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第2回 インタラプション ~女だって攻める~ 「入社式」

免責事項:この物語はフィクションであり、登場人物、設定は、実在のいかなる団体、人物とも関係がありません。また、特定の架空の団体、人物あるいは物語を想起させることがあるかもしれませんが、それらとは何の関係もない独自の物語となっているという大人の理解をよろしくお願いいたします。くれぐれも、誰かにチクったりしないようにwww 

第2回 「入社式」

中滝(なかたき)社長による入社式のオープニングスピーチは、盛下の創業エピソードから始まった。

そして、70年代から80年代にかけてサニーが「メイド・イン・ジャパン」という言葉のイメージを「安かろう悪かろうの模造品」から「最先端、最高品質、唯一無二」に180度変えたという逸話、いかに日本という国のブランドを引き上げ、世界の文化に影響を与えてきたのかという、目眩がするような話が続いた。そして、最後にそのような会社に選ばれた新入社員たちはいかに幸運なのか自覚し「先駆者たれ!」という激励で締められた。

(そうだ。この会社の一員となれた自分は、本当に幸運だ)

希望に満ち溢れていた絢には、そんな逸話の一つ一つがキラキラと輝いて聞こえていた。

しかし、研修が進むにつれて、小さな違和感が絢の中に生まれてきた。

確かに、新入社員研修で役員や古株の社員たちから繰り返し視点を変えて語られるエピソードや、見せられたビデオは、盛下が社長を務めていた時代の輝きを伝えていて、いかに偉大な会社に自分たちが入社したのかを強く自覚させるものだった。だが、ネットが登場し、スマホが登場したこの最近10年の実績にはほとんど触れられることがなかったからだ。

実際、80年代後半に生まれた絢にとってのサニーは、日本の大企業のひとつに過ぎず、企業研究するまで特別な会社だという認識はなかった。

「先駆者たれ!」という言葉は、どこに行ってしまったのだろう。

90年代以降、成功がなかったわけではない。画期的な家庭用ゲーム機は文字通りゲームやエンターテイメントの楽しみ方を変えた。そして、その後継機のいずれもが社会に対して、何らかのインパクトを与えてきた。

だが、この一連のゲーム機の成功は、研修でそれほど多く語られていない。むしろ、研修で登壇する社員たちからは、亜流、傍流のような扱いを受けているような印象だった。

穿った見方をしてしまうと、現役のサニー社員たちは自分が関わらなかった製品の成功を認める度量がないように見えてしまうし、また同時に、自分自身が「先駆者たれ!」という言葉にふさわしい成果を出せていないことから意図的に目を逸らしているようにも見えてしまう。

一度、そのようなモヤモヤとした違和感が渦巻き始めると、些細なことも気になりだす。

「あらゆる活動には、創造性が要求され、期待され、約束されている」ところを見つけようと、資料や研修の内容、はては廊下の地図に至るまで「創造性」が現れているか確認することが癖のようになってしまった。

そして、その確認の結果は、いつも決して芳しいものとはならなかった。

絢の違和感は、1ヶ月目に行われた同期たちとの飲み会の場で、さらに決定的なものとなった。

入社前、同期たちがどのように内定を勝ち取ったのか、どう「先駆者たれ!」という盛下の言葉に挑戦したのか、絢はそれを聞くのを本当に楽しみにしていた。

「みんなは、どうやって内定とったの?『先駆者たれ!』って意識しちゃったよね」

少し、軽めのノリで聞いてみた。

「エントリーシートのこと?俺、すごい適当だったよ。ゼミの先輩がサニーだったから、昔の志望動機ほとんど丸写しさせてもらった。サークルの副部長で、まとめ役みたいなどこにでもあるやつ」

絢は頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。

「私も、そんな感じだ。っていうか、みんなそんなんじゃない。私は、サニーに実績がある就活塾で、エントリーシートと面接対策やってもらったし」

誰も、彼も似たようなものだった。グラスを握り締めた手が、水滴でビショビショになっている。

「だって、『先駆者たれ!』っていうのが、私たちの使命なんじゃない?先駆者になる資質があるって認められたから内定取れたんだよ」

あえて、「私たち」という言葉を使ってみた。

空気が一瞬で変わったのが分かった。背中に冷たい汗が流れていく。

返ってきたのは、絢の淡い期待を粉々に砕くものだった。

「いまどき、どこの会社も選考基準なんて同じだし。俺なんて、企業研究なんて一社もしてなくて、エントリーシートも社名変えたくらいの適当さだけど、7社から内定取ったし。大学名があれば、あとはコツだよ」

「おお、内定王!」

「就職活動なんてさ、、、」

「内定王」と呼ばれた、同期の水浜正治(みずはませいじ)は得意気に、そのノウハウを語った。が、要するに一言で言えば、まともなコミュニケーションが取れそうで、偏差値の高い大学を出ていれば誰でもよいということらしかった。

そんなはずはない。盛下はそんな選考も、そんな学生も決して受け入れなかったはずだ。だから、サニーが、そんな選考をするはずがない。

「あれ、絢ちゃん、どうしたの?もしかして、飲むと泣き上戸になっちゃうタイプ?」

そう言われて気がつくと、ビショビショに濡れた手でグラスを握り締める絢の目からは冷たい涙があふれていた。絢は、この日、このあとのことは、全く憶えていない。憶えていたとしても、決してよい思い出とはならなかっただろう。

しかし、絢の葛藤は、まだこのとき始まったばかりだったのだった。


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