケーブルを伸ばす。
「んー、やっぱり内部領域にはパーソナル・データの残留はないね。接続プログラムはーーーうん。書き換えられてる。あとはーーーそうだね、パルクール。都市内運搬用の機動制御プログラムが残ってるくらい?」
「オイラたちみたいに、強制再接続して話は聞けないのかイ?」
「どうかね、ちょっとばっかし時間が経ちすぎてるかもな。このプログラムも万能じゃねえからな。他のボディに繋いでいたり、”アンダー”に潜られてたりすると、もう効かねえんだよ」
マ、試してみるかね、と呟きながら、ガランは先程までモナカのケーブルが刺さっていたコネクタに、プログラム・メモリを挿入してみたが。
『エラー』
やはり、システム音はエラー通知を返すだけであった。
「ーーー駄目か。しかし、かなりの高機動セッティングだな、コイツは。全くどういうことなんだ?」
しげしげと倒れたボディを見ながら、ガランは唸る。
「レーベルは何処だろ?ーーーっていうか刻印、削られてない?ウーワ、キナくさーい」
モナカの指摘通り、ボディの各所には削ったような跡が見受けられる。それもレーベルやアーティストといった製造元に繋がりそうな刻印が施されていたであろう場所に、である。
「コイツは一度、回収して解析しないと何も分からんだろうなア」
「同感だな。しかし、今回も厄介事には事欠かねえ、か」
一旦、謎のボディに対する解析を諦め、ガランは、次に貨物車両に向かった。一般的な都市間流通用の無人運搬ビークル。コンテナにはこじ開けられたような痕跡もなく、外観から損傷は見受けられない。しかし。
「ーーーコイツもハッキングされてんのか。完全にシステムがトんでるな」
「ってことは、あのマントの狙いはこの貨物ってこと?そんな狙われるようなモノ運ぶかな?そもそも、そこまでのモノなら無人車両で運ばないでしょ?」
「そこだわな。正直、アイツの狙いもさっぱりなんだよな。っと、とりあえず、依頼はちゃんとやっとかねえとな」
車両前方のハッチのコネクタから流通システムに手早くアクセスしたガランは、依頼人から預かった暗号化キーで代理受け取り申請を行う。
『認証。貨物引取者。シューター・ガラン』
システム音の後、バチン、プシューと音をたてコンテナが一部開放し、1.5m四方はあろうかという金属ボックスが一つ差し出された。
「えっ、デカ!カバス、こんなの積めるわけ!?」
「ギリギリだなア。旦那が背負うとして、後は重量と重心次第だがよオ、サスには負担だなア。旦那ア、コイツはチョイと追加ではずんでもらわねエとよオ」
「アー、分かった、分かったよ。……この依頼、オレの取り分残らねえんじゃねえか」
このサイズはガランも予想しておらず、思わず残骸しか無い頭を抱えるようなポーズをとる。
「しかし、サイズもそうだけど、えらく厳重に梱包したもんだね。特殊合金製じゃない、コレ?なんか保温装置や通気装置までついてるみたいだし。何が入ってんのさ?」
「アー、依頼人は服飾デザイナーなんだとよ。そんで今回の荷物であるところのブリテン・カテゴリ職人謹製の、この布地がないと明後日の展示会に間に合わんのだとさ。植物繊維で織られているから、とか、温度とか湿度がウンタラ、とか言ってたかな」
ログに残すのも億劫だったのか、思い出し思い出し話すガランの説明は、どうにも中途半端だ。
「ンー、や、でも、ガラン、コレ、どこかで、一回開けられてるっぽい」
金属箱の周りをグルグル飛び回り隅々まで見回したモナカは、ポツリと言った。
「ーーー何だと?」
「何か、封印スロットに、非正規手順で、開けられた痕跡、がある。たぶん、だけど。一応、中を、確認したほうがいいかも。って勝手に開けちゃマズイか。マズイよね。マズイよ!何を言ってるんだよ!」
よほど集中しているのか、普段とは違い、確認するように一言一言区切るように発していたモナカは、途中で我に返ったのだろう、自身を諌めるように叫んだ。そもそもシステムに属するトラブル・シューターの前でして良い発言では、決してないのだから。しかし、ガランはそんなことを気にしてはおらず、それどころか。
「ーーーモナカ、お前さんの工房はフランス・カテゴリ、だよな?」
何やら、不穏な発言を、する。
「えっ、そりゃ、あるけど……いや、待った、待て待て待て。嫌だよ、ヤダかんね、ボク」
真意を図りかねたか、ヘドモドとモナカは返す、が。すぐに気付く。ガランが何をさせようとしているのかを。
「でも、気になんだろ、お前さんが言い出したことだぜ?それにお前さんの工房なら、ピッキングした上で元通り封印もできるんだろ?」
「いやいやいやいや、シューターがそんな事を唆してどうすんのさ!バレたらタダじゃ済まないわけだろ!?」
焦りながら、モナカはガランに食って掛かった。ログも即座に消去、というか、記録を取ること自体が危うい。慌てて機能をオフにするが、ガランは全く気にしていないのか、そのまま普通に言葉を続ける。
「だが、今回のこの依頼に付随して襲撃があった。下手すりゃテロルの可能性すらあるぜ?コイツを開けた途端に、ドカン、はないだろうが、できるだけ耐性のある設備で確認した方がいいだろうがよ」
そういえばガランは、こういうヤツだ、多少の違反や危険よりも、最短ルート、直撃を好むんだった、とモナカは内心で呻く。
(ーーーだから、厄介事を呼ぶんじゃないの?)
とは、音声には出さない。
「なるほどねエ。確か、モナカの工房にゃ、耐爆耐食耐熱、くらいまでならあるんだろウ?まァ、オイラの工場にもあるんだが、近いのはモナカの方だわなア。けども、そンなら依頼人が立ち会いの下でやるのが筋じゃないのかイ?」
どことなく乗り気なカバスが、至極妥当な案を提示する。
「そうだよ、筋は通さなくちゃ!」
コイツ、自分の工場じゃないからって、ちょっと楽しんでんじゃないか?いや、でも、その提案なら危ない橋を渡らなくて済むかも、などと思いながら、モナカも、コレ幸いとカバスの提案に乗っかる。
「いや、さっきも言ったがこの件、依頼人がどうにもクサい。はっきり言ってタイミングが良すぎる。普通、こんな依頼が出ること自体が珍しいし、襲撃まであるのは偶然じゃあないだろうよ。まあ、裏表全部包み隠さず依頼してくるヤツなんてほとんど居やしないんだけどな。マ、なもんで、できるだけ依頼人にも伏せて行動したいってことさ。もし、仮に、ドカンといって被害が出たとしても弁済はキッチリするからよ、どうかね、モナカさん?」
しかし、ガランは引き下がらなかった。コレは。この流れは。モナカは、過去の経験を思い出す。コイツとは、決して短い付き合いではないのだから。
「ーーーはぁ、貸し、だかんね。今回は、かなり高いから。覚悟しといてよ?」
暫しの沈黙の後、諦めたようにモナカは告げた。
ガランは、肩をすくめるジェスチュアで答えた。
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