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テーパリング

昭和の終盤に高校生時代を過ごした私の場合、当時ブームだったビリヤードが青春の思い出とともに今も身近にある。

図らずも、あのブームが始まる直前に友人とビリヤードを始めていたのだが、ブームによって沸き立って行く様子をまるで最前列の席で見ていた私たちは、日に日に吊り上がっていく料金と膨れ上がる待ち時間に、趣味のひとつとして楽しむ環境ではなくなっていくと辟易していた。

何より、お金の無い高校生にとってプレー代金の高騰は即ちプレー時間の縮小を意味する。まして待ち時間が2時間以上ともなれば諦めて帰らざるをえない。
そうして一時熱を帯びかけた私のビリヤードに対する想いは、冷めはしないまでも大きく縮んでしまったものだった(と言いつつ大学受験を控えた高3の秋までやっていたのだが)。

遊び以外のビリヤードをやったことのない人には分からないかも知れないが、ポケット・ビリヤードは的の球を穴に入れて楽しむ競技ではない。
盤上に提示される2つとはない球の配置を、撞く球(キューボールという)を自在に動かして詰将棋のように或いはパズルのように解きつつ、かつ、ゲームをコントロールする事に趣がある。

球を撞く棒状の道具は日本ではキューと呼ばれる。偶然のイタズラによって提示された問題を、二人のプレーヤーがキューを使ってキューボールを撞きながら解きあって、時に技と閃きを闘わせるのがビリヤードなのだ。

これもビリヤードをやったことの無い人にはもしかすると分からないかも知れないが、ビリヤードのキュー(スティック)は下から先端に掛けて先細りになる形状をしている。こういった形状をテーパーという。
従って表題のテーパリングとは、少しずつ細く小さくするようなことを指す。

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今、量的緩和政策を取っている世界の諸国では、テーパリングをどう進めるかが議論の的になっている。

どういうことか。

まず、量的緩和政策とは何か。
簡単に言えば、世の中に出回るお金の量を増やすこと。
ただ単に紙幣を沢山刷るだけでは政府の倉庫に札束が貯まるだけだ。なので、政府が世の中の何かを大量に買うことによって、その支払いと引き換えに世の中に出回る札束を増やすという方法を取る。
政府が買うものの主なものは国債だ。

政府がそんなに沢山の札束を投入しているのなら、何故自分の手元に札束が増えないのかという疑問が聞こえてきそうだ。
簡単に言えば、それは、経済状況がそれ程までに深刻だと言うことだ。
普通は世の中の札束の量が増えれば、貴方の財布の中身も増えるはずだ。単純化して言えば、それを狙って政府はお金を供給しているのだ。
でもここ日本では、財布の中身は増えていない。

日本の問題はさておき、海外ではそうやってばら撒く札の量を、少しずつ減らして行こうと計画し始めた。
これがテーパリングだ。

つまり世に出回るお金の量がダブつき始めそうな感じになって来たということだ。
ダブつくと何か問題かと言うと、それだけでは問題ではないのだが、過剰なダブつきは過度で急激なインフレになる可能性が出てくるので、そこが不安材料となる。

希少なものの方が価値があるのはお金でも同じで、出回る量が増えれ過ぎればお金の価値も下がる。
それがインフレだ。
インフレ自体は悪いことではない。しかし、そもそもお金の適量がどれくらいなのか誰にも分からないので、インフレの程度をコントロールするのは非常に難しい。操作を失敗すれば過剰なインフレとなり、大量の札束は紙くず程度の価値に成り下がってしまう。そうなれば牛乳一本買うのに数百万円、なんて言う世界になってしまう。

海外でのテーパリング模索の動きは、少なくとも海外では経済状態が良い方向に変化し始めている可能性があることを示しており、テーパリングのテの字も出ないここ日本は世界から取り残されてしまっているということだろう。

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デフレ脱却の先に道筋を見出だせない中で、もし急激で過度なインフレへと反転することになれば、我々の生活は一気に破綻することになる。
政府は直接的にはお金の供給量を調整する事でしかコントロールする術を持たないので、もしインフレの気配がしたら、テーパリングと称して定期的に購入する国債(など)の量を減らしていく。
そもそも量的緩和をしていることが異常な状態だったのだから、テーパリングなどと言わず国債を買うのをやめちまえ、という暴論は成り立たないのが難しいところ。

雪道の運転はどうするんだったっけ?
急ハンドル、急制動をしないように、そっと優しく運転することだよね。

お金のコントロールも、きっとそれと同じだ。

ゆっくりと、徐々に。
出しては止め、止めては出し。
決して暴走してしまわないように、各国の中央銀行では細心の注意を払って舵取りが行われている。

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ところで、日本ではビリヤードと呼ぶあの球を穴に落とすスポーツ(or ゲーム?)のことは、欧米ではプールと言われる。
穴に落ちたボールは台裏にあるレールに載ってゴロゴロと転がっていくイメージが強いかもしれないが、日本でスタンダードのその仕組みは、ボールリターン型というタイプのオプション仕様。
元々は各穴にネットが付いていて、落ちた玉はそのネットの中に溜まる仕組みだ。プロの試合で使われている台ではゲーム後にネットから球を出すところを見ることが出来ることがある。
ポケット・ビリヤードは、ネットにボールが溜まるのでプール(溜まる)ビリヤードと呼ばれ、略してプールと言われるようになった。

ビリヤードのあるオシャレなバーが、プール・バーといって大学生の溜まり場になった時期があったと思うが、あの当時は高校生(その後浪人生)だったので、プールバーには行ったことないんだよねぇ。

街に札が飛び交っていたあの当時のことを人は後にバブルと呼び、私が20歳の時にバブルが弾けてから30余年。
いまの日本のお金は一体どこにプールされているのやら。

おわり

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