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ホワイトクリスマス

日本全国、雪が降った12月25日を「ホワイトクリスマス」などどという美称で楽しめると思ってもらわれては困るのである。俺の住んでいる北国は、連日の寒波、寒波、またもや寒波の襲来で、視界が完全に白く閉ざされている。猛吹雪で傘も差せず、寒さのあまり意識が遠のき、路面の凍結で歩くのもままならない12月25日を「ホワイトクリスマス」だと喜べる奴がいたら俺の前に来てほしい。

「順也、ホワイトクリスマスよ!!」

……いた。

猛吹雪だろうとなんだろうと、この凄まじい天気を喜べる奴が。

「元気だなあ、由依」

由依はツルツルの雪道を面白半分にすべっている。ちなみに俺の地元では、凍った雪道のことを「きんかんなまなま」という、謎の呪文か妖怪みたいな方言で呼んだりもする。

「だって理想の空模様よ。そう思わない?」
「思わん。すでに手足の感覚は失われた」
「防寒対策を怠っているからよ。手袋にマフラー、ニット帽の三種の神器は必須アイテムね。トップスはインナーを上手く使えば着ぶくれしないし、裏起毛タイツに足裏のカイロを貼れば、だいたいの寒さには耐えられるわ」
「男ってのは、防寒とファッションを兼ねられる女子とは違うんだよ」
「あんたの場合、洋服のことに興味ないだけでしょ」

今夜は五年ぶりの再会なんだぞ、一応は。もっと優しい言葉をくれたって罰は当たらないだろう。

口笛を吹きながら前を歩く彼女は、高校の頃からまったく変わっていない。持論を決して曲げないところも、周りにおかまいなく歌ったり踊ったりするところも、クリスマスが大嫌いなところも。

「こんだけ猛吹雪なら、リア充たちが街から消えてくれるわね!」

……やはり変わっていない。
クリスマス根絶派の由依らしいコメントだ。高校一年のときなど「聖なる夜を鮮血で染めてやるわ!」と教室中に言いふらしていたのがもはや懐かしいとさえ思えてくる。

いやいや、問題はそこではない。この十年来、少なからず由依に好意を寄せてきた俺にしてみれば、いまの彼女の発言は爆弾である。由依は俺と二人でクリスマスを過ごしているこの時間を「リア充」と認識していないということではないか。どうする、どうする高木順也。ここは正念場だぞ――!

「順也、何ひとりでブツブツ言ってんの」

怪訝な表情を見せる由依を適当にごまかして、俺は近所のハンバーガーショップに誘うことにした。小一時間も吹雪にさらされて雪だるま状態になっている俺たちを、店員はやや引き攣った笑顔で迎えてくれた。

サンキュー、暖房の効いた店内。文明の利器に感謝だ。

「タマゴバーガーとLサイズのポテトください」

たいてい由依は同じものを注文する。俺も腹の空き具合とフトコロ事情を天秤にかけた結果、五百円で収まるようハンバーガーを二個注文した。

「呆れるほどふつうね。あんたの器の小ささが目に見えるわ」

ハンバーガーの注文くらいで器を測られても困るのだが。
ともあれ、落ち着いてソファに腰を下ろした俺は、ようやく由依と差し向いで話せるチャンスを得た。こいつが俺を意識してないのは百も承知なのだが、気にしないでおこう。

「イライラするわね……」

眉間に皺を寄せて不機嫌になる由依。店内は温かいためか、カップルや親子連れが訪れている。いわゆる「ボッチ」の客はいないようだ。いちいち周りに神経を逆立ててしまうのが、昔から彼女の弱点だった。

「まあいいわ。私も大人になったことだし」

一人で納得して、黙々と食べ始める。俺も二、三の言葉を交わしながら食べる作業に集中する。ハムスターのように頬っぺたを膨らませて食べる彼女に若干ときめいたりしつつ、平然を装って無事に食べ終えた。

……だいぶ、食が細くなったな。

予想はしていたが、やはり俺の勘に間違いなかった。由依はハンバーガーこそ平らげたものの、かなり無理して食べている。それが証拠にポテトはほとんど減ってない。昔は痩せの大食いとして有名で、友人からは「由依ちゃんサイズ」と称して巨大なチョコケーキやカップ麺などを誕生日に貰っていたものである。

「ポテト、俺も食べていいか」
「卑しい奴。好きにして」

そっぽを向いてポテトを差し出す彼女から、わざと俺は五本まとめてポテトを抜き取った。彼女はそれを怒ったりしなかった。

「出よう。外の空気が吸いたい」

俺が全部のポテトを食べ終わると、すぐに二人で店を出た。雪の勢いは弱まって、きれいな結晶の塊がちらちら舞う程度になっていた。

「雪は天から送られた手紙、とか言ったっけ。いまの天気、ぴったりだと思わないか」

「あっそ。ロマンチストじゃないし分かんないわ」

夜空を見上げる彼女の瞳が、濡れて光っているように感じた。

「順也。サンタって本当にいると思う?」

相変わらず唐突すぎる質問である。

「私はいると思ってる。そして、すっごく可哀そうな存在だとも思ってる」

「どうしてだよ」

由依はブーツの爪先で雪の表面を擦りながら言った。

「だって、本来サンタは誰かを喜ばせようとして、密かにプレゼントを配ってたんでしょ。なのに今では世界中にその存在が知れ渡って、秘密でもなんでもなくなったじゃない。絵本とか、アニメとか、着ぐるみとか、サンタの偽物ばかりが人気になって、きっと大昔のサンタは泣いてるに違いないと思うのよ」

やはり、彼女の持論は独特である。説得力があるような無いような、浮世離れしたロジックは果たして彼女の脳みそのどこから出てくるのか。彼女の生態を解明することこそ、俺に課せられた最大の使命であるといって過言ではない。

「秘密だったものが、秘密でなくなったのが、可哀そうってことか」

彼女は応えようとしなかった。俺に背中を向けて、不自然なまでの速さで前を歩いているばかりだ。

「立花ユイカは、まだ死んでないと思うぞ」

彼女の足が止まった。ポケットに手を突っ込んだまま、街のイルミネーションを睨んでいる。

「高校卒業してからずっと、覆面でマンガ家をやってこれたんだろ。それだけで充分、すごいことだと思うぜ」

由依は栓が抜けたようにパッと飛んで中央公園に足を踏み入れた。他人が入った形跡のない美しい雪の平面を、彼女と俺の足跡が壊していく。

彼女は落ちていた木の棒きれを取って、ひたすらに線を描き始めた。やがてそれは大きなサンタの絵となって、中央公園の真ん中に立ち現れた。

「ははは、さすが」
「あったり前じゃん。一応プロだよ、私」

その後は、俺たちは嫌なことを全部忘れた。
ストーカーに由依の本名をSNSでばらされたことも、事務所から戦力外通告を受けたことも、みんな忘れて遊び尽くした。

「このでっかいサンタ、由依ちゃんサイズだな」
「ちゃん付けすんな、ばか」

また雪が本降りになってきた。気圧がぐっと下がって、人通りも少なくなっている。それでも、俺たちは手描きサンタのうえで歌って踊って、はしゃぎまわった。

「俺も、サンタは本当にいると思う」
「へえ、なんでそう思うの」
「根拠は教えない」
「何それ、失格!」

俺に雪玉を投げつける由依。俺も負けじと応酬する。

――いま、この場所で、サンタは存在している。
――由依と俺との間で、きっとたしかに笑っている。

珍しくロマンチックな気分を雪玉にこめて、俺は由依に向かってもう一発、雪玉を思い切り投げ飛ばした。

(完)




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