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元教師の仙人さん①

あるデイサービスで管理者をしていた頃の話です。
併設のケアマネさんから相談があると言う事で話を聞くと、もう何年もお風呂に入ってなくて閉じこもりのお爺さんがいて、奥さんが介護で疲弊しきっているからなんとかデイに通わせたい、との事。

これまでもいろいろ試行錯誤して家から連れ出そうとしてきたそうですが、忙しいの一点張りでどんな手を打ってもダメだったようです。

昔は教師をされていたそうですが、お風呂にも入らずの生活なので爪も髭も伸び放題で仙人みたいな人、との事でした。認知症が原因かどうかまでは不明ですが髭も爪も切ろうとすると『神様が宿っているからだめだ!』との事で強い拒否があるとの事でした。
不謹慎ですが、面白いなぁ、関わりたいなぁというのが正直な気持ちでした。

ケアマネさんには、そういうケースの方はデイに通えるとしても3ヶ月くらい先になるかもですが、そういう関係づくりから始めてもよければ頑張らせてもらいます、と回答し、了承を得ました。
普通のデイサービスなので利用して頂かない事には収益にはなりませんが、信頼関係さえ構築できれば通って頂けるだろうと見込みを立てました。
とりあえず毎日訪問をして顔を覚えてもらい、僕が安心できる人間だと認識してもらい、徐々に外に出れるようなアプローチを試していこうと思いました。
ヒントは、時々病院受診には奥さんと一緒に行ってくれるという情報です。

まずは初回の担当者会議と契約で第一印象を良いものにしないといけません。
担当ケアマネとヘルパーさんや訪問看護の看護師さんと一緒に伺いました。

ご自宅は立派な一軒家で家の中は本がいっぱいでした。
やっぱり先生してた人は沢山本を読むんだなぁと感心したのを覚えています。
奥さんに迎え入れられ、みなさんの後から様子を伺いながら入ります。

仙人さんは居間でソファに座って顎髭を撫でながらテレビを見ていました。

僕もあんな顎髭は初めて見ました、白髪で20センチくらいあるような長い髭を本当に漫画か何かに出てくる仙人さんみたいに撫でてるんです。
感動しました。

奥さんがお客様がいらしたわよ、と言って紹介してくれますがケアマネさんやヘルパーさん、看護師さんは顔馴染みのようで、またアンタたちかぁ、みたいな感じでしたが、僕を見つけると表情が変わり、久しぶりに会うような相手みたいに、おお!君か!いいねぇ。とニコニコして軽く手を挙げて挨拶してくださいました。
今から思えば男性の来客がそもそも少なかったので何か昔の記憶とリンクしたのではないかと思いますが、当時の僕もこれは昔馴染みな感じでいけば何とかなるな、と思って『先生!お久しぶりです。今日は書類の説明にうかがいました。』と挨拶して名刺を渡しました。

仙人さんは受け取った名刺を見て『ほうほう〇〇君か、そうだ〇〇君だ。いい名前だ!いいねぇ。』と言ってニコニコしながら髭を触りながら名刺を見ていました。
昔の生徒に同姓同名の方が居たかは不明ですが、なんとか上手くいきました(笑)
名刺を持つ爪も髭を撫でる爪も10〜15センチくらいは伸びてたと思います。

その後契約も順調にいき、帰ろうとしたところ仙人さんんが玄関まで見送りにきてくれました。
『先生、またきますね』と言うと『そうか、これから行くのかい?』と返されたので、(なんか変な受け答えだなぁ、帰るのかい?じゃないのか・・・と思ってとにかく楽しそうな印象だけ残せるようにしようと思い)『そうなんですよ、これから行くんですよ〜』と楽しげに返事をすると、『よし、行こう!』と言って靴を履き始めるじゃないですか。

ケアマネさん初め一同びっくりしましたが、こんな機会を逃してはならぬと思い、すぐにアイコンタクトでこのままデイに連れて行ってみます、と伝えてデイの送迎車に乗ってもらって一緒にデイサービスに行ってみました。

デイに着いても病院と勘違いされたようで特に違和感なく入ってもらえました。
びっくりしたのはデイの職員と利用者様です。

職員は仙人みたいな新規の人の相談を受けていて、しばらくは管理者が訪問してなじみの関係を作ってから連れてくるのでしばらくは来ないだろう、という情報は伝えていたのでまさかいきなり来るとは思ってなかったので、管理者が変なおじいさんを連れてきた!みたいな感じでびっくりしたみたいです。

利用者様はそもそも何にも知りませんので、見るからに仙人みたいな風体の人がニコニコしなから『ヨッ!いいねぇ』と言いながら手を振りながら管理者と一緒に入ってくるものですから一時騒然としました(笑)

幸か不幸かその時間帯はカラオケの時間帯だったので何の歌かは思い出せませんが利用者様が歌っていて大きな音楽が流れていて、それに気がついた仙人さんがなんと両手で指揮をしながら楽しそうにホールを歩きます。いいねぇ!とかヨッ!とか合いの手を入れながら(笑)

流石に利用者様も突然の珍客に戸惑ってましたが、隣に管理者もいて『大丈夫ですよ〜』という声かけもしていたので平常にもどりましたが、一体何が大丈夫だったのか自分でも謎です(笑)

『先生、僕はここで仕事してますので時々教えに来てくれませんか?』と案内しながら説明すると、いいねいいね、とニコニコして返事をしてくれました。

その後、ご自宅まで送ってとりあえずこう言う感じなら早いうちに習慣化できるかもしれないので、毎日迎えに行ってみる事にして連れ出せるようなら連れてくる事にしました。

その後は、多少の拒否があったり連れ出せない日もありましたが半年もすると定期的に通っていただけるようになりました。

明日の記事では、苦労した入浴と排泄のエピソードを紹介したいと思います。
髭も爪も苦労してカットした話もあります(笑)
個人的には髭は伸ばしててもよかったと思うんですが、女性が多い職場なので長い髭は汚い、不衛生ということであえなくカットされていく方向になってしまいました。その辺の話も次回で。

認知症の方が見ている(生きている)現実に自分を合わせられた事でうまくいった事例だと思います。
相手に興味を持つことと、相手にとっての真実に自分を寄せる事が出来た察する力が鍛えられてきたきた結果だと思います。
また、無理に連れ出すのではなくサインを見つける、相手の動きに合わせて流れを作る事がうまくできたケースだと思います。

特に認知症ケアは受け手であった方が結果としてうまく行くと思っています。
介護職主体・中心のケアや誘導では必ず無理な矛盾が生まれて強制的になってしまいますので、認知症の方にとっては不快でしかなくなります。
認知症の方のアクションを上手く利用する事が認知症ケアのポイントだと思うし、そこが一番の醍醐味で専門職としての力の見せ所だと思っています。

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