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ブックレビュー:「シャア」になりきったあの人が、シャアをどう捉えて演じたか、そこに演者の魂を見る ~池田秀一著『シャアへの鎮魂歌 わが青春の赤い彗星』

 「機動戦士ガンダム」シリーズの人気キャラクター、シャア・アズナブルを演じた声優の池田秀一さんが、自身の歩みを振り返りながら、声優への道、シャアとの出会い、演じる中でシャアという人間をどう分析してきたか、といったことを語る自叙伝です。
 劇場版「機動戦士Zガンダム」三部作製作中の時期に企画が持ち上がり、2007年に出版されたもので、このとき20年ぶりにシャアを演じたことをきっかけに、誕生から30年近くにわたって付き合ってきたシャアというキャラクターと向き合い、出会いから製作の舞台裏、演じる中で感じたことまで、赤裸々に語った一冊となっています。

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 それまで、映画やテレビドラマで子役として活躍してきた中で大人になり、子役として大人気となった自身の役柄を払拭したいと思いつつ、なかなかそれが叶うような役に巡り会えていかなった池田秀一さんが、「機動戦士ガンダム」の主役、アムロ・レイを決めるためのオーディションに誘われ、そこで作品資料を目にして、天啓のように「このキャラクターのテストをさせてくれませんか?」とボイスサンプルを収録し、結果的に、他の役者が演じるはずだったキャラクターを自分のものにした…という、シャアとの驚くべき出会いが描かれており、そこから、この稀有なキャラクターを、どのように自分のものにし、演じていったかが語られており、どんどんと引き込まれていく、という内容となっています。

 具体的な場面とセリフを挙げながら、そのセリフの内にシャアがどんな思いを込めているのか、セリフの言葉の「てにおは」一つから解釈していく、というその真摯な姿勢からは、役者がその役を演じるということの意味と深さとを教えられ、「その道」を目指す人にとっては、大いに参考になるものと思います。
 また、いわゆるファーストガンダムで、シャアはガルマを倒してザビ家への復讐を果たすことで、キャラクターの役割を終え、本来以降は登場する予定ではなかった、と聞いたことがありますが、実際、12話から26話までシャアは物語から姿を消します。その間に、富野監督がどのようにシャアというキャラクターを再設定したか、なぜそれが必要だったか、ということについて池田秀一さんが自らの視点で推理し、いくつかの場面を通して、シャアという敵キャラが物語の「軸」をなすキャラクターになっていくプロセスを解説していますが、これがとても深く、文学作品の解説ともいえる内容で、改めて、「シャア・アズナブル」というキャラクターを創作していくその一端に、声優としての池田秀一さんが深く関わっていたことを感じさせてくれます。

 個人的に、最も興味深かったのは、続編である「機動戦士Zガンダム」と「逆襲のシャア」について取り上げた章でした。私自身、ファーストガンダムの盛り上がりをリアルに体験した世代なのですが、劇場版3部作を見終わったとき、誰もが思っていたことは「これで、すべてが終わった」ということではなかったでしょうか。池田秀一さんもそうで、完全燃焼し、もうやり残したことはない、という状態だったそうです。ですから、続編の制作が決まったときから「モチベーションをどう再構築していくか?」というシコリを抱えたスタートだったといいます。
 そして、そこから続編であるZガンダム、逆襲のシャアで描かれるクワトロ・バジーナ、シャア・アズナブルのキャラクター像の「ブレ」に対する失望が、率直に描かれています。
「そんな大人、修正してやる!」というZガンダムの主人公、カミーユにクワトロ(シャア)に殴られ「これが若さか…」と納得してしまう姿だったり、逆襲のシャアで、「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」と告白してしまったり、ということに対して、シャアという男は「少年に殴られて納得するような男だったのか」「そんな子供っぽい男だったのか」と、これまで自身が演じ作り上げてきたシャアというキャラクターとのズレに葛藤し、違和感を持ち続けたままだった、と明かしているのです。
 この違和感というのは、池田秀一さんだけでなく、その当時、ファーストガンダムで盛り上がり、その続きとして続編を見たファンが多かれ少なかれ感じたことではなかったでしょうか。今ではシリーズを通して「そういう人物」と定着した感のあるシャアですが、私も「は? なんで?」と戸惑ったことがあったので、演じたご本人の率直な思いを知って、「そうだったのか」と何か腑に落ちた感を強く持ちました。

 池田秀一さんは、シャアというキャラクターを「自分自身の分身」と言っておられますが、同時に、作者である富野由悠季監督にとっても、自身を映す鏡だったかもしれない、と記しています。そんな目で、改めてシリーズを見てみると、新たな気づきがあるのではないでしょうか。


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