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命の連鎖を思い、未来に目を向ける

昨日は、実家に帰宅し、久しぶりにコロナもあり、
ゆっくり帰って、母と腰を据えて話したのが
実に3年ぶりでした。
そこで話したりしたことの一部を、
記事にし、皆様にも読んでいただきました。
頂いた命の軌跡を共に思う|命に向き合うとある看護師 (note.com)


 昨日はだいぶ、命の連鎖の壮絶な部分に焦点があたり、
厳粛な波動が、皆様に伝わったのではないかと感じてしまいました。
そして、私がとても、孝行娘のように伝わったのでは!?と
そちらも心配になり、今日は追記を。。。


 亡くなった父とは、深く長い確執があります。
父は、厳しく、そして心配しすぎる傾向があった。
進路も、何かと制限してきて、
彼自身も長男として、自分を律して兄弟を養ってきたところもあるため
私に長女として、どうあるべきか、家を継ぐことなどを粛々と
話すような人でした。

遠方に就職を決めた時、猛反対した父
「そんな甘い考えでは、夢なんかかなわない!」
そう父に、高校時代に罵倒された言葉が自分の心に繰り返し、
刺さっており、父を憎んでさえもいた。
私は、さも
一人で生まれ、生きているように思っていた。。


 自分の想いや目標をもって、そんな中でも行動してきましたが
面白いようにかなわない。
それも父のせいにしているような、私でした。
その頃の私は、何をやっても、失敗したように思い、
生きづらかった。


 看護師としての仕事で、たくさんの人の人生の終わりを共にし、
時にはりさけるくらいの無力感も味わい、
患者様に助けられ、周囲の皆様に助けられ、やっと
実に何周か人生のらせん階段を上って、やっと昨日、
父の背景を理解するに至ったという状況でした。


父、祖母、祖父の背景をみると、
 自分への厳しさ、
 勤勉さ、
 家族への自分を差し置いてでも与えようとするやさしさ
 を感じます。

それは時に、私にとって受け止められない重さとなり、
20代のころの私は逃げ回っていたんだと思います。

今は、その命の連鎖で引き継いだ、
この大事なところを大切に引き継ぎつつ、
自分に厳しくするけど、自分の声をよく聴いて、
時に休んで時に自分をほめて、
勤勉に働くけど、頼ってもみて
家族を思いつつ自分も同じく優先して、
明るく、私らしく、
次の世代へ引き継げるようにしていきたい。。
そう思っています。


命の連鎖って、
生きる事の連鎖なんだと思います
そして生きる事の連鎖とは
生き方、心の持ち方それに基づいた
行動の連鎖なんだと思います。
その連鎖が同じところを繰り返すのではなく
少しでも成長と前向きな変化が
あるようにと願って、今日も生きてます。
補足ですが
ご先祖様をずっとずっとさかのぼると
一世代前が2人 2世代前が4人さかのぼると10世代前が1024人。
一世代30年と計算して300年前ですでに自分のバックに
1000人の先祖様がいるわけです。

参考文献https://masaki39.com/archives/414

こうなってくると自分の家系がどうとか、他人の家系がどうとかでなく、
国として私達として、どうかということになってくるのでは。。
と思うのですね。
そうなってくると、自分の両親があ!!なんていらだつよりも、
時代の背景、国の背景、歴史背景などで、その時の生き方、
思い方はかわってくるわけで、そのときそのときいろいろあるんだと
自分も親も許せるようになっていくといいわけなのね、、
と思ったりした次第です。
そんな簡単に、いかないと思うのですが、そう思っています。


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