見出し画像

今の六十歳はどうして若く見えるのか

 ほんの五、六十年前くらいのことだ。
 その頃の男性の平均寿命は六十五歳を少し上回るくらいだったから、六十歳ともなれば普通に老人だった。世の中の扱いもそうだが、見た目もかなりヨボヨボだった。だから五十五歳で定年退職ということに何の違和感もなかった。

 今、六十歳の人に向かって老人と言うことが出来るだろうか。見るからに老人然としている人が六十歳だと聞いたら、逆に心配になるのではないか。随分老けましたねと心中で呟いてもおかしくない。
 今なら何歳になれば老人の見た目でも許されるのだろうか。

 寿命が伸びた理由は様々あるにしても、年齢ごとの見た目の変化具合が違って来たということは、身体を司る全ての細胞の老化が遅くなったに違いない。老化し始める年齢が遅くなったのか、それとも、老化し始める年齢は変わらずに老化速度が遅くなったのか。
 六十歳が老人だった頃、四十歳は確か今よりも老けて見えた印象だったから、この記憶が正しければ老化が始まる年齢が遅くなったのは間違いないだろう。

 老化速度は個人差が大きいらしく、四十代頃に始まる抗酸化酵素の減少が影響しているという。抗酸化酵素とは活性酸素を分解するタンパク質だ。体内で出来る活性酸素や過酸化物は反応性が高く、強力な酸化剤として作用するため過剰にあれば細胞を壊す。
 抗酸化酵素の代表的なものにスーパーオキシドジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどがある(語尾に「アーゼ」が付くのは酵素を意味する。接尾語の-aseは英語だとアーゼではなくエイスのところなぜか未だにドイツ語読みでアーゼと書かれることが多い)。
 スーパーオキシドジスムターゼは活性酸素を酸素と過酸化水素に変化させ、カタラーゼは過酸化水素を水と酸素に分解する。グルタチオンペルオキシダーゼは過酸化物を水とアルコールにする作用がある。
 こうした酵素が作られなくなると、体内で活性酸素や過酸化物が増えて細胞が壊れ、老化に繋がるというわけだ。
 
 そして、抗酸化機能の低下要因になっている老化を司るタンパク質があるという。AGE(終末糖化産物)と呼ばれるこのタンパク質は、糖が結合して変性したタンパク質で、誰でも加齢とともに体内に溜まっていくものだ。AEGの体内量が増えると、抗酸化機能が経過して活性酸素が増え、慢性炎症が増えて、さらにAEGが増えるという悪循環が起こる。
 AEGは血中で過剰になったブドウ糖が細胞などにあるタンパク質に結合してできる場合と、加熱調理されたタンパク質を食物として摂取する場合がある。どちらにしても、人が口にするものに由来しているので、老化防止に食事は大切だということになる。

 しかし考えてみれば、昔よりもむしろ今の方がAEGを多く摂取するような食生活になっていると言えるだろう。老化しやすい食生活になっているにも関わらず、同じ六十歳でも若く見えるのは何故だろうか。
 昔の方が、体内活性酸素が多くなるような要因が何かあったか、AEG以外の要因で抗酸化酵素が減る要因があったということだろうか。

 あるいは単に気持ちの問題で、生きる理由が無くなると急に老け込むのか。娯楽や刺激の多い世界に生きている今の私たちは長生き出来ると喜んでいるが、実は社会環境によって無理矢理生かされているだけなのかも知れない。老後にどんな楽しみがあるにせよ、長生きにどんな喜びがあるにせよ、子孫繁栄には何の関係もない。生物として長生きする意味など無いのだとしたら、長生きを切望してやまないのは、世代交代を遅らせることで文化的な進化を遂げた人類ならではなのかも知れない。

おわり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?