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茶修羅・間章

<<承前

「ワオワオッ!暴利休(ぼうりきゅう)のジジイが死にやがりましたデスカ!?」

英国、倫敦郊外に広大な敷地を持つ邸宅の一室。
格調高い調度品に彩られたこの一室に似付かわしくない大声が響く。

「お静かに。…ええ、我が国の情報部からも裏付けが取れました。確かな話です」
黒いドレスに白いエプロンとレースの付いたカチューシャ、白いカラーとカフス。誰がどう見ても英国メイドの姿をした女が、白磁のティーセットで王室御用達の紅茶を淹れながら答えた。
“アフタヌーン”である。

アフタヌーン(あふたぬーん)
所属:英国、英国国茶会
世界茶術師協会・総代の一人にして英国最強の茶術師の名を継ぐ者。
護茶卿(ロード・ティー・プロテクター)とも呼ばれる。
英国最強は即ち茶界最強とも言える。
大英帝国時代よりイギリスは世界各地の銘茶葉を収集、加工し紅茶術を神の領域まで高めた。そのあらゆる王室御用達ブランド茶葉を惜しげもなく使い優雅に戦い、勝つ。
女王陛下より「殺人許可証ーただし茶術を用いる場合に限る」を与えられた唯一の茶騎士/茶術師。
千暴利休と彼女の何れかが今“聖茶器戦争”の勝者と目されていたが…。

「ノンプロブレム!弱いから負けて、弱いから死んだ!そういうことデース!」
体重を背もたれに掛けると、HOTなカウガールめいた女は円卓に拍車付きブーツを乗せ、右手の大きめなマグに左手のドーナツをダンクして食べ始めた。

「…足は円卓から降ろして頂けます?」
アフタヌーンは静かに、だが異論は許さないという意思を感じる語気で言った。

「オー!ソーリー!ソーリー!つい国に居る時の癖でやっちまいましタ!」
女は少し嘲るような顔をして足を円卓から降ろした。
“アメリカン”である。

アメリカン(あめりかん)
所属:米国、北米コーヒー協会
誰もが知るように1773年以降アメリカには紅茶が無い(ボストン茶会事件で全ての茶葉が海に投棄された為だ)。その後アメリカは茶に変わりコーヒーの国として珈琲魔術を洗練、発達させてきた。当然、英国国茶会とは幾度となく衝突、時には多くの血が流れた。
そして北米コーヒー協会は最大の茶法陣である“鎖”(チェーン)を完成させる。店毎が茶法陣であり、その珈琲魔術はその地の地脈・龍脈を活性化させる為、世界のあらゆる自治体は挙って“鎖”を受け入れた。
「駅前に“鎖”の無い地方は田舎」と言われる現象だ。
あらゆる国家、自治体に力を持った全米コーヒー協会はそうして世界茶術師協会の総代の一人となる。
彼女は非常に高難易度の珈琲注文術式“オーダー”を高速詠唱出来、適時フレーバー、トッピング術を使い分け、銃火器に珈琲魔術を付与する破壊的茶術を使いこなす。
円卓(えんたく)
世界茶術師協会・総代達のみが着席を許される席。
席数は13席(だが通例として1席は空席)。
言うまでもなく“聖茶器”を求めたアーサー王と円卓の騎士達の使用した円卓そのもの。本来卓を囲み喫茶する者すべてが対等であるとの考えから用いられた上座下座のない円卓で有ったが…。

「ロートルがくたばり、道端やコンビニエンスストアで買える茶やコーヒーが台頭してきたのってのが痛快デース!格式とかそういうのはクソ食らえデース!思うでしょ?そこのヨガ・ガール!

アメリカンは円卓の反対側で小さな硝子の器から漂うシナモンやミルクの香りを楽しむ褐色の美女に話を振った。頭には燃えさかる炎揺らめく器を乗せ、背には弓を、そしてその気丈さが滲み出る表情は悪魔であろうと逃げ出す凄みが有った。
“チャイ”である。

チャイ(ちゃい)
所属:印度、印度茶術協会
インドの茶術は独自の発展を遂げた。
シヴァ神の騎乗するナンディ(聖牛)の象徴、牛乳を茶葉と共に茶力抽出する為、その茶力には様々な神の力が宿るとされている。
またスパイスの効能により茶術師そのものの精神感応能力を増幅、向上させているとされる。
チャイはかつて「荒ぶる暴れゾウにターメリックやシナモンの粉をかけ調伏し共に巨大な矢を放ち魔を退けた」「一度に3本の矢を放つ」「無礼者の指を斬りおとした」などの英雄的逸話を持つ茶術師でもある。

「格式などはどうでも良い、茶はただ楽しめばよい。無論、聖茶器戦争もただ全力をもって楽しめばそれで良いのだ。まあ早くこの残りの席が埋まらねば楽しむものも楽しめんがな」
チャイは残る空席…未だ世界の各地ではその国、地域を代表権を巡って茶術師達が戦いを繰り広げているのだ…を眺めた。

その時、ノックも無くドアを勢いよく開き、下着姿…いやこれはレスラーパンツ!の筋骨隆々な巨漢が入ってきた。その顎はしゃくれていた。

「元気ですかーッ!!!!ワハハハハッ!!その通りだ、格式よりも強さだーッ!!強ければいいんだ!力さえあればいいんだッ!1、2、3、ダーーーーッ!!」
“アントン・マテ”であった。

アントン・マテ(あんとん・まて)
所属:伯剌西爾、南米茶術協会
ブラジル移民の彼は現地に伝わるマテ茶術を自らのトレーニングに取り入れ、世界初のレスラー茶術師となった。最強のレスラーは最強の茶術師である…その証明として彼はボクシング世界チャンピオンを低姿勢から繰り出すキック(マテ・キック)で屠りその名を世界に知らしめた。
日本にもそのマテ茶術を広めようと画策するも失敗(近年コカノキ&コラノキ・ボトラーズが接触を持ったと言われているが…)、永久茶力機関(フリーティーエネルギー)を売り込むも失敗…。その彼が聖茶器に願う望みとは…。
マテ茶術は現地では「茶力のサラダ」とも言われ栄養摂取に役立っている。だがそれを過剰に受け止める為の肉体を作り上げ、茶術の器とした彼はある意味歩く茶術機関と化している。

「お静かに!」
再びアフタヌーンが注意をした。今度は流石に語気が荒かった。

「これはすまない!ワハハハハッ!!だがな、案外日本からいい線来そうなヤツが出てきそうだぞ?」

「フーイズ!?アントンが注目してるのって誰ネ?」

「こいつだな!」
アントン・マテが壁にかかったモニターに映る日本の“修羅”たち…茶術師達のリストを指差した。

「……」
「……」
アフタヌーンとチャイもそれを視線で追う。

「見た目は弱そうな娘だがこいつは只者じゃないな、まず茶葉が違う。スリランカの高地で育った茶葉を中心に各地茶葉を厳選している。そしてマイクロ・ブリュー製法で茶葉本来の華やかさとしっかりした茶葉感を出し…なるほどコレが“ひとつ上の、休憩を。”という事か!」
アントン・マテが配慮した考察を述べる。

「軽々しく“午後の”等と…私は認めない!」
今まで冷静だったアフタヌーンが円卓を叩いた!!

「ヒュ~♪」
アメリカンが茶化す。

「…ならば勝ち進むがいい。私が本物の“午後の”茶術師で有る事を証明し、精一杯御持て成しして差し上げるわ!

聖茶器戦争まで、あと三十日…。

<<承前

(2018/11/11追記)
秋月翼さんにファンアートを描いて頂きました!是非ご覧になって下さい。

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