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虹彩・太陽をうつすもの

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2017年5月発行の同人誌『虹彩・太陽をうつすもの』のWeb公開バージョンです。
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記事一覧

『虹彩・太陽をうつすもの』作品概要

『虹彩・太陽をうつすもの』
同人誌版( https://sae-todo.booth.pm/items/520434

ヘッダーイラスト:二遊さま(twitter @niyuu_HDF1995)

■概要
齢十四の少女が生んだ京という名の息子は、彼女を捨てて姿を消した男と同じ瞳の色をしていた——。(「虹彩」)ひととひととは、ともに生きることにも別離にも違った意味で痛みを伴う。芸術に生きることを

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回游

 中学、高校の六年間で一番仲の良かった友人が死んだ。訃報は、彼の兄から電話で伝えられた。聞いたことだけはある病名を告げ、過労が原因だろうと語る友人の兄の声は震えていた。俺と同い年だが早生まれのその友人は、まだ二十九歳だった。電話口でしばらく黙っていると、背を叩かれるように少し強く名前を呼ばれた。「大丈夫です」と答えた声が、自分でも驚くほどに冷静だった。ただ、不自然に音が聴こえるほど鼓動だけが重たく

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太陽をうつすもの

 バイト先の居酒屋から自転車で十分のコンビニの前で、杏沙(あずさ)は煙草に火を点けた。携帯をスリープモードから叩き起こすと、ちょうどポップアップが画面に浮き上がり、最近仲のいいサークルの先輩の名前と、デートのお誘いらしき文面の最初の一文がのっぺらぼうなゴシック体で表示されたところだった。煙を肺まで吸い込んで、ゆっくりと息を吐き出してから既読を付ける。「いいですね」と、エクスクラメーションと絵文字付

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バーソロミュー

 幼い頃、僕の家の庭にはメロンの木が生えていた。三階の僕の部屋の窓からてっぺんの葉に触れられるほど大きく太い木で、春にはオレンジ色の小さな花をたくさん咲かせ、窓を開け放しておくとケーキの上の砂糖菓子みたいな橙色と鼻を通るハーブの匂いで、部屋のそこかしこを埋めてしまう。それを両手いっぱいに掬い取って、庭で手を振る妹に向かって窓から身を乗り出し放ってやると、彼女は降り注ぐオレンジ色の真下で嬉しそうにく

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虹彩

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十五の冬に、俺は自分が自分の父親を知らないのだという事実を知った。驚かなかったわけではないけれど、存外すんなりと腑に落ちた。俺が、それまで自分の父だと思っていたひとは、母より十も年上の、落ち着きのあるしっかりとした大人で、母がそのひとと別れ一度の再婚と別れを経たいまですら、俺の面倒を見続けてくれている責任感の強いひとだ。あんな立派なひとが、どうして十四の女の子に子どもなんか生ませてしま

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