"障害者"と言う言葉がいつか死後へ
ALS患者の安楽死問題について世間が意見を出し合ってますね。
私が思うことは、生きようと思ってる人は周りにサポートしてくれる人や理解している人がいっぱいいるから生きていようと思う人がいるのかなと思います。
死を望む人は周りに素敵な人がいなかったり、それか周りにいても気づけていないのかもしれない。あるいは大切な人だからこそなのかもしれない。憶測ですけどね。
病気とか関係なく、素敵な人に出会うことや、毎日の日々に感謝しないとですね。
私は死は最悪なものだとは思ってはいないです。
自殺することはもちろん悲しいことですが、まずは気づかず助けられずごめんなさい、と思います。そして頑張ったね、お疲れ様と言って死を選んだことを尊重してあげたいです。そうしないと死んだ意味がなくなる気がするから…
さて少し脱線しましたね。本題に入りたいと思います。
とあるニュース記事で当事者の方が自分のことを障害者と言っていて。それがすごい違和感というか、何か突っかかりを感じました。
そもそも障害者ってどういう枠組みのことをいうのだろうと思い、調べてみました。
広辞苑とか辞書を持ってなかったのでネットからになってしまいますが、
障害 : ものごとの達成や進行の妨げとなること、また妨げとなるもののこと
と言うみたいです。
そして障害者について、厚生労働省の障害者の範囲というページ見つけ、読んでみました。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1031-10e_0001.pdf
これを読んで私が感じたのは、社会からその人の生活を守るための制度を利用できる人のことを意味するのかなと思いました。
自力で生活ができないから手帳などをもらってサポートしてもらうのはとても大切だと思います。
そしてもし上の定義を踏まえると、自分を障害者と自分でいうのは、やはり何か違和感を感じてしまいます。
かと言って、府に落ちる言い方などないのかなと思います。
そんなことを思うことじたいが健常者の上からみた発言なのかもしれませんね。
そして自分もトランスジェンダーの性同一性障害という診断名は受けています。またちょっと違った立場の世間とは違った個性を持ってる人なのかもしれません。
それでも私自身は普通だと思ってますし、男でも女でもなく"私"だと思ってます。なので障害者の方も、自分は自分って思ったらいいのになと思いますし、生きている人全てに言えることだと思います。
LGBTもそうですが、障害者という言葉も近い未来、死語になればいいのになと願いってます。
きっとなるよね‼︎‼︎
性同一性障害で苦しんでいる方、周りにいる方、そんな人たちに少しでも届いたらと思っています いつも読んでいただいてありがとうございます。