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第3回 インタラプション ~女だって攻める~ 「社長賞」

免責事項:この物語はフィクションであり、登場人物、設定は、実在のいかなる団体、人物とも関係がありません。また、特定の架空の団体、人物あるいは物語を想起させることがあるかもしれませんが、それらとは何の関係もない独自の物語となっているという大人の理解をよろしくお願いいたします。くれぐれも、誰かにチクったりしないようにwww
※この物語は独自の創作によるものです

第3回 「社長賞」

それから数年に渡って絢は、ひたすら「前例がないから出来ない」、「競合が成功するのを見てからはじめればいいんだよ。うちはブランドがあるんだから」というような言葉を聴く日々を過ごすことになっていった。

「先駆者たれ!」という盛下の言葉の対極だ。サニーは、盛下だけが「先駆者」であり、「先駆者」としての使命を負っているのではない。ここにいる社員全員が「先駆者」としての使命を負っている会社、それがサニーなのではないか。

そのことを指摘すると、必ず、「お前は何も判っていない」、「生意気なことをいっていると誰もお前を助けてくれなくなるぞ」という紋きりの指導が返ってくるのだった。

もはや諦めのような心境にも辿り着つつあったが、それでも就職するときに灯った炎が、それをなんとか押しとどめていた。盛下の目指した会社は、こんな会社ではないはずだ。誰かがそれを言い続けなければ、この会社は本当に「普通の会社」になってしまう。

絢を動かしているのは、「盛下の遺伝子を引き継ぎ、未来を現在化していく会社の一員であること。先駆者であること」への使命感だ。

しかし、そんな絢に長谷部(はせべ)部長が薦めたのは、D・カーネギーの本だった。

「お前、話してみるとそんなに馬鹿じゃないみたいだし、少しは人と仕事することを学べ。今はもう、盛下さんの時代みたいに未成熟な社会じゃないんだから、新しいものなんてそうそう出てくるはずがないだろ。あの頃は、何作っても新しかったんだよ。そんな時代だったら、みんな先駆者になれただろうけどな」

「いつの時代だって、その時代に暮らす人間のほとんどは現在を過去と比べて『これ以上の進歩はない』と考えていたはずです。未来に視線を向けたときに初めて、現在の「未成熟」が見える。それが、先駆者であれということではないでしょうか。「先駆者たれ!」という言葉をそこかしこで使うくせに、誰もそれを本気で捉えていないことを私は指摘しているだけです」

「ほら、そういうところだよ。俺が言ってるのは。まずは、人の話を素直に聞いてみろ。相手が何をお前に伝えようとしているのか、それを受け取ってから、言いたいことがあれば言え。そうしないと、人と仕事は出来ないぞ。これ、読んでみろ」

人と協調していないかどうかという話ではない。長谷部部長は、根本からずれている。

受け取ったD・カーネギーの本には何の恨みもないが、その帰り道で古本屋に売り払った。

輪をかけて最悪なのは、前島洋介(まえじまようすけ)係長や、先輩の佐藤裕司(さとうゆうじ)だ。私のアイデアをパクって「ミラーレス一眼でカメラ女子ブームを仕掛ける」というマーケ企画を出すと知ったときには、怒りで全身の血管が広がり、毛穴が逆立った。

手柄を取られた、ということではない。サニーの社員ともあろうものが、平然と人のアイデアを横取りするその姿勢に、盛下の築いたこの偉大な会社を汚されているように感じたからだ。

絢の中には、そういうことに怒りを感じる炎がまだ残っている。

だが、その話には、更に最悪の続きがあった。それから数ヵ月後の午後のことだった。

「俺、この間の『カメラ女子』企画で、社長賞取っちゃったらしい。さっき長谷部部長から連絡があったよ。まだ、内緒だぞ」

自販機の前で佐藤と出くわすと、いきなり自慢げに囁いてきた。怒りは一気に頂点に達し、その行き場のない怒りが自分の心臓をかき混ぜている。

「すごいですね。内緒にしておきます」

やっとのことで、そう一言だけ告げた。佐藤は、絢の反応が薄いことに一瞬、不満そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

(今日は、このクソ生意気な後輩も許してやろう。こんなやつに社長賞は一生無縁だろうからな。これって、勝者の余裕ってやつか。最高だ)

「お前も、がんばれよ。いつかチャンスが回ってくるかもしれないぞ。企画は閃きだからな。先駆者たれ、だ」

昔どこかで聞いた「怒りもあるところを過ぎると、急激に冷静になる」というのを絢はこのとき初めて実感した。

「本当に、すごいですね。おめでとうございます。私も頑張ります」

思ってもいない言葉が、口から出てきた。

パクリ企画が社長賞とは、中滝社長もどうかしているとしかいいようがない。もちろん、中滝社長自身が選んでいるわけがない。しかし、こんな選考が通る体制が作られているのは、社長の責任だ。

「ありがとう。でも、正式な発表まで、絶対に内緒だぞ」

佐藤はそう言うと、缶コーヒーをくるくると手の中で回しながら、上機嫌で席に戻っていった。

自分が求めていたサニーなんて、最初からどこにも存在していなかったのではないか。就職活動中の未熟な学生が、耳障りのよい言葉に感化されてしまっただけではなかったのか。

入社以来何度も湧き上がってきた疑問が、佐藤の背中を見ていると、またふつふつと湧きあがってくる。

あれほどまでに強く激しく灯ったはずの炎が、決して消えるはずのなかった炎が消えかかっていた。すべてが平坦に、モノトーンに見える。

いつの間にか、それまでほとんど吸うこともなかったタバコを吸うようになり、タバコ部屋にも頻繁に通うようになっていた。

テレビの開発部長、大上幸弘(おおうえゆきひろ)と出会ったのは、そんなある日のタバコ部屋だった。

偶然2人になったとき、うかつにもそんな本音を漏らしてしまった。途中で、「やばい」と思ったが、止まらなかった。そして、気がつけば10分近く愚痴めいた話をしてしまっていた。

ほとんど反応を見せなかった大上幸弘にも、「怒られずに済んだ」と安堵するとともに、大きな失望もしていた。「切れ者」と社内で評判の役員も、盛下の遺伝子を受け継いでいない普通のサニー社員だ。

大上幸弘から、呼び出しを受けたのは、それから数週間経ってからだった。

(明日第4回につづく)

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