ダイアログインタビュー ~市井の人~ 井上禄也さん11(最終回)
◎「理念」と「グランドデザイン」
――「この街を新しくつくっていく」ためにも、理念に基づいた旗振り役って重要ですね。街づくりの憲法というか。その辺りは、この街ではまだ定まっていませんね。
井上 この街について言えば、「元に戻しても良い事無い」と思ったから逃げたわけで、戻りたいと思わなかった。今までが良くなかったからひっくり返さなきゃいけないと思うんですけど、震災が起こった事で「新たにつくる」という雰囲気になった。もし震災が無かったら、この街はゆっくり衰退に向かって滅びていくだけだったのかも知れない。逆にドカンと落っこった事で、後は這い上がるしか無くなったわけで。そういう経験をして這い上がった街だったら、最近盛んに「地方消滅」なんてことが言われてるけど、消滅するはずがないと。「新生」だったらどんどん動いていけば良いだけで、「復興」だったらどこかにゴールがあるはずなんだけど、誰もそのゴールを示せていない。ゴールがどこかすら分からないんで、自分がどのくらい進んでいるのかも分からない。
――私もそう思うんですよ。“人がいなくなったならいなくなったなりの街を作れば良い。そしてそれを見て戻りたくなった人は戻れば良い。”ってね。そうなると、理念やグランドデザイン(「総合計画」とでも呼ぶべきか)って必要になってきますね。
井上:「グランドデザイン」って難しいですよね。でも「理念」は作ることが出来る。「グランドデザイン」は始めに作ろうとするんじゃなく、色々な局面に応じて「理念」に照らしたそれぞれ個別のデザインを作っていけば、自然とグランドデザインが出来ていくと思うんです。だからまずは「核」となる「理念」を作らないと、何時まで経ってもグランドデザインは出来ないんじゃないかな。
■ 実はこの「ダイアログインタビュー」も、この街に住む人たちに、「シビックプライド(「街に対する愛着」という意味)」を思い出してもらい、南相馬に暮らす意味合いを市民一人一人に持ってもらう事を目指している。
正直なところ、井上さんの話はちょっとシニカル過ぎる部分もあるなという感じもした。シニカル過ぎる視点は、言いたい事を見えにくくする。今回の話の中では、井上さんが行政に何を期待するのか、この街に何を期待するのかといった点が、少し見えにくかった。ややもすれば、文句を言ってるだけのように見えてしまうかも知れない。それはインタビュアーである私の未熟さでもあるが、それはともかく、今回の話を読み解くには、私には少し考える必要があった。そしてある結論に達したのだ。それは、井上さん自身も話の中で述べている事である。キーワードは「トップは旗振り役であるべし」「カラーを活かす」という言葉だ。そこから今回の話を読み解くと、井上さんが単に「文句を言っている」だけでは無い事が見えてくる。
「行政がリーダーシップを取るべき」「魅力や名物をもっとアピールすべき」という話と同時に「六次化など行政がすべきじゃない」「ブランド作りは行政がすべきじゃない」という話が出ていたが、この二つの話は一見すると相反する内容に見える。しかしそうでは無い。行政は方向性を示して、民間が動きやすいように道筋をつければ良いという事だ。行政より民間の方が得意な領域というのがある。売れる商品を作ったり、販売ルートを開拓したりといった事がそうだろう。きちんと街としての方向性を行政が打ち出す事で、後は民間がそれぞれの得意を活かして動けば良い。つまり「旗を振る」という事だ。そして、行政にはそのための意見調整の部分を担ってもらう。行政はその部分で強みを持っている。そこが行政の持っているカラーだ。井上さんは行政に、そのカラーを活かす事を期待しているのだ。
そういった行政の在り方は、松永牛乳の経営で井上さんが行っている役割と重なる。現場を見て従業員の話をきちんと拾い、シンプルな理念の下で従業員をまとめていく…これが井上さんが行政に期待している事だ。そしてそれを行う事で、この街の雰囲気も変わるという事を言いたいのだろう。
井上さんも、会社経営にあたっては様々な人から様々な事を言われたに違いない。そもそも、原発事故の被災地である南相馬で乳業事業を営む事自体、多くの批判を浴びた事と思う。そんな中で井上さんは、「乳業事業を通じて、仲間とお客様と地域に栄養を届ける会社であり続けよう」というシンプルな理念を掲げ、お客さんを含め、松永牛乳に関わる全ての人にハッピーを届け続けてきたと同時に、そうした人たちを守ってきた。私がこんな事を言うのも何だが、「お見事」である。
井上さんが南相馬に届け続けているハッピーは、物凄く大きい。私も井上さんにハッピーを届けてもらっている一人だ。
~おわり~
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