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『二人の記憶』第70回 臨場感

 海の近くの公園に行った帰り道、親子三人で手を繋いで商店街を歩いていた。居並ぶ店舗の多くは看板を掲げていて一応営業している様子だが、通りに昔のような活気はない。シャッター通りとまではいかないものの、賑わいとは程遠い状態だった。

 急に立ち止まった昇太郎につられてあおいの腕が伸びて、反対の端にいた亜希子の腕を引っ張る。
「しょーたろー、急に止まったらアオくんの腕が脱臼しちゃうよ」
「脱臼とは大袈裟だなぁ。大丈夫だよ。なぁアオくん」
 当の碧は左右にいる二人の顔を交互に見ながら、どちらに加勢しようか検討している様子だ。
「ねぇ、これ見て」と昇太郎が指した先には、電器店ののぼり、、、旗がはためいて、、、、、いた。そこには、オーディオ・ビジュアル専門店の文字が踊っていた。
「ここの二階にあるみたいだけど、ちょっと寄っていい?」
「わたし、そういう店はあまり好きじゃない」
 明らかに亜希子は嫌がっていたが、突然手を振りほどいた碧が店の階段に駆け寄って行って登りだした。ここのところの碧は自力で階段を登ることが出来るようになって、それが楽しいらしい。
 亜希子と昇太郎は顔を見合わせて碧の後について階段を上った。

 階段を上った先の店内で真っ先に目に入ったのは大きなスクリーンに映し出された映画だった。喋る車が冒険するCG映画だ。
 映画館のスクリーンと比べたら遥かに小さなそれは、しかし広くない店内で見るとそれなりに大きく感じて迫力があった。ましてや小さな碧にしてみると、床から立ち上がるスクリーンを間近で見上げて圧倒されているようだった。

 「いらっしゃいませ。どうです? 音、出してみましょうか」
 店の奥で何かの作業をしていた店主と思しき人が昇太郎達に気付き、声を掛けてきた。
 昇太郎がお願いしますと言うと、その店主はリモコンを持つ手を伸ばして機器に向けて操作した。
 音量が上がると、画面の前にいた碧たち三人は画面上の車たちが砂漠の一本道を走る音に包まれて、画面の中に放り込まれたかのような臨場感に襲われた。
 碧を見ると、目が釘付けという顔の見本のような顔をしていた。瞬きの仕方も口の閉じ方も忘れてしまったようだ。

「これ、いいでしょう」
 店の奥から這い出してきた店主が私達の横に来て亜希子に話し掛けた。こういう店は嫌いとまで言っていた亜希子も、その目は画面に釘付けだった。

 何でも、中古のプロジェクターと中古のスクリーンだと言うことで、昇太郎が値段を聞くと思うより安かった。それを見透かしてか、店主はボーナス一括払いでどうですか、と昇太郎と亜希子の交互に目をやった。

 意外だったのは、これ貰います、と言ったのが亜希子だった点だ。
「いいよね、しょーたろー」
 と言って振り返った亜希子の瞳には、赤い車が喋っている様子が写っていた。

つづく


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