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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#10

【承前】

「説明もいいけど、まずは着替えだとアタシ思うんだけど?」

「ーーーいや、いきなり話の腰折ってんじゃねえよ」

「子供とはいえ、レディの肌よ?いつまでも晒すものじゃないでしょうに。ほら、ガランは後ろ向いてなさい。それが礼儀でしょ?アナタも。ちゃんとサイズ合いそうなの、見繕ってきたから安心して。アタシに任せなさい」

ほらほら、ハリーハリー、とソピアが場を仕切る。言われてみれば当然の内容でもあるし、ガランにも否やはないのだが。

「ーーー今回の仕事はどうにも。とことんペースが握れねえのな」

嘆息一つで、頭を振り振り姿勢を変えるガラン。両手に衣装を重ねて、ベッドに向かうソピアが何故そんなにも楽しげなのか、彼には想像することすらできなかったが、まあ、任せて問題はないだろう、とは思っている。そもそも、細かな気配りが苦手なガランは、この手の配慮込みでソピアを頼ったのだが。

「どうしたの、ガラン。ちゃんと説明してあげなさいな。時間、無いんでしょう?」

まさか、ここまで主導権を奪われるとは想定していなかった。嘆息を二つ目。後ろ向きのまま、スピーカの出力を二人がいるだろう方へ向けながら、説明を始めた。

「ーーーアー、分かった。頼むからちゃんと聞いててくれよ。さて、まず、大事なことだが、オレ達と嬢ちゃんは根本的に異なる部分がある。見た目が違う理由でもあるんだがな。オレ達はカラダ全部が機械に置き換えられている」

キン、キンと、球状の掌と胸部装甲板が打ち合わされる音が響く。

「嬢ちゃんのカラダは、肉や骨で、オレ達のカラダは鉄や樹脂だ。一応、言っとくが、嬢ちゃんのカラダの方が本来的な人間のカラダだぜ。オレたちは処置に耐えられる程度まで成長したら、脳ミソーーー頭ン中にあるパーツだな。コイツ以外はサッパリ切り落とされる」

コツコツと、頭部のガラス球を弾く音。

「そんでもって、脳ミソは生命維持用のボトルに詰め込まれて、ブレイン・タワーって建物の中に収められるって、決まりになってる。で、このカラダは、そのボトルに収められた脳ミソと無線方式で繋がっていて、そこから操作している。量子通信、だったか。難しい話なんで、オレもあんま理解しちゃいねえし、普段は意識もしてねえがな。そしてーーーここから大事だぜ。つまりは、オレ達は常に同じ姿をしているわけじゃねえ。なんかの拍子で、オレとソピアの姿カタチが入れ替わることがあるかもしれんし、見た目は今のオレでも中身は全然違うヤツってことも有り得るんだ」

コッチの方が動きやすいとは思うけどカワイくはないわよねえ、だの、あらこの色アナタに似合うわよ、だの、素敵じゃないヤダ迷うわねえ、だの姦しいソピアの声を強いて無視しながら、ガランは続ける。

「んで、オレ達みたいな全身機械化人間は地表にあるミドル・グラウンドーーー通称”ミドル”で暮らしてる。そんで嬢ちゃんみたいな生身の肉体持ちは、もう少し上に暮らしてる。物理的な距離の話だな。そこはハイア・ケージーーー”ハイア”と呼ばれてる。嬢ちゃんも、まず間違いなく其処から来ている。ただ、これが1つっきりって訳じゃねえのが、面倒なトコでな。幾つかのエリアに点在しているのさ。だから、その内の何処から来たかは、実際に上がって確かめてみるしかねえ、ってことでもある」

もぞもぞと動き回る音、衣擦れの音、ソピアの声は聞こえるが、少女の声はない。どうやら律儀に「黙って聞いて」いるらしいが、リアクションが無いなら無いで、ガランをそこそこ不安な心持ちにさせた。

「となれば、まずは”ハイア”で、嬢ちゃんを知ってる人間を見つけ、あの貴族気取りのクソ依頼者野郎の通報内容にケチを付ける方向で行きてえ、っのが、今後の方針だ。質問、あるなら、もう喋っても良いぜ?」

「コッチも終わったわ。向き直っていいわよ」

兎にも角にも、一段落。というところでソピアからも声が掛かった。
ガランが向き直った先の少女は、合成レザー製の黒ジャケット、膝丈のグレーのパンツを身に着けていた。脚は、これも黒のタイツで包まれており、全体的に黒で統一された中にシルバーの装飾がアクセントを加えている。

「ーーーソピアの店の衣装にしちゃ動きやすそうで良いじゃねえか」

随所のバンドやら鋲やらは機能性とは無縁のように思えたが、とりあえず目立つこともなく、いざという時に動きが阻害されないようであるのは評価できる、とガランはそう思った。

「ーーーほんと無粋よねえ。とりあえず脱ぎ着が難しそうだったり、動くのに慣れが必要な格好を外したら、ウチにあるのはこんなモノね。似たようなのは、まだあるから。幾つか持っていきなさいな」

心底がっかりしたような表情をあからさまに浮かべながら、ソピアはそれでもテキパキと持ち運び用のインベントリ・ユニットに替えの衣類を詰める。ガランは、そのソピアの反応を見て、一瞬怪訝そうに首を捻ったが、ノー・コメントとすることにしたようだ。

「あ、ありがとうございます!それと、あの質問、なんですけど!」

当の少女は、対照的にガランの評価を微塵も気にかけていない様子で、一言感謝を述べると、勢い込んで質問を投げかけてくる。記憶がないことの不安感はないようだが、逆に好奇心が通常よりも上乗せされているのかもしれないな、とガランは思った。

「その、もしかしたら凄く失礼なのかも、なんですけど。そもそも何故お二人のカラダは機械なんですか?ご自分の意思で機械化した訳ではない、ように聞こえたんですけど」

(……なるほど、そこから、か)

彼我の差異を生じせしめた原因、ソレについてガランには、思う所がある。あるが、今は端的、或いは教科書的な回答に終始することにガランは決めた。

「そうだな。オレ達は自分の意志で、肉体を手放したわけじゃねえ。それを決めたのは”システム”だ」

「すみません。その”システム”っていうのはーーー?」

「ああ、”人類種保存システム”、だっけか。たしか制式コードかなんかもあった気がするが、ま、”システム”つったら、大体コレの一部だし、大体のヤツは”システム”としか呼ばねえな」

「人類という種を保存するための、システムーーーですか」

少女に記憶はないが、単語や語彙の意味はどうやら通じているようだ。記憶喪失以前は比較的高度な教育を施されていたのだろうか。

(……ってこた、この記憶喪失は確実に人為的な処理だろうな)

と、ガランは推測を進めながら、質問の回答を己の知識の中から拾い上げる。

「そうだな。ちょっとばかし昔の話になるそうだが、人類ーーーオレ達は全滅しかけたそうだ」

「え!そうなんですか!」

そういえば、オレはこの話を最初に聞かされた時は、どんな反応を返したのだったか。ちらと思考野を感傷が掠めた気がしたが、ガランは無視した。

「なんでも人間の数が、増えすぎたんだとよ。結局、オレ達のご先祖様は最後の最後、ドン詰まるまで解決策を用意できなかった。資源も何もかもこの星すべてを絞り尽くして、大地も枯れ果て砂と化して、二進も三進も行かなくなっちまった時に、ネットワークAIーーー”人類種保存システム”が生まれた。と、言われている。実際、当時の状況なんざ分かったもんじゃ無いがね。まあ、その”システム”様の結論は、人類存続のため、最低限必要な器官だけを残して、最高効率の生命維持を行う、だった訳だ」

「それじゃあ、私ーーー”ハイア”のヒト達はどうして?」

「あんまり気分のいい話じゃねえだろうがな。標本<サンプル>、だそうだ。ヒトのカタチを保存しておくための生体標本。それが収められてる上空の隔離ケージ。だから、”ハイア・ケージ”だとよ」

どうにも胸クソ悪い表現だぜ、とガランは吐き捨てる。

「別に行き来がまるでできないって事は無いわ。文化交流って名目なら、結構融通が効くのよ」

ソピアがフォローを入れるように質問を引き継いだ。

「文化交流、ですか」

「そう。”システム”は知的活動による発展、創造性が人類の本質である、と定義している、そうよ。だから、今、地表にカラダを持ってるのは、人類文化を維持、発展できる者ーーー”何かを作り出せる”能力を持っている者、ってことになるの。アタシはカクテルのレシピを再現したりとか、このボディのデザイン、コスメ、パヒューム、結構色々やってるわ。やっぱり生身を持ってるヒトに色々試してもらわないと、ってところもあるのよね」

「それじゃあ、ガランさんも何かを?」

「いや、そういった意味じゃあオレは”能なし”だ。シューター、ってのはそういうの以外で地上に居る事を許されてんだ」

手を振り、首をすくめるジェスチャーと共に、ガランは答えた。

「人間同士、毎日顔つき合わせて、コミュニュケーションを取ってると、摩擦や軋轢なんかが出ることがある。相性が悪い組み合わせってのは、意外とあるもんだ。そうなると、トラブルが起きる。それは社会全体に不利益を、もしかしたら不可逆の一撃を与える事になるかもしれねえ、ってな。だから、そういうのを解決、あるいは物理的に排除する力を持った奴らが一定数いんのさ」

「えっと、”システム”はそういう事はできないってこと、ですか?」

至極当然の疑問だ。ガランも時々思い出したように浮かべている疑問でもある。

「そうだな。理由は知らんが、”システム”自身は物理世界への干渉能力を持たない。持とうともしてない節もあるな。その辺全部をトラブル・シューター連中に投げてる訳だ。だから、まあ、追手を躱しながら、ハイアに向かう、ってのが解決手法の一つになり得る訳だけどな」

「それなんだけど。さっきから”ハイア”に昇るって、言ってるけど。何かアテはあるのかしら?」

質問もある程度、一区切り、と判断したのか、ソピアが実際的な懸案事項を振り向けた。

「ン。まあな。そこらも一応、事前の準備は何とかなってる、はずだ。連絡昇降路まで行き着けりゃあ、何とかなる算段はあるぜ?」

「あらそう。準備が良いわね。それじゃあ、後は、一番難しい問題を解決しなくちゃ、よね?」

「アー、他に何かあったかね?」

「何言ってるのよ。この娘の名前、決めてあげなきゃ、じゃない」

驚愕に見開かれた少女の目が次第に期待と喜びに満ちたものに変わっていくのを、横目で見ながら、そりゃ確かに難儀だな、とガランは三つ目の嘆息をついた。

【続く】

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