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茶修羅

          間章>>

天下唯一宗匠、千暴利休が死んだ。

八十八年に一度行われる「聖茶器戦争」の一ヵ月前に、である。

他殺だった。

千暴利休(せんの・ぼうりきゅう)
所属:森羅万象総合千家
表千家、裏千家、武者小路千家…ありとあらゆる茶道を統一した森羅万象総合千家の当主にして天下唯一宋匠(てんかゆいいつそうしょう)。
森羅万象総合千家は歴代・聖茶器戦争においても本邦の代表を務める唯一無二の流派である。
その所作、点前より生ずる茶術は既に神業の領域。
この度の聖茶器戦争でも勝利に最も近い存在と目されていたが…。
聖茶器戦争(せいちゃきせんそう)
世界の茶術師、茶導師、茶人達が、あらゆる願いが叶うとされる万能の願望機、“聖なる茶器”の所有をめぐり、一定のルールを設けて争い繰り広げる戦い。
聖なる茶器の姿は勝利者、所有者にしか分からない。
アーサー王の求めた聖杯や、イエスと弟子たちの最後の晩餐に使われた聖杯と同一の物と言われる。

日本を代表する大いなる茶術師の死に対し、その後釜を密かに狙っていた日本茶術師協会所属のメガコーポの支配者たちは驚き、浮足立ち、そして野心を露わにした。

聖茶器戦争まで後一月、誰が…どの暗黒メガコーポが…日本代表の茶術師となるのか?

日本茶術師協会(にほんちゃじゅつしきょうかい)
本来は茶葉に含まれる聖なるタンニン、テアニン、ビタミン、カフェイン等を術式により加工・発酵させ、人の安らぎを得る為に利用したものが喫茶術であった(白茶術)。
しかし時を経るうちにその術式に格式…作法、所作、点前等のルールが生まれ門外不出となり、茶術を扱える者はそうでない者よりも上位存在という考え方が罷り通るようになった。また自然と茶術師同士の争いで人を傷つける為の茶術が発展していった(黒茶術)。
本邦において戦国時代、諸人挙って茶人に学び、茶器が一国一城の価値を持っていたのはこの為である。
近代になり、茶葉に拘らずあらゆる物から茶を生成する術式が生まれ、人々が茶に接する機会が増える事となった。
現在、森羅万象総合千家を筆頭に6社のメガコーポの承認・許状を得た者のみが茶術師と成れる。

誰もが茶番だと分かっていた。
“血を見る事無く”この問題が解決する筈無い事など。

だが茶の道は“作法の道”でもある。
無駄と分かっていながらも筋を通す為、各メガコーポは本邦の茶道の聖地、かつて千利休が“待庵”(たいあん)を建てた地に百倍の規模を以て建てられた森羅万象総合千家そのものを示す茶室、“待乱徒待庵”(たいらんとたいあん)へと選りすぐりの茶術師たちを送り込んだ。

◆◆◆

「遅かったわね」
途方もなく広い茶室の真ん中に座していた十六本の腕を持つガッキーめいた女、“十六”が言った。

十六(じゅうろく)
所属:旭飲料
背中に埋め込まれた七対・十四本の腕で十六種類の素材を生かした“ブレンド茶術”を用いる事が出来る。しかもカフェイン・フィードバック0の為、女性にも人気が高い。
一般的な茶術師でも1本のマニュピレーターを動かす事が手一杯である中、彼女は脳内茶術詠唱を並列で処理し、自身の腕と14本の腕を巧みに操る事が可能。もちろん“茶会”においてもその多腕は生かされる。

「定刻より前だったのだがな、これは失敬」
「ドーンッ!だけ前から来てるネ!こっちは時間通りヨ!」
にじり口…と言っても規模が百倍だが…を潜り、薬研(やげん)を小脇に抱えた本木雅弘めいた着物姿の男“伊右衛門”と、黒いチャイナドレスを着た中条あやみめいた女“黒烏龍”が茶室に入って来た。

伊右衛門(いえもん)
所属:三ツ鳥居
徒手空拳の侍。
選び抜かれた茶葉、ウヰスキーにも使用される選び抜かれた水を用いた茶術から生み出される不可視の刃を使う。
茶術の濃度を変えた“濃(こい)”や、相手の健康値に影響を与える“特(とく)”等の技を用いる。
家紋は黄色い猿。
黒烏龍(くろうーろん)
所属:三ツ鳥居
サモ・ハン・キンポー直伝の太極拳と洪家拳を使うスレンダーな美女。
その茶術は相手の脂肪を徐々に奪い取り、体を動かすエネルギーや寒さに対する耐性を下げる。
好物はハンバーガー。
好きな漫画は笑うセールスマン。

「お~い!遅くなったかな?ごめんね!女子会やってたら遅くなっちゃった!この業界の老舗なのに!」
にじり口…と言っても規模が百倍だが…を潜り、松本穂香めいたゆる~い感じの女が全身茶葉で出来た様な犬を連れて駆け込んできた。
“おーい”だ。

おーい(おーい)
所属:I.T.O.E.N
本邦で初めて茶術に参入したメガコーポ所属の茶術師。
かつて「茶術は茶術師のもの」「茶術は自宅や会社で行うもの」というイメージを払拭し一般に茶術を普及させた。
茶術「お~い!」は呼び掛けられると返事をしてしまうという言霊系茶術だ。
連れている犬は遺伝子に茶葉を加えられたバイオドック「お茶術犬」だ。

「ふふふふ、ふふふ、ふーふーふっ!ふーふふふっ♪」
皆が振り向くと部屋の隅で鼻歌を唄う、肩にを止まらせた土屋太鳳めいた女と、進撃の巨人の調査兵団めいた少女が立っていた。
「…私たちなら既に此処に居たがな」
“爽健美”“花伝”だ。

爽健美(そうけんび)
所属:コカノキ&コラノキ・ボトラーズ
“歌茶術”を使う双剣使い。
彼女が「ハトムギ、玄米、月見草~♪」と歌うと聞いた者は「ドクダミ、はぶ茶、プーアール♪」と答えずには居られ無くなる。
肩に止まった鷹の名は「綾(あや)」
一見普通の鷹の様だが何か秘密めいたものが…?
花伝(かでん)
所属:コカノキ&コラノキ・ボトラーズ
能面の如く様々なフレーバー術式を付け替える事が可能な“紅茶術”使い。
また術式“王”によりロイヤルモードになる事も可能。
変幻自在の茶術や様々なコラボレーションで“茶会”を行う事が出来る。

「ところでお主達、天下唯一宗匠の死因を存じて居るか?」
伊右衛門が口火を切った。

「…………」
十六は無言。
「ふふふふ、ふふふ、ふーふーふっ!ふーふふふっ♪」
爽健美は相変わらず鼻歌を唄い続けている。

「あー!私、実は知ってたりするんですよ~!」「ワン!」
返答したのはおーいだった。
「まあ~どうせ皆が揃ったら総合千家の茶坊主さんから教えてもらえるんでしょうけどね?」

「モッタイぶらずに早く言うネ!」
黒烏龍が先を急かした。

焼死…らしいですよ?」「ワン!」

「な…馬鹿な!天下唯一宗匠には火も水も届かんぞ!あの所作、点前には…」
伊右衛門が余りに馬鹿げた答えに対し反論をー

「それがね、体内の血液が沸騰して…内側から燃え上がったんですって♪」「ワン!」

耳だけは傾けていた十六や爽健美の表情にも薄っすらとだが動揺が走った。

暫く沈黙が続いたが、花伝が口を開いた。

「…ところで“麒麟”の奴らと“山河有り”の奴らは来んのか?まあ無いと思ってやりたいが、まさか怖気付いたか?」
花伝が鼻で笑ったその時だった。

「いやー遅くなってごめんね!目を離したら“午後の”ちゃん居なくなって探してたんだけど先に来ちゃったよ!」
波瑠めいた愛嬌のある女性がにじり口…と言っても規模が百倍だが…を潜り、入ってきた。
“生”だ。

(なま)
所属:麒麟
最新テクノロジー「ミクロン粒子」「微細カット」「低温抽出」で茶術のエッセンスを「まるごと」引き出す事に注力した茶術を使う。
その際に使われるセラミックボールは“相手を微粒子レベルで粉砕する。
彼女の茶術は「生」で有るほど術式が強くなる。
その為“茶会”に於いては次第に着衣が減っていく。

「さっきまで一緒に居たんだよ!全く…午後のちゃーん!何処に…」

その時だった!
にじり口を飛び込んで来た何かが畳の上を跳ね、転がり…集まった茶術師たちの中心で止まった。

「…コレは、いや、こいつは…“あなたの”、か?」
先程まで沈黙を決め込んでいた十六が、目を見開きその消し炭状の何かを確認した。

あなたの(あなたの)
所属:山河有り
関西のマイナーコーポ所属の茶術師。
茶術自体はこれといって特徴のないものだが、「当たりが出たらもう一度」術式が発動する。

いつの間にかにじり口に一人の女が立っていた。

「ちょっとそこで“あなたの”ちゃんと会っちゃったから、少し遊んじゃったよぉ」

ベレー帽を被り、動画チャンネルで研究したアイドル風前髪、そしてまるで命をかけたような髪のつや、友達と新大久保で買ったおそろいブレス、友達とおそろいのトップス、パステルカラーって可愛いから大好き
まるで周囲に情報と矢印が浮かんでいる様な女だった。

「まさか貴様が“あなたの”を!…いや!天下唯一宗匠をも!」
伊右衛門が激高しその女に問い掛けた。

「可愛いものってねみてるだけであま~い気分になるから、すきぃ」
ずっとこんなかんじなので人の話はほぼきいていない

「…こいつに聞くだけ無駄だよ。矢張りお前だったか、茶女(ちゃじょ)…“午後の”め」
花伝は唾棄するかの様に答えた。

午後の(ごごの)
所属:麒麟
数少ない“紅茶術師”の一人。
ストレート、レモン、ミルク等のフレーバー術式と共に複数人格を使い分ける。これは余りに強い術式の戻りを抑える為に、各人格にフィードバックを分散させた結果生じたものだと思われる。
・モデル気取り自尊心高め女子
・ロリもどき自己愛沼女子(現在コレ)
・仕切りたがり空回り女子
・ともだち依存系女子
いずれも他次元への干渉を誘発させるのか、自身の周囲に矢印とアイデンティティ情報を説明したと思しき謎のメッセージが浮かぶ。
得意な茶術は“予期できぬ炎上”。

「みるくてぃにぷかぷか浮かびたぁい」ツッコミ不在
マイナスなことをあまりSNSにつぶやかないようにしたい(と思っている)


今、此処に最強の茶術師達…「茶修羅」が集まった。
既に二人目が死んだ今、後戻りは出来ない。“茶会”の火蓋は切って落とされたのだ。

最後の一人になるまで、誰もこの茶室から出られない。

          間章>>

(2018/11/11追記)
秋月翼さんにファンアートを描いて頂きました!是非ご覧になって下さい。

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