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こわした砂時計。

先生の、トレードマークの砂時計。
帰りの会でも、給食の時間でも、みんなが前を向くまで使ってた。
音が出るわけじゃないけど、声が出るわけじゃないけど、みんなが砂時計に従った。

そんなトレードマークだから、みんなが触りたがる。
でも、先生はそれを許さなかった。
先生しか触れない、神秘的な砂時計だった。

だけど、ボクがちょっと触っただけで、砂時計は壊れてしまった。

砂は床にサラサラと風に乗って、散ってしまった。
くびれたガラスが収められた底板が簡単に抜けてしまったのだ。

その瞬間を誰もみていなかった。
だけど、ボクがとっさに出した「あ」の一文字で、みんなが振り向いた。
からっぽになったくびれたガラスが、ボクの手の中に残ったままで。

掃除の時間だから、先生の机を動かそうとした。
そして、上にある荷物をどけようと思ったから。

ボクは何度も説明した。
だけど、みんなから犯人だと言われた。

「あーあ」という落胆の声が、ボクの耳の奥から心臓へズンと響く。
砂時計の抜け殻を手にしたまま、壊したことを否定し続けた。
それは、罪を認めない、悪人のようだった。

硬直した体の後ろからいつもの先生の声がした。
みんなは先生に群がり、おそらく指を指している。

「先生の砂時計が壊れたんです」
「あいつがやったんだ」
「壊してないって、嘘ついて謝らないんです」

みんなが口々に、ボクがクラスで最底辺になったことを証明してくれた。
さっきから体は硬直し、視線は使い慣れた上履きを見つめたまま、ボクは惨めな姿を晒し続けた。

「わかったから、さっさと掃除を終わらせなさい」

先生の一言に、教室の時間は再び動き出した。
ボク一人を残して。

「壊れた砂時計、危ないから先生に渡しなさい」

握った抜け殻を手渡すと、そのまま先生がボクを誘導する。
無言で着いていった職員室でも、先生たちからの視線を浴びた。

「君が壊したのかい?」

みんなと同じことを聞かれたボクは、真実を言えなくなっていた。
だから、ごめんなさいしか言えなかった。
それでも先生は本当か?と繰り返した。
その顔は真剣だったから、ボクはより一層アゴを引く。

「わかった・・・言えないならもういい」

怒ったような顔つきで、ボクを教室へ戻るように促した。

当然のように、教室で出迎えたのは「最下位」扱いする視線。
ストンと自分の席に座っても、誰も近寄ってこない。
みんなが大好きな砂時計。
先生のトレードマークの砂時計。
それを一人の人間が壊してしまったのだから、当然だよね。

まもなく先生がやってきた。
険しい顔は、さっきと変わらない。

「みんな、席について。大事な話をする」

静まり返る教室が、さらに背筋を立てさせる。

「砂時計を壊したことをみんなが責めたから、一人が傷ついてしまった」

ボクがハッとした時には、次の言葉が始まっていた。

「砂時計なんか壊れてもいい。でも、人の心まで壊してはダメだ」


そのまま怒りと悲しみが混じった先生の顔を、17年経った今でも忘れない。


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