能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#5
「んぬっ!?コイツは!?」
ガランは頭部を押さえながら蹌踉めくと、構えようとした自動拳銃を取り落してしまう。カバスも一瞬、動き出しかけたが、そのままバランスを崩し、その場にガシャンと派手な音を立てながら倒れた。勿論、ハンドル部分に固定されているモナカも完全に停止してしまっている。
しかし、マントの男のかろうじて見える目元は微かに動揺を示していた。確かに本体である脳髄との接続を断った。先程響いたシステム音はその証左である。そのはずなのに、ガランは蹌踉めいただけで倒れては、いない。どころか、音声を出力してさえ、いる。
「…いや、想定外の事態であるが、問題ない。直接打撃による排除を行う」
だが、すぐさま気を取り直したか、マントの男は決断的な速度で、まっすぐガランへと向かってくる。
「アァッ!?何だよ、この状況に、このボディはよぉ。恨むぜ、オレ!!」
しかし、ガランの混乱ぶりも相当のものだ。一度ぐるりと周囲を見渡し、向かってくる男の存在をようやく認識したように、慌ててファイティング・ポーズをとる。
「向かってくる人影、ひとつ!記憶領域にあんのは、近接戦闘経験関連、のみ!!そんなら、ブチのめせ、ってことでイイんだよなあ!?」
今、確かにガランのボディは、完全に自分自身と切り離された状態だ。しかし、シューターにはボディに存在する、演算機能や記憶領域を利用した非接続環境下での活動を行うための方法、というものがある。
通常サイズのボディに備わる機能は、人間一人の記憶の全てをバックアップし、人格を完全にエミュレートするには当然に不足している。が、逆に言えば記憶等をそのスペックで運用可能な容量に限定して保存し、疑似人格を構築することは可能なのである。たとえ、理論上、短時間ならば、等の注釈がつこうとも、だ。
先に拳、いや掌底を繰り出したのは、マントの男。その右手はフックの軌道を描き、ヘッドを刈らんと襲いくる。
「ーーシャッ!!」
「このッーー」
しかし、寸前に構えたアーム・パーツは、軌道上に差し込まれている。ガランは左腕側面で掌打を受け止めると、そのまま前蹴りでのカウンターを狙う。
「フッ!」
一呼吸。マントの男は掌底の反動をそのまま使い、半身となるように体を捩り、蹴りを避け、側面へと回り込もうとする。巻き上がるマントがガランの視界を塞ぐ。
しかし。
「ーーツァッ!」
気合とともに、ガランの伸ばした蹴り足が、そのまま横薙ぎの中段回し蹴りへと変化する。慣性など無視したかのようなメチャクチャな挙動にガランの腰の内側、スタビライズ・モータからギャリギャリと異音が走る。しかし、それだけにマントの男にも予想し得ない動きであった。
「グッーー」
噛み殺したような音を上げながら、男はその一撃を受け、流し、衝撃方向に自ら飛び、ダメージを可能な限り、殺す。そのまま、何事もなく立ち上がると。
「ーーー今の一撃に反応、するか」
やや悔しげな言葉が溢れる。
「ヘッ、こちとらこんなボディだが、Aクラス・シューターだぜ。そう簡単にヤれると思うんじゃねぇぞ?」
ガランは構えを崩さず、キュッキュッと細かいステップを踏みながら、ジワジワと距離をとる。
「さて、どうにも焦って手を出してきてるみたいだな?時間はこちらの味方、なのかね?」
ガランの指摘にマントの男は苦い表情を目元に浮かべる。明らかに時間を掛けたくない様子だ。
「ーーーまったく厄介だな。厄介だが、詮方ない。あまり使いたくはなかったがーーーこれならば果たして、どうだろうな。ーーー龍頸掌打・地裂<ドラグフィスト・グランデ>!」
不意に男が叫ぶと、腰に据えられた四角のボックスからも、いくつかの重ね合わされた音声が同時に響いた。そして、そのまま鋭い踏み込みから、掌打を足元に向かって放つ。その掌打によって路面が吹き飛び、瓦礫がガランを襲う。範囲は広く動きも不規則ではあるが、その分緩慢な攻撃である。ガランが先程までの調子であれば、ダメージを負うことなく躱すことができる、はずであった。しかし、何故か再びよろけたガランは、もろに礫弾の大半を食らってしまう。
「ヌアっ!?ンだよそりゃ、処理落ちしかけちまっただろうがよ!?」
咄嗟にヘッド・パーツを両腕で庇うガランの視界の端々に、オート・トランスレート・アプリケーションのエラー・アイコンがちらつく。何種類かの言語を重ね合わせて出力された敵の音声を、アプリが解析、翻訳を自動実行している。が、明確に意味の通じる訳が、難しいのであろう。急激にリソースが食い潰されていく。そして、その負荷で、ガランの動きは確実に鈍っている。
「死鎌乃一咬<シックル・デス・マスティカ>!」
その隙を捉えんと、身を低め、駆け寄ったマントの男は、しなるような後ろ回し蹴りを頭部めがけて打ち放つ。
「カッーー」
寸での所、上体を反らすことに成功するガラン。それでも、やはり動きに精彩を欠いており、先程のように打撃を割り込ませることができない。もはや防戦一方だ。
「転身・鉄山靠<ナザド・デストラクション>!」
「ーーーこの、いい加減にッ!」
背中全体を使った重い一撃を、ガランは肩からのタックルで強引に潰す。が、踏ん張りが効かず、大きく体勢が崩れてしまう。
しかし、これは所謂「初見殺し」の類の裏技的テクニック。通常の状態であっても、反応に一瞬の遅延を伴う程度にはなっただろうが、即座に対抗措置を取れているはずだ。
だが、今は本体との接続が途切れ、ボディのリソースで無理やり疑似人格をエミュレートしているような非常事態である。畢竟リソースはギリギリであり、無理矢理なオーバーワークとエラーの発生により、ガランの戦闘経験のいくつかは、何処かへ消し飛んでしまった。
ならば不要なソフトウェアを切るべきか?否、バカバカしい状況ではあるが、至近戦闘中にそのような隙を晒せるわけがない。
それも先程から、頭部を破壊せんと執拗に襲い来る連打を、ギリギリのところで捌き続けているのであるならば、尚更である。
「炯炯連弾掌<ブリッツェン・ラッシュ・クラッシャー>!」
「グゥッ!」
しかし、最早それも限界であった。視界を塞ぐような拳でのフェイント。その後の本命、鋭く掬い上げるような掌底が、ガランの顎部から顔面をこそぐように破壊していく。遂にガランは膝を付き。項垂れ。腕が、下がり。
そしてーーー右手に、足元に落としていた自動拳銃を握っていた。
「!!しまっーー」
パンッ!パンッ!パンッ!と正確に三回。乾いた炸裂音が響いた。
咄嗟に急所に当たることは防いだようだが、マントの男は着弾の衝撃で大きく距離を取らされていた。ボタボタと男の体から、液体が地に落ちる。
「ーーー成程な。頭部の破壊が、即致命打とはならないのか。やはり厄介極まりないな、機械の体というのは」
「へへっ、あんだけ、守り固めたんだ。流石に引っかかってくれねえと、な。コイツ、パラグリンのマークⅣはセンサを大型化したせいで、メモリや演算に必要な機能は全部、脊柱フレームに押し込まれちまってる。そんな中々に珍しい配置なもんだから、囮に使うにゃ丁度良かったのさね。ーーーそれに、生身の肉体をお持ちのアンタは、そんな事知らねえ、だろうしな」
そう。そのマントの男はサイバネティックス・ボディではない。現代の人口比では希少である、血を流す生身の肉体を有している。
「そして、もう一つ。状況解析する余裕が出てきたからなあ。タネが割れてきたぜ。コイツは、ジャミングじゃあない。今は壊れちまってるが、センサーのログに妨害波の反応がないし、ジャミングなら、数分に一回ペースで妨害波を出し直す必要があるからな。じゃあ何か?ーーーとなら、ハッキングしかねえわな」
そして、ガランはコートの内側ポケットから取り出した、強制再接続プログラムの入ったメモリ・チップを自身のスロットに差し込む。
『解析、完了。自動実行。接続確立』
システム音が鳴り、ガランは再び立ち上がる。
「フゥ、どうにか凌げたみたいだな。しかし、離れたとこからこっちの接続プログラムを書き換えるなんざ、どういう方法でやってんのか教えてもらいたいもんだぜ。だが、まあ、そういうことだと分かってりゃ対処のしようもあるってもんさ」
サブ・カメラの視線を切らないよう、銃口と体の正面を、出血箇所を押さえ呼吸を整えるマントの男に向けたまま、ジリジリと移動したガランはカバス、モナカにもそれぞれチップを挿入した。
『『解析、完了。自動実行。接続確立』』
「よしッ!ようやく再接続できたよ!飛行許可も下りてるからね!」
再起動したモナカは、途端にホールド・ポイントから身をもぎ放つようにして飛び立った。
「さあて、形勢逆転、だな!」
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