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#1 最近のこと

夏がすっかり溶けて、秋が吹き込んできた。

夏休みってだいたい40日間くらいあって、とても長い。毎日朝から晩までリビングの置時計で開催される長針と短針の追いかけっこを眺めながら、長すぎる退屈を紛らわせていた気がする。やるべきこと(宿題)はたくさんあるのに、追い込まれないとやれない。今思い返してみても、学生時代の夏休みの過ごし方は後にも先にもないくらい、贅沢な時間の使い方だった。時間が過ぎればすぎるほど、数字ばかりが目に入って、さして好きでもない学校へのカウントダウンが怠けた僕のいたるところ締め付けて来る。あの感覚はいくつになっても仲良くなれない気がしている。七月の中旬、教室の窓から大きなカミナリグモが雷鳴をとどろかせているのを怯えながら見ていた。今年はどんな夏になるのかと、あれだけ待ち遠しかった僕の夏休みは毎年思い描いたようなものにできたためしはただの一度もなく、これからも思い描いた夏はきっと来ない。多分。

もう秋なのに、未練がましく夏の話をしている。

もう何年も手持ち花火をしていない。きっと夏は拗ねている。
手にすることが出来る夏の中で、手持ち花火がいちばん好きなのに。
手にすることが出来る夏。
夏の朝はカブトムシ、夏の昼は冷やし中華、夏の夜は手持ち花火。
夏を手の中に閉じ込めるには、カブトムシは元気すぎるし、冷やし中華は冷たいし、手持ち花火は熱すぎるから。手にするくらいでじゅうぶん。
手持ち花火の中でも、線香花火がいちばん好き。
携帯の待ち受けも線香花火の写真にしているし、お祭りで花火セットを買う時も「線香花火がいっぱい入ってるやつにしてください!」って必ず伝えるくらい線香花火が好き。
毎回自分から線香花火の勝負を持ち掛けるんだ。誰が最後まで、線香花火が続くかってやつ。いざ勝負が始まると、言い出しっぺの僕はいつもそうそうに負けてしまう。どうも僕のまわりには得体のしれない風が吹いているから。火種が風に吹かれて満足な花も咲かせられないまま、ぽとって落っこちちゃう。だから僕の好きな線香花火はいつも、誰かが持っている線香花火。自分の線香花火じゃないんだ。だから、これからずっと僕は夏を手にすることが出来ないと思うんだ。こればっかりは練習とかじゃないから。今年の夏を逃したら、もう来年は違う夏だもの。
いつか一番好きな夏をこの手にしてみたい。



追伸

友達に誘われて東京に出向いたとき。家から最寄りの駅まではいつも歩いて向かうんだけど(その時も確か下駄を履いていた)、ウォークマンからジュディマリの「Over drive」が流れてきて、走る雲の影を最寄りの駅に着くまで飛び越えていました。夏の日差しを追いかけながら。

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