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日本人はコミニュケーションが下手?

 日本人は世界的に見てコミニュケーション能力に劣ると言われる。出る杭は打たれる文化を背景にしてあまり主張し過ぎない奥ゆかしさがそうさせるのだと思っていた。しかしどうやらそうでもないらしい。

 今の日本に生きていると、私たちの社会がかなりのレベルで同質であることを忘れてしまう。同じ様な顔をして同じ言語を使い、同じ日本のメディアを見ている。日本で教育を受けたのであれば生まれ育った背景もほぼ同じだ。
 同質の世界では説明不要な暗黙の了解が多くなる。同じ日本人なら分かるだろ、と。そのうちに、敢えて説明することは面倒くさいことになり常識という言葉に押し込めるか、違いを見えなかったことにしてやり過ごすようになる。

 つまり私たちは、知らない人や背景の違う人に説明する機会が圧倒的に少ない。日常レベルでは殆どそんな機会は無い。説明する経験もなく訓練も受けていないから、説明ではなく「ね、分かってよ」「分かるでしょ」というスタンスになる。この態度は一歩引いてみれば子供そのものだ。
 だから外国人からすると日本人は異常に子供っぽく見える。どんな育ち方をすればこんな子供大人が出来るのか理解出来ないはずだ。

 古くからの日本の伝統や仕来りや文化だと私たちが思っていることの多くは、さして長い歴史もなくわりと最近のことであることが多い。人が亡くなったら坊さんを呼んで葬式をするのが始まったのは江戸時代だ。義務教育で多くの人が小学校に通うようになったのは明治の終わり頃だし、人が都会で勤勉に働く様になったのは戦後のことだ。インターネットが広く普及したのは2000年頃だしスマホの普及が始まったのは2010年頃だ。
 そして日本人の子供化が進んだのは、私の感触ではここ二十年位の間だ。

 日本に住んでいる限り、日本人同士が通じれば良いじゃないかという意見もあるだろう。しかし私たち同士が通じていると思っていたのが幻想だったとしたらどうだろうか。同質性を強いる社会が故に同じ様な考えを持っているはずと思い込んでいるだけだとしたら。
 現在の私たちは価値観が多様化していて昔ほどの同質性はなくなっている。だからバックグラウンドが違うと会話が成り立たないレベルだ。最初から意思疎通を諦めている感がある。

 単にコミニュケーションが苦手というだけでなく、コミニュケーションの意思がないのだとしたら、この社会の問題の根は深そうだ。

おわり


 

 

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