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属人的で何が悪い

 日本の企業人は従順だなとつくづく思う。大企業の場合は特にそうだ。
 経営の効率化や生産性の向上、リスキリングなどというお題目を与えられると、嬉々として従う。内心はやむを得ずといったところかも知れないが、お上には歯向かわないということか。ともすると、それ以外の生き方を知らない様にも見える。

 今と比べれば、昭和の時代の労働環境はブラックもいいところで、無茶苦茶極まりなかったと言える。それでもみんな、そんなにはおかしなことと思っていなかったのが不思議なくらいだ。世の中全体がポジティブな感情に覆われていたからかも知れない。この先世の中は良くなる気しかしないと多くの人が感じていたはずだ。
 属人的で強力な現場力で様々な局面を突破してきた。先輩のやっていることを良く見て聞いて覚えろ、怒られて成長するんだと言われた。企業は家族、会社は人生そのものだと言われた。毎日の長時間残業は当たり前で、残業申請などという野暮なことはしない。有給休暇はあくまでもいざという時のためだと思われていた。

 それから数十年の時が流れ、労働環境の改善が進んだ。そのことと直接的な関係性があるかは分からないが、あらゆる業界でマニュアル化が進んだ。
 最初にファストフード店でマニュアルによる接客が広まった頃、人々は口々に文句を言っていたものだ。人間味が無いし味気ないと。仕事をするなら少しは頭を使えと、マニュアル化の弊害が噂された。
 それが現在では全くそんな声を聞かなくなったばかりか、マニュアルが無い仕事は忌避されるようにすらなった。たとえマニュアル然とした文書は無くとも、少なくとも充実した研修制度やきめ細かな指導体制が整備されていることが最低条件だと思われているフシがある。
 企業において人を育てるということが、業務が滞り無く出来るようになるまで手取り足取り丁寧に教えることと同義だと思われるようになったと感じる。

 そんな訳だから、自ずと属人的なやり方やノウハウの蓄積は忌み嫌われる。ナレッジ・マネジメントによって誰でも習得できるようにし、その人がいなくても業務が滞らない様にしなければならないという理想的な理念が当たり前のように広まっている。
 挙げ句、休暇を取った人がいれば必ずその代理を務める人がいないと容赦しないというのが常識化しつつあって、本人しか分からないとでも言おうものなら不信感満載の目で睨ませる。

 この様な完璧主義は実に日本的だと思う。
 コンビニは365日24時間やっていて当たり前、電車は遅れずに運行されるのが当たり前、通信が途切れるなんてあり得ない。停電するなんて言語道断。
 自動車や家電品からは故障という概念が徹底して排除され、笑顔といらっしゃいませの明るい声は無意識で言えるようにならなければならない。
 日曜日や祝日に店舗が休むなどあり得ないし、そもそも年中無休が当たり前になって、文句を言ったり(本人にとって)緊急の用件での連絡先となるコールセンターが繋がらないのは許されない。

 これだけ完璧な仕組みになっていれば、さぞ生産性が高いかと言うと、実態はその真逆で、世界的に見て生産性の低さが際立っているのだから、何かが間違っていると早く気付いたほうが良い。
 生産性を犠牲にして利便性を優先しているのだと言えば聞こえが良いのかも知れないが、人口が減る中では言い訳にしかならない。
 今、少ない人の数で回していくことが出来ずに溺れそうになっている現場は大企業でも少なくない。人手が足りなくて激務を強いられているのは運輸業界だけのことではないのは皆知っているはずだ。あの人が育休取ったから私がこんなに忙しい思いをしている、と思っているかは分からないが、誰かの休みの皺寄せが忙しさとなってそこら中に散らばっているのは間違いない。自分も休暇を取るからと、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで。
 でも、この我慢の仕方は少しおかしい。いや、かなりおかしい。

 利便性を犠牲にしてまで生産性を高めることに意義があるのか疑問に思う人がいるかも知れないが、そんな呑気なことを言っている場合では無くなっているのだ。もう少し経てば人手不足も解消されると根拠のない期待感で凌いでいるのだろうが、そんな楽観論は捨てた方が良い。労働人口は減ることはあっても増える見込みは無いのだから。

 マニュアル化とナレッジの共有に拠って全体のスキルを上げていこうというのは、それ自体が誤りなのではない。しかし、これからの日本に必要なのは、金太郎飴化した均一な労働スキルを持った人を増やすことではない。
 自力で問題解決出来る人の割合を増やすことと、人とは違ったスキルを持っている人を増やすことだ。つまり属人的で大いに結構なのだ。むしろ属人的でなければならない。
 その代わり、手続き担当が休暇をいただいているので戻るまで2週間お待ち下さい、というアナウンスを当たり前に受け入れられるようにならなければならない。なぜなら、自分も休暇を取るのだから。

おわり

 
 

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