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独り言

 私はPCに向かって仕事中によく独り言を言う。
 これは仕事中に限ったことで、仕事以外でPCを利用している時は、ゲームをしている時も含め独り言は言わない。
 独り言と言っても終始ブツブツ言い続けているのではなく、「そうだよね」とか「おかしいなぁ」といった合いの手を時折口にする程度だ。言ってみれば自分相手の相槌だ。とはいえ独り言は独り言。

 昔会社の先輩で独り言の激しい人がいて、その人の隣の席になった時は、話しかけられたと思って受け答えをしてしまい、その度に顔を見合わせていた。慣れてくると、また独り言だなと分かるのでスルーするが、そんな時に限って話しかけられていたりして結果私が無視する人になってしまう。
 私が仕事中に独り言を喋るようになったのは、きっとあの人の独り言と会話をしていたせいに違いない。

 独り言は場合によってはコワイ。
 通勤時にたまに乗り合わせる男の人で独り言の多い人がいる。年恰好は学生っぽい感じだが恐らく勤め人だろうという雰囲気だ。何を言っているのかは分からないが、時折身体を小刻みに揺らしながらブツブツと何かを呟いている。ちょっと気味が悪い感じすらする。
 先日たまたま私はその人の前に立った。立ってからその人であることに気が付いたというのが正しい。例によって貧乏揺すりなのか震えているのか小刻みに揺れながら何かを言っている。膝の上の鞄の中から突然包丁を突き出されたりしたらどう反応しようかと私は頭の中で必死のシミュレーションを繰り返していたが、この混雑状況では自分の鞄を盾にすることぐらいしか出来ないなとの結論に至って、機を見て場所を移動すべきか考え始めていた。
 その時彼の声が少しだけハッキリ聞こえた瞬間があった。それは「さむいーっ」と聞こえた。より一層聴覚に集中してみると彼は間違いなく寒い寒いと連呼していた。ちゃんと暖かそうなダウンコートを着ていて手袋もしている。だからまさかと思ったが彼は寒がっていたのだ。
 寒くて震えていたのかは分からない。その後は寒いとは別のことを喋っているようにも聞こえた。身体ではなく心が寒いということだってあるかもしれない。しかし私より遠くから乗車していた彼があの日寒かったのは事実なのだろう。それを聞いた私はなぜだか彼の鞄の中に包丁は無いと確信した。

 何で独り言を喋るのと言われても理由は自分でも分からない。意図して独り言を喋っているのではないので、それがいつ始まるかも分からない。でも人が言葉を発する時は誰かに聞いてもらいたいという心理が何処かで働いているのかも知れない。独り言に反応されるとバツが悪いけれど、心の何処かで誰かが反応してくれるのを求めているのかもしれない。
 携帯やSNSといった通信手段の発達によって繋がりやすくなる反面で、対面で深い関係を築く機会が減って、ひとりひとりが孤立しがちな時代だ。スピーカからではなく口から発する声による生のコミュニケーションを大切にしたい。
 独り言のあの彼に突然話しかけたら私の方が気味悪がられることぐらいは認識している。独り言以外で知らない人と話すのは難しいのかも知れない。彼にはこちらも独り言で対抗しようか。

おわり

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