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ウハノソラ

「ワレワレハウチュウジンダ。」
扇風機に向かって呟く。
「ワレワレハウチュウジンダ!」
さっきより強く。
「ワレワレハウチュウジンダ!!」
より大きな声で叫んでみた。
「うるさいなもう!」母が怒鳴る。
「ほんまに宇宙人やったらお母さん逃げるくせに。」
僕は変な捨て台詞を吐き、二階の自分の部屋へ避難した。

夏休みが始まって10日ほど経った。
ある程度楽しいことをやり尽くして、退屈に時間だけが流れていく中盤、午後13時ごろに母が台所に立ち昼食を作っていた。
小学校最後の夏休みだというのに、もうすでにやりたいことをやり尽くしてしまったことに、少し落ち込みながら、昼食が出るのを待っていた。
今日はじゃこしそチャーハン。母の休みの日の昼食は決まってチャーハンだ。
しその爽やかな香りと、ごま油の香ばしい香りが僕の部屋までやってきて食欲をそそる。
「伊織〜もうすぐ出来上がるよ〜。」
母の声がしたのでリビングに降りると、お昼のニュース番組がやっていた。

大盛況の海水浴場でリポーターがインタビューをしている姿が映され、元気な小学生たちが調子に乗ってカメラに向かってはしゃいでいた。その画面の中心で一際大人ぶった表情をしながら女の子が、インタビューに応える。
「最後の夏休みなので、大切な思い出に残したいです。」
みっちゃんだ。
学校ではあまり目立たなくて、授業中に発言などもってのほか、静かにノートを取ってるタイプの女の子が、カメラの前で凛々しく淡々とインタビューに応えていた。
「母さん!みっちゃん!テレビに出てるよ!」と、テレビを見ながら母に伝える。
「えー?そうなの?みっちゃんて?」
「ほら、クラスで一緒の!早く!」
「美久ちゃん?西口さんとこの?」
「そう!早く!」
やっと手を止めて、母が台所から顔を覗かせたが、もうすでにみっちゃんのインタビューは終わっていた。
母はこういう時いつも遅い。
「あー、終わっちゃった?」
「遅いよ!すぐ見ないと。」呆れた声で母に言葉を投げつけたが、そんなに気にしてない様子。
僕からしたら大ニュースなのに。
きっとクラスのみんながこれを大ニュースとして扱うはずだから、夏休みが明けたら1番最初に僕が言ってやるんだと思い、連絡帳にメモしておいた。

夏休みが明けて授業が始まる。
僕はみっちゃんのインタビュー事件を引っ提げて、
夏休み明け初日から、元気に学校へやってきた。教室は夏休み明けということもあり、なんとも言えない気だるい空気に包まれ、先生までもが眠たそうに授業をしていた。
休み時間になっても、雰囲気は変わらず、
「5年生の時はもっと元気だったのに。」などと言い出すクラスメイトも現れ、「何を大人ぶってんだか」と感じた。
僕は、みっちゃんのインタビュー事件をいつ言い出そうかと準備をしていたが、一向にその雰囲気に映らない教室に、少し違和感を抱いていた。
あまり触れてはならない話題なのか、僕がトイレに行ってる間にもう、その話題は通り過ぎてしまったのか。
そんな不安をよそに、給食の時間が始まった。
ラッキーなことに給食の時間みっちゃんとは同じ班だから、話すチャンスがいくらでもあった。
彼女が自分から言い出すのか、それとも僕が切り出すか、他のクラスメイトが切り出すか、そんな駆け引きをしながら、彼女の様子を窺っていた。
結局、そのまま給食の時間を終えて、掃除の時間となった。

掃除の時間も、早く話をしないとと思い、チリトリで彼女を追いかけていた。
しかし、誰も切り出さず、授業が始まってしまった。
夏休み明けということもあり、6時間目は自習になって、ほぼおしゃべりタイムとかした教室で、先生も本を読んでいた。
僕はみっちゃんに話を切り出そうと、またまた様子を窺っていると、
後ろの方から女の子の話す声がした。
「伊織くんって、いつからみっちゃんのこと好きなの?」
僕は恥ずかしくなった。
僕はただ、みっちゃんがテレビに出ていたことをみんなと話したかっただけなのに。
周りから見ると、夏休み明けに垢抜けた、みっちゃんに恋焦がれる12歳男性だったのだ。
「僕としたことが」それ以降彼女から目を逸らすが、
そんな時に限ってあの大人な表情で凛々しく淡々と話す彼女が脳内でリピートされる。
「なんだこの感じ。」頭の中で呟き、もうこの日1日は何も考えないで涼しい顔をしてそっぽを向いて過ごした。
帰りの会で先生が話してる時も上の空だった為か、
先生に出席簿で頭を叩かれた。
「お前は宇宙人と交信でもしてるのか?」
クラスメイトが笑っている。
そうだみんな僕を笑いものにしてればいい。
もうどうでもよかった。

家に帰ると、母が夕飯の支度をしていた。
学校での災難を母に話そうかとも思ったが、みっちゃんの母を通じてみっちゃんにまで届くことを考えると、恐ろしくて話せなかった。
こんな時は何も考えないで涼しい顔でもしていよう。
「ワレワレハウチュウジンダ。」
「ワレワレハウチュウジンダ!」
「ワレワレハウチュウジンダ!!」
宇宙人と交信でもしてやろうか。

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