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短編小説|本の墓場と螺旋スイレン #2

2.二度目の捜査協力

厚生労働省が奨励する食品衛生月間まであと1週間と迫った火曜日、チーフの山根さんに企画書を見てもらった。

「うん、いいんじゃないかな!企画の目的が『食品衛生はなぜ必要?』という問いへの答えになっているし、展示する図書の選定も衛生面や実生活に役立つものだし」

多分最大限の賛辞の言葉をいただけている。これは成功間違いなしと自信を与えてくれる山根チーフは、一般的な会社においても良い上司だろうなと容易に想像できる。

「ありがとうございます。装飾は先日の打ち合わせ通り準備を進めていますので、選定図書の確保をしていきますね」
「うん、そうして。古文さんは細かい内容は気にしないから、この企画書は通るわ」

山根さんのサムズアップに後押され、食品衛生に関わる図書を回収しに回った。図書の回収といっても大半はスタッフ作業室にて確保されている。今から向かうのは、一部の児童書コーナーと「あの閉架」だけだ。

「(え・・と、『430.4のト』は・・)」

分類番号を頼りに探すが、返却作業を何度も経験しているので特に迷いもなく本棚の回廊を左に曲がる。
と、予期せぬ人影に体がビクつく。相手も私の急な挙動に驚いたらしく、ドサッと手荷物を床に落とす。

「うわっ!」
「あ、すいません。驚かせてしまって・・!」
「はぁ・・ちょっと、職員なのあんた?ゆっくり本くらい読ませてよ」
「も、申し訳ありません」

40歳くらいの少し疲れた感じの主婦のように見えた。白髪が混じり、靴もサンダルっぽいもので、あまり見た目は気にされないタイプに見えた。

「まぁいいわ、ちょうど読んだところだから。返す棚忘れたから、あなた元に戻してくれる?」
「はい、私の方で戻しておきますね」

そう言って手渡された本がちょうど私の探していた本だった事に驚き、アッと思っていた時には先ほどの女性はすでに姿が見えなくなっていた。表紙にほんの少しだけ温もりを感じたまま、私も本をパラパラっと眺める。

「(ちゃんと、細菌とウイルスの違いについて書かれているから、これでいいね)」

その足で、「あの閉架」に向かう。
閉架は地下にあるとはいえ、そのフロアの東側半分は半地下になっていて日中は明るい。南面はガラス張りで、屋外には英国風の庭園ようなオブジェがある。朽ちているがしっかり手入れすればとても見栄えが良いと思ってる。
ただ、見栄えが良いのも午前中だけであり、午後3時以降になると日当たりの都合上薄暗くなり、逆に不気味な空間に成り下がる。
だから閉架に行くときは正午過ぎまでにしている。

閉架はその明るいフロアの西側にあたる。職員証で解除するインターロックの扉が備え付けられた厳重な管理の施された空間に、20機ほどの電動稼働棚が並んでいる。それを操作する時には無機質なモーター音だけ鳴り響く。さっきのフロアといい、できるだけ一人ではいたくない場所。
そうこう怯えているのもほんの一時で、目的の図書はすぐ手に入った。

「(Modern Alkaloids 日本語版・・・でよし!)」

単なる本の倉庫だけど、どこか物哀しい雰囲気に包まれるこの空間は、本が丁寧に埋葬されている墓所のような気がしてならない。そんな詩人になった気で、そそくさと地下から脱出するための階段を駆け上がった。

「・・・それでは中京スタジオに変わって午後のニュースです。先週3つの小学校で発生した食中毒について、つい先程県警が会見を行いました。その会見によりますと、症状のあった267人の児童のうち複数名から、ごく微量の猛毒のテトロドトキシンを検出したと発表がありました。そのため、事件性を視野に入れ捜査を拡大するとのことです」

事務室では32インチのテレビが備えてあるが、昼休憩の時間だけ館長の古文さんの気分で点けたりしている。

「いやぁ、まいったねぇ。また物騒な事件じゃなぁ」

誰に向かって喋っているかわからないので、事務員はスルーを決め込んでいる。

「食中毒じゃなくて、毒を盛ったっていうのなら、給食センターの人たちに犯人がいるってことじゃのう。うーむ・・・」

前回の事件の時もそうだったけど、どうやら古文さんは事件を解決するのがお好きなようだ。年代的に、そういった刑事モノのドラマを見ているはずだからわからないでもない。だけど令和の現代においては、そんなのは警察にお任せしていればよい。

「給食センターの人たちって食品衛生法上、身なりや入退室時の検査を徹底されているから、それは考えられないのでは?」

チーフの山根さんが参戦する。そう、山根さんも生粋の読書好きなので、知識は豊富。

「しかしじゃな、給食センターに外部の人間が入り込む方が難しいじゃろ。内部の人間の犯行に決まっておる!」
「そういう思い込みを犯人は巧みに利用します。3つの小学校ということは、大鍋のある調理工程ではなく配送工程での混入も疑われます」
「いやいや山根くん、犯人の動機を考えてみなされ。そんな外部から愉快犯が現れる可能性より、子どもたちへの明確な殺意をもった犯行のほうが可能性は高いじゃろ」

何をそんなにムキになっているのやら、と内心呆れてしまう。私には関係無いことだし、という気持ちに整理をしたところで、お昼のお弁当を食べに図書館の外ベンチへ向かおうとする。

「ん?ちょうどよいところに!依田くん!キミはどう思うかね?」

お昼ごはんをたべさせて〜・・。

午後6時。来週に迫った「食品衛生月間」の企画の準備のため、図書館1階のエントランス付近にある一角を簡易的なコーンで囲う。展示スペースの確保のためだ。展示には、腰の高さくらいの本棚3つと、食品衛生に関する説明が書かれたボード3枚、そして市役所教育部から拝借した保健所のお仕事紹介DVDを流すためのモニター類一式を準備した。
図書館職員はほとんどが女性なので、モノの移動に少し手こずる。そのため、図書館内に併設されている青少年育成センターの男性陣の人手を借りることが多い。
今回も、センター長の加納さんと若手の大山さんに手伝ってもらった。

「よし!こんなところでいいっすかね、依田さん」
「・・・はい!いつもありがとうございます」
「いえいえ。そういや、依田さんもココに来てそろそろ1年経つかな?」
「そうですね〜だいたい」
「依田さんの評判はウチの青少年センターでも話題になってるよ」
「はい?そうなんですか・・?」
「そこにいる大山も、めっちゃ褒めてたんだよ」
「ちょ、なにいってんすかセンター長!」

おおよそここからの話の展開は想像がついたので、深入りせずにやり過ごすのが得だろうと判断した。

「あの、私はここから展示の準備があるので、もう大丈夫ですよ」
「あ、そうか!んじゃ、僕らは失礼するね、がんばってな!」

そういうと男性陣二人はノシノシとフロアの奥の方へ退散していった。この場の雰囲気をやり過ごすような嘘ではなく、本当にイベントの準備の為であるので、許してね。
そこから、よしっと腕まくりをして、モニターやボードの展示位置を決める。細かい事にもこだわりたい私の性格上、こういった作業は一人で没頭したい。
ふと、一枚のボードにかかれたテトロドトキシンという単語に目についた。

「・・・学校給食にテトロドトキシンなんて、普通では考えられないことするなぁ」

テトロドキシンはフグの毒で有名だけど、ヒョウモンダコやアカハライモリなどにも含まれている。法律で規制されているので市場で入手するのは難しいものの、自前でフグを釣ってくれば一応入手可能。
しかし、調理方法を知らないと自身に危険が及ぶ。ある程度知識のある人物が犯人だと想像がつくけども・・・。

「っと、いけない。そんなことより準備を」

そこから作業に熱中していて、少しだけ腰の痛みを感じた頃に私のスマホが震えだした。
倉井美歩さん、前回の事件で知り合った女子力の高い巡査からのお呼び出しだった。

午後8時。晩ごはんはコンビニのおにぎりで済ますことを母に連絡し、警察署に向かうことにした。
悪い事をしていないのに、相変わらず行くのに抵抗を感じる場所。すでに真っ暗な夜道だけど、警察署の周辺なら不審者もいないってことで心理的安全性は高いのが唯一の救いかも。
夜も遅いので一般受付は閉鎖している。そのため、北側の時間外受付口から建物内の一室を案内される。以前来たことのある清潔感のある小さめな会議室だ。

「こんな時間で申し訳ありません」

相変わらず礼儀正しい言葉使いとキレイなお辞儀の角度に、それだけで許せてしまう雰囲気がある。

「いえいえ、お昼のニュースを見ていたので、実は連絡くるかもって構えてました」
「一般の方に捜査協力をお願いすることは基本しないのですが、前回の件で私の上司にあたる課長が依田さんに信頼を置いていて」
「そうなんですか・・私はただの図書館のパート従業員ですけど」

やや卑屈に構えたところで、美歩さんの顔色はキリッとしたので、こういうのは通じないのだと理解した。

「報道で知っているかと思いますが、すでに捜査は進んでまして。給食センターの作業者11名の事情聴取は順次進んでいるところです」
「そうなんですね」
「市内のフグ料理店については捜査がほぼ終わっていて、盗まれた形跡など無いことを確認できています」
「ということは?」
「給食センター内に外部から犯人が侵入した可能性も視野にしていますが、依田さんに協力してほしいことは・・」
「図書の貸出記録ですよね」
「そう、です!さすが、お話が早くて助かります」
「テトロドトキシンに関する図書ですよね?」
「そうなんですが、念の為フグの調理に関する図書なども並行して調べていただけると」
「結構限定的な内容なので、すぐに調べられると思います」

今回の捜査協力は簡単な気がした。すでに食品衛生のイベントの準備で検索した図書と今回の依頼内容が合致しているから。そして、多分貸出者はいない。そこまで予想されていたので、にこやかに美歩さんとお別れをして、疲れた頭と体を癒やすために帰路についた。

午後9時半過ぎ。遅いのでそろりと玄関に侵入すると、母がリビングのほう歩きながら声をかけてくれた。

「おかえり、未波」
「ただいま、お母さん」

ささっと靴を脱ぎ、手を洗い、涼し気なリビングに向かう。そこには足の不自由な父も待っていた。

「遅かったじゃないか」
「うん、色々と話してたから」
「また警察の捜査に協力するのか」
「私を信頼してくれてる人が、警察にいるっぽいから」

何やら面白くなさそうな顔をする父を、母が横から解説する。

「未波がね、捜査に協力する過程で事件に巻き込まれないか心配なのよ」
「ふふ、そんなことはないよ。警察の人と行動してるんだから」
「そういう油断しているような感じだから、心配なのよ」

母もいつになく真剣な顔つきだった。両親ふたりともが敵意を向けるので、少しばかり語気が強まる。

「もしかして、協力するの辞めろって言いたいの?」
「自分から進んでやるのは、もう辞めたらどうだ」
「なんで?私だって役に立ってるんだよ?」
「そういう積極性は、そんなところで使うべきではないと言いたいんだ」

父の顔色が徐々に険しくなっている。でも、捜査の協力は私の自尊心を高める絶好の機会になっている。父と母がいう「心配だから」という理由だけでこの機会を放棄することには納得がいかない。

「意味分かんない。私ができることを精一杯やってるのに、なんでそれを止められるのか、意味がわかんない!」

重要なので2回言った。
そのまま、ドスドスと自分の部屋へ行くための階段を登っていった。コンビニのおにぎりだけは足りずにお腹が空いていたけど、そのまま我慢して寝た。

翌朝、気まずい雰囲気が嫌なのでそそくさと職場に向かう。
そしてその勢いのまま美歩さんからの依頼事項を片付けるべく、貸出記録を検索した。
・・が、意外な事実がそこには待っていた。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

本作は「本の墓場と天才の閃き」の続編にあたります。
前作はこちらから読むことが出来ます。

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