桜の木の下の百合
昔、かの梶井基次郎は桜の木の下に死体が埋まっていると言った。
曰く、桜があんなにも美しいのは、地中にある死体から栄養を吸い取ってピンクの花弁を作り出しているのだと。
どこか薄気味悪いそれは、確かに私の心に残り続けていた。
泣きじゃくる彼女を横目に、いつか読んだ本のことを思い出した。まだ着込まないと耐えられないような寒空の夜に、2人の女が穴を掘っていた。
「巻き込んじゃって、本当にごめん……でも、頼れるのがあなたしかいなくて……」
枯れた声でそう言いながら、桜の木の根元にスコップで穴を掘っている。穴の横には、知らない男の無様な死体が転がっていた。
いや、本当は知っている。彼女の恋人だったものだ。私はずっと、この男の存在をいなかったことにして自分を誤魔化してきたのだ。
恋人を殺した。些細な喧嘩から掴み合いになり、打ちどころが悪かったらしい。パニックになって真っ先に助けを求めたのが私というのは、えも言われぬ優越感すら感じてしまう。
「大丈夫だから。これから、どこか遠い場所に逃げよう。誰も知らない、そんな場所に」
死体を埋めた。まぁ、いずれ見つかるだろう。
これから春になるにつれて、桜の木は花開くために着々と栄養を蓄える。
「これで共犯だね?」
責めるように呟く。けれど彼女は凛々しい顔で
「……うん。でも、だから、ずっと一緒にいてね?」
桜の木の下には死体が埋まっている。
しかし今宵、この死体が咲かせたのは、
百合の花だ。
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