若いんだから、なんでもできるわよ
お笑い芸人カラテカの矢部さんの『大家さんと僕』シリーズを読んで号泣した。
「手塚治虫文化賞 短編賞」を受賞したこの漫画。矢部さんと大家さんの優しくかけがえのない日々が描かれている。
1階には大家のおばあさん、2階にはトホホな芸人の僕。挨拶は「ごきげんよう」、好きなタイプはマッカーサー元帥（渋い！）、牛丼もハンバーガーも食べたことがなく、僕を俳優と勘違いしている……。一緒に旅行するほど仲良くなった大家さんとの“二人暮らし”がずっと続けばいい、そう思っていた――。泣き笑い、傑作漫画。
https://www.shinchosha.co.jp/book/351211
ご近所以上、家族未満
最初は「おかえりなさい」と電話してくる大家さんに驚きつつも、徐々に仲良くなっていく矢部さん。伊勢丹にご飯に行き、ついには旅行までする仲に。風の強い日は手を握り「手を繋ぐのなんて久しぶり」と言い合う。
上品で、ご年配のためゆっくり歩き、ついこないだの話のように戦時体験を引き合いに出し、流行りの芸人も俳優ももちろん矢部さんのお仕事も見たことがない大家さん。
そんなジェネレーションギャップを「見え方が違う」と尊重し面白がれる矢部さんだからこそ、築けた関係性だと思う。なんて素敵で愛に溢れたお２人なのだろう。
大家さんが、矢部さんのことを「血のつながらない親族」と言ったシーンは、そんなふたりの関係性を表してる。
さらに、大家さんからのお手紙にはこんな風に綴られている。
「矢部さんがいらしてくれたからここまで生きてこられたのよ。楽しいこともたくさんいただいて、矢部さんのおかげです。すべてお礼を申し上げるのは私のほう」
「矢部さんは、私の残り少ない人生の誰より大事な方です」
https://www.rbbtoday.com/article/2018/10/03/164116.html
同じ家に住んでいるが、血はつながっていない。けどお互いが日々を生きる支えになっている。ご近所以上、家族未満の、身内。
大家と店子は基本的に金銭の契約で成り立っているけれど、矢部さんと大家さんはそれ以上の愛でつながっている。それが眩しく、「家族では無いからできないこと」が表れた時に切なくもなる。
大家さんは、読者の心の中のおばあちゃん
矢部さんの絵は最小限の線で描かれている。朴訥とした雰囲気にほっこりする。背景も多くは描き込まれていない。「伝えたいものだけ」が丁寧に描かれていている。
おそらく読者は大家さんに、自分のおばあちゃんや、今まで出会った他人の優しいおばあちゃんを重ね、余計に心掴まれているのではと思う。
私は前者。
「おほほ」「ごきげんよう」と言い、デパートでゆっくりご飯を食べた後お茶を何回もするから４時間以上かかり、戦時中を思い出しては現代の幸せを噛み締める。
竹を割ったような性格で、毒も吐く。
季節ごとに咲く花や、ほうじ茶や、銀杏拾いの良さを思い出させてくれる、矢部さんの大家さん。
まさに私のおばあちゃんそのままで、読んでいて何度も「そうそう」と頷いた。
そして、私のおばあちゃんも「大家さん」である。
病院帰りは住人さんが付き添いをしてくれた日もあった。家賃を持ってきた人には、デパ地下で買ったお菓子をおすそ分けする。近隣の冠婚葬祭には一緒に行き、帰りにお茶をする。
長年お世話になった不動産屋さんは、おばあちゃんに合うような、まさに矢部さんのような住人さんを連れてきてくれた。
そんなおばあちゃんから大家の仕事を継いでみて、「顔の見える賃貸」を好いてくれる住人さんのありがたみと、おばあちゃんの凄さを実感した。
トダビューハイツ、うちのおばあちゃんによるお触れ書き pic.twitter.com/cNPmzToc9V
— 戸田江美｜デザイナー大家 (@530E) August 30, 2016
若いんだから、なんでもできるわよ
続編の『大家さんと僕 これから』に
えんぴつが元気な人にしか使えない道具だなんて知りませんでした
と、大家さんのか細い字を見ての言葉がある。
NHKで放映されたアニメの主題歌には
デパ地下の果てしない海を泳ごう
病院も車椅子もない世界で
という歌詞がある。
大家さんとの別れがどうしても哀しく、加えて私のおばあちゃんの姿に重なり、号泣してしまった。
「矢部さんは若いんだから、なんでもできるわよ」と言ってくれた大家さんの言葉を、今でも矢部さんは大切にしているらしい。手塚治虫文化賞受賞のスピーチをする際も「普段通りの矢部さんでいいのよ」と大家さんの言葉を思い出したという。
私もおばあちゃんから貰った、背中を押してくれる言葉がたくさんある。
『大家さんと僕』を読んで、もっともっとおばあちゃんの声を、体験を聞きたいと思った。だから赤くなった目で緑茶を淹れて、おばあちゃんに「お喋りしよう」と言った。
一生懸命ソファまで歩くしわしわの手を握り支えると、おばあちゃんは「楽チンだ、楽チンだ」と笑っていた。
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