海辺の坂道

(即興小説トレーニングに以前投稿したものに加筆・修正をしたものです。
お題:限りなく透明に近い潮風
制限時間:15分
原文リンク
即興小説トレーニング)



自転車で坂を下る。通学路の中でここで一番スピードが出るから、一番寒い。

坂の下には冬の海が広がり、岸壁に波が打ちつけている。
冬も夏も潮の匂いは同じだ。慣れたにおいに周期も何も感じない。

このあいだの夏、あの子は私の前から姿を消した。あまりに突然で、悲しむこともできなかった。前日だって元気で、岸壁に腰掛けて初々しく手を握り合ったから、実感なんて湧かなかった。

知らせを聞いた日の夕方、汗だくで自転車を押して坂を上りながら、ただ夏の湿っぽい潮風を浴びたことを覚えている。半袖から伸びる腕に西日が照りつけて、とてもあつかった。

あの子がいなくなってから4ヶ月が経った。季節が巡ったところで、2人で眺めたこの海はずっと同じだ。ただ、寒くなった。日差しの代わりに、寒さが体を鋭く刺す。

湿り気の抜けた潮風は、あの子を忘れてしまったようだった。夏のじめじめは、あの子の記憶そのものだったから。

ぜんぶを忘れて透き通ってしまった風に頬を赤らめて、進む季節を下っていく。





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