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映画『SHAME』

 雨の埠頭で立ち尽くし泣き崩れる主人公。その背景には過日の情事を思い出させるホテルがそびえている。高層階のあの窓から見下される場所で背中を見せて、行き場を失い見上げることも叶わなくなった主人公の進もうとする先にはただ漆黒の海が広がるだけだ。

 パパとしての家庭を持つ上司。その上司や同僚からの信頼も厚い主人公は、女性で言えばすれ違いざまに声をかけられるような美男。仕事場のあるマンハッタンから地下鉄で数分のところに建つ高級感のある2Kのマンションに独り暮らししている。その瞳に見つめられたら抗えないようなセクシーさは、男なら誰もが羨むような理想の男性像だろう。
 そんな彼はしかし、恋愛よりも性愛に執着していて、情婦や行きずりの女性との情交を愉しむばかりか、会社のPCにまで卑猥な画像を溜め込むほど依存している。

 ある日、仕事終わりに行ったバーで上司がスーツの女性をナンパしようとする。あえなく惨敗した上司をタクシーで帰すと、主人公の彼はその女性と暗闇での屋外性交に及ぶ。
 帰宅すると、誰も居ないはずの部屋の中から音がする。主人公がバットを持って殴りかかろうとすると、それはしつこく電話してきていた妹だった。
 売れないジャズシンガーをしている彼女が転がり込んできての生活が始まる。

 情動の解消のために行う一時の情交は、愛情ばかりか性愛も満たしてくれない。恋愛では勃たなくなってしまった彼は、しかし心の底から突き上げてくる寂しさにも似た性欲に、満たされないと分かっていても答えを見つけようと夜を彷徨う。

 本当は大切なのに見失っていたことを恥じ、一度は追いかけて捕まえられなかったあの輝きを彼は手にすることが出来るのか。大切なものを失ってからではもったいない。

 ニューヨークを舞台にしたステレオタイプなアメリカ映画を期待すると裏切られる残像感のあるこの映画は、性愛表現の過激さを求めたとしても裏切られる。映画の向こうに広がる心と見る側の心が同期したときに初めて沸き起こる感情に包まれるタイプの映画だ。

おわり
 


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