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呼んでくれる物件探し

転勤が決まった。
7年ぶりの転勤、今回夫は、物件探しに余念がなく「良い物件があったら送るから!」と日に何通も新着物件のメールを私に送ってくる。
それは「あれ?不動産会社のパート始めた?」と思えるほどで、あいつ仕事してるんかいな?と疑うほどのメール数。

「よしじゃあ、次の土日に物件見にいくぞー!」

そう言われた日、私は「あら、今週フラのレッスンあるわぁ、来週は休みなんだけどなぁ」と軽い調子でぼやいた。

すると「はぁぁー!?それで良い物件取れなかったらどうすんだよ、毎週レッスンあるんだから一回ぐらい休めよ」
夫がめっちゃキレてきた。

「いや、こういうのはご縁だからさ、こないだから物件物件アドレナリンどうなってんのよ?あとさ、私もフラレッスンは残すところ4回しかないの、転勤で失うこの気持ち、少しは考えてみてって思っただけよ」

若干私もイラッとしながらそれに応える。

すると夫は、これぞ最後の必殺技と言わんばかりに雄叫びをあげた。

「それで良い物件取れなかったら、俺はもう両親にチクるから!!!」

…はぁ!?小学生かよ!!


いや、まて。
チクられて恥ずかしいようなことはしてねーわ!!
ちょっと「レッスンあるから物件見に行く日、違う方がいいなぁ」とボヤいた程度だ、絶対ダメだと叫んだわけでも、ちゃぶ台返したわけでも、お鍋の煮汁をぶっかけたわけでもない。

おうおう、なんとでもチクれや!!嫁がフラで家族のことを顧みない、俺とフラどっちが大事だと思う!?ひどくない!?
そう言えや、ほれ、電話しろやオイ!!

すると、なんとそのタイミングで夫のケイタイに義実家からの入電。
マジか、今か…!

そう思ったが、今更後に引けなくなった私は、さながら浮気相手に電話を迫るやからのごとく、顎をクイッとしながら
「言えやホレ!」と迫った。

内心では「余計なことは言うなよ?」と思っているが、転勤時の家族の揉め事は一旦バランスを崩すと、どちらかが燃え尽きるまで続くものだ。私の覚悟を舐めんなよ。

「…ああうん…なるほど、うん…」

しかし、電話の内容は、義父の治療が始まったけど、まだまだ体が慣れず、体調芳しくないというものだった。
どうりで、私のケイタイにかけてこなかった訳だ。それなりに深刻な親子の会話であり、そんな時に夫婦の小競り合いを話して聞かせるわけにもいかない様子だった。

私は、一度休戦とばかりに「心配だろうけど、転勤で家も近くなるし、とりあえず2人ともホッとしてると思うよ。しんどいのは辛いけどね」と夫に声をかけた。
夫は「うん…そうだな」と頷くとしばらく黙ってパソコンを見ていた。

それから30分後。
「さっきは言いすぎた、ごめん。そうだよね、もうここの大好きなフラ出来なくなるんだもんな…俺の都合で悪かった、日程は日・月で行こう!!

…うん?月曜、娘の学校は?

「小学校ぐらい休んだっていいじゃないか!」

フラレッスンに行って、小学校は休ませる。
大会控えている選手のごとき扱い。

いや、そっち義両親にチクられたくねーわ!!


急に嫁を中心に世界を回しはじめる夫にずっこけつつ、いやいやいくらなんでもそれは…と言ってみたが
「いいんだ!引っ越したら、親のことで迷惑もかけるかもしれない、ここで思う存分好きなことをやり尽くしてくれー!」


…えっと…?なんか若干介護問題に言及された気がするんだけど気のせいですか?
あと、転勤先でも好きなことはどんどんやるけどな?

そう思ったが黙っておいた。


結局、日・月で向かった物件探しは、あっさり1日目の日曜に決まった。

日当たりがとてもよく、眼下には畑。大根の葉っぱが日に当たっているのが気持ちよさそうだった。

玄関からは小学校のグラウンドが覗けて「運動会前は賑やかかもしれません」
不動産屋さんの営業マンが懸念事項のように一応言ったが、私たちは大きく頷いて笑った。
近所の公園では小学生がたくさん遊んでいて、娘が目を輝かせている。

何件か物件をみて「ここは道路沿いだけど駅近」「ここは間取りがいいけど小学校遠い」とあれこれメモをとっていたが、このマンションはメモをとることもなく、満場一致の即決だった。

次のマンションに、この大家さんはいなさそうだったけど。


およそひと月後には、ここで新しい生活が始まる。
たぶん、家族全員が同じ想いを持って室内を見回した。

そうそう、この感覚。
ここに住んでいる自分の姿が自然に想像できる物件、これが巡り合いであって、今まで大幅に外したことがない。

多分、私たちは探しに行っているのだけど、住むべき場所は、本当は呼んでくれているんじゃないかと思うのだ。

物件が決まって、アドレナリン放出しすぎていた夫がホッとして言った。
「とりあえず、俺の仕事は終わった!よし!」


おい待て。
家の中のあれこれ、ご近所や友人への挨拶、学校その他諸々の手続き、

これから引っ越しが始まるんだからな?

そう思ったけれど、とりあえず黙っておいた。

あと少ししかない広島生活。
小競り合いはあと2.3回ありそうだけど、とにかく最後まで楽しもう。
広島に戻る新幹線に揺られながら、私はこれからのあれやこれやに想いを馳せたのだった。


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