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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#4

承前

「「ワーオ」」

路上で停止しアイドリング中の車上、モナカとカバスの出力音声が見事なハーモニーを奏でる。

さもありなん。高架ハイウェイ上の”事故現場”は凄まじいの一言に尽きる様態を示していた。表面の舗装はもちろんのこと道路自体が砕けている。はては道路下部の金属材すらも捩じ曲がり、差し渡し十数メートルは完全に断絶してしまっている。かろうじて、側面のガードだけが残存しており、決して建設途中の現場等ではなく、もともとはきちんと整備されたハイウェイであることを健気に主張していた。

「あちゃア、これじゃあ自動走行用のガイドポインタも何も完全にオシャカだなア」

「下ではもう初期対応チームが瓦礫の処理を始めてるみたいだけど…コレ、どう見ても復旧に2、3日はかかるんじゃないの?」

こんなオオゴトなんて聞いてないんだけど、とモナカが文句をつける。

「それが事故の詳細はサッパリ。原因不明の崩落、だそうだ。どうにもイヤな予感、すんだろ?」

「現場には、立ち往生してるボット・キャリアがいるんだよね?データ、引き上げられてないワケ?」

「事故の影響か、通信が途絶、なんだとさ。だから、不安に思って依頼したんだとよ」

本当に不安に思っているのか、窺い知ることはできなかったが、依頼人は確かにそう言ったのだ。

「そういやア、今日の旦那のヘッド・パーツ、パラグリンのマークⅣなんだろウ?確か、かなり良いセンサ積んでるって話だけれども。そいつでも何も見えねエのかイ?」

「ンー、今現在は、特に、妙な反応は、ねえな」

ガランは、こめかみの辺りに指を添え、センサ機能を切り替えながら、周囲を念入りに走査する。そして、収得したデータをアシスト二人とリアルタイムで共有を行い、手早く解析を行っていく。

「いや、ほんとに良いモン積んでんなア。汎用ヘッドで、ここまで数値が出るもんかねエ。コレに比べりゃオイラの目や耳は働いてないも同然だあなア」

「その分、かなりデカいんじゃなかった?ボクのボディには全然収まんないみたいだし」

「お前さんのボディじゃ積めるセンサの方が少ないんじゃないのかね?っと、痕跡はーーー大分薄まってるが、火薬をブッぱなした感じだなーーーん、やっぱ何らかドンパチがあったか?ーーいや、此方側ではこれ以上は無理だな」

「ま、そりゃそうか。どうせ荷物受け取らなきゃなんだから、渡るしかないんだけどね。そんで、どうやってこの断崖を越えんのさ?」

飛行は禁止なんだろ、と目の前の断崖を羽根で指しながら、モナカが当然の疑問を投げかける。

「そうだなあ、カバス、イケそうか、コレ?」

「チョイと待ちなよオ、旦那ーーーヨシ!このルートはどうかネ?」

ガランは視界にオーバレイ表示されたカバスの提案ルートを見て、思わず口笛音を出力していた。

「相変わらずお前さんの提案は最高にキマッてんな!だが、まあ実際コイツが最短最速だろうさ。提案してきた以上は、勿論このルート、イケんだろ?」

「オウサ、旦那が操作をしくじらない限り問題はないぜエ。ま、流石に今回は多少のしくじりならオイラの方でもカバーするけどよオ」

「ちょっと!二人だけでゴチャゴチャすんなよな!ボクにも見せろよ!どうするつもりさ!」

しかし、二人はそれには答えず、(^-^)を視界端の共有テキスト・ウィンドウに表示するだけだ。

「ハ?何、フザケてる…え、ちょ、ま、なんで急に加速してんだよーーーマ、じかよおおぉおお、ああああ、落ちる落ちてるだろコレェッ!」

急発進したバイクのハンドル上、モナカは素っ頓狂とも思える絶叫を放った。断崖に向かって飛び込んでいったのであるから当然の反応だろう。
車体は自由落下とのベクトル合成で放物線を描く。このまま、ただ落下するのに任せるのならば、墜落、大破の未来しか有り得ない。しかしーーー勿論と言うべきか。間髪をいれず、ガランはカバスのボディを巧みに操作し、前輪を引き上げウィリーの体勢を取ると、断崖から飛び出すようにネジ曲がった金属材に駆動する後輪をグリップさせ、飛び跳ねた。

「あああああああああああっ!?」

それでも、モナカの絶叫はやまない。それもそのはず。飛び跳ねた車体を遥か下の地面と水平になるように倒したガランは、重心と車体バランスを絶妙にコントロールすることで、かろうじて残った側面のガードを走っているのだから。ほぼ数瞬とも言うべき時間ではあるが、バイクは重量を忘れ去ったような軌道を描き、そのままの勢いでもって向こう岸へと、横滑りに着地した。

「オイオイ、なんでお前がいっちゃん情けねえ声あげてんだよウ。普段からピュンピュン飛び回ってんのはモナカだけじゃんかよウ?」

「バイクの!ハンドルに!くくりつけられて!スタント・アクションを!されるのは!初めてなんだよ!!」

音量最大で喚き散らすモナカ。もしも、エモーション・トレース型のフェイス・パーツがついていれば、ガランもカバスもニヤニヤとした笑顔を浮かべているだろう。

「悪い悪い、そういうリアクション取れるヤツって中々いないから、な」

「もし、次やったら本気で帰るからね!アシスト報酬も絶対返さないぞ!」

「っと、立ち往生してるキャリア・ビークルってのはアレか…」

「話、逸らすなよ…ん、誰か人が、いる?貨物輸送専用のハイウェイに…?」

そう、都市迷彩柄のマントに身を包んだ人物が一人。そして、姿形は判然としないが、もう一人、確かに足元に倒れ伏している。

つい先程までの弛緩しきった雰囲気が、急激に張り詰めていく。これは明らかに異常な事態だ。

(モナカ、飛行許可申請、出しとけよ。一悶着はあるぜ)

(とっくに出してる。そっちも追加申請しといてよ)


仮想テキスト・ウィンドウで素早くやり取りを行い、ガランはカバスのボディからゆっくりと降車する。

(カバスは合図で突っ込め。モナカは上から。二人の撹乱に乗じて、オレが背後に回り込みながらの接近、制圧を行う。フォーメーション・Bだ)

(了解)

(任せな)

短い打ち合わせを瞬時に行いながら、ガランはそのマントの人影と対峙した。

「…荷物受け取り依頼を受託したシューター・ガランだ。アンタ、事故調査かなんかのシューター、か?」

そのような可能性はないことを予感、というよりむしろ確信していたが、あえてガランは確かめるように話しかける。しかし、その右手を油断なく右腰のホールド・ポイントに保持されている.38口径自動拳銃へと伸ばしながら、だが。

「…足元のそいつは…接続、切れてんのか?」

そう、足元に倒れ伏すボディは微動だにしない。内部駆動音もない。完全に未接続状態だ。

「…また、邪魔者を送り込んできたか。ならばここで間違いない、ということだな」

ぼそり、とマントの男は低く呟く。

「ン、一体何の話だ…!?」

「何も知らんのなら、わざわざ教える義理もあるまい」

ガランの問いかけに一応の返答を返し、マントの男はおもむろに手を翳した。

次の瞬間。

『『『切断。ディスコネクト』』』

三人からシステム音声が響いた。

【続く】

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