天狗狩(DUCK HUNT)
文久三年九月十八日。
夕刻より降り出した雨は次第に強くなった。
土方歳三はあまり運否天賦というものを信じぬ質だが、この時ばかりはその様な胡乱な存在が己に味方したと思った。
芹沢鴨、斬るべし。
尤も真正面から挑み敵う相手では無い。例え沖田と云えども無傷では済むまい。
だが組は芹沢の死を以て革まらねば為らぬ。故にこの暗殺に係わる者に一人とて万が一が有ってはならぬのだ。
夜半、凶賊が八木邸に押し入り、芹沢、妾のお梅、平山五郎が殺害された…と言う事となった。
唯、芹沢一派の平間重助と平間、平山と同衾していた遊女二人の姿は忽然と消え失せていたが、土方は些事で有ると判断した。
暗殺は成ったのだ。
近藤勇は芹沢の葬儀を盛大に行い、またその事を会津中将に報告すると大変喜ばれ、壬生浪士組は近藤を中心とした新選組として改まる事となった。
翌年、元治元年春。
土方は沖田を伴い黒谷へ出向いた帰途、花見を楽しむ事にした。
土方は芹沢との出会いを回顧する。
昨年二月、吐く息も白い中、清川某の発案による浪士隊徴募の為に小石川伝通院に集った時であった。
その男は三百人は居るであろう中に在っても一際目立っていた。
まるで力士の様な体格にかんらかんらと古の豪傑の様に嗤う甲高い声、一本歯下駄を履き、常に右手に持った鉄扇を所在無さげにしている。
何よりも異様だったのは周囲全てを圧するかのような目だ。
いや、土方は目を、芹沢の目を視たことが果たして有っただろうか?
芹沢の顔は?思い出そうとすると何故か頭に靄がかかる。
「総司、芹沢の顔を覚えているか?」
「何言ってるんですか土方さん。芹沢さんはいつも天狗の面を着けてたじゃないですか」
沖田はあどけなく答える。
天狗の面。
それはあの晩、あの場所に果たして有っただろうか?
風が吹き、桜吹雪が舞う。
気付けば二人の前に立つ者在り。
一本歯下駄を履き、手には鉄扇、顔には天狗の面の…女。
「久しいな、土方くん」
「総司!斬れ!」
【続く】