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凍った湖で、釣りをしながら春を待つ

厳冬期の2月は気温が-30度前後まで下がることもあり、仮に魚が釣れたとしても、穴から出てしばらくするとカチコチに凍ってしまうのだ。気温の温かい春先は、素手でも魚を捌くことができ、釣りをしていても集中力が持続する。

ようやく極北ユーコンでも、春の気配を感じ始めている。とはいっても4月初旬でも雪はたっぷり残っており、外気も夜はマイナス15度程度まで下がる時期である。3月中旬からは日照時間が急激に増え、同時に気温も上がってくる為、春を迎える喜びが徐々に湧いてくるのだ。

日本で桜が咲いたという話を聞く度に、海外、特に極北在住者にとっては羨ましい気持ちになるものだ。極北の春の到来は日本のゴールデンウィーク前後であるが、その頃には雪が解け、春一番の花であるクロッカスが咲き始める。

個人的には、極北の3月後半から4月は楽しい季節でもある。寒さが和らぐと共に、冬の遊びが比較的温かい気温でできるからだ。特に趣味であるアイスフィッシング (氷に穴を開けて魚を釣る穴釣り)は、3月から4月にかけてがベストシーズンである。

<20:00時から釣りを始め22:00頃に日が暮れる>

日照時間が増えて気温が上がるにつれ、魚の活性も徐々に上がってくる。極北にはレイクトラウトというマスの一種やパイクなどの大型魚がいるが、この時期に釣って楽しい魚はホワイトフィッシュという魚だ。日本にはいない魚であるが、40センチ前後のサイズであるこの魚は、釣ってよし、食べてもよしの魚でもある。

普通の穴釣りでは氷の穴に糸を垂らし、魚が餌を食いつくタイミングを待つのみだが、ホワイトフィッシュの穴釣りだけは別である。春になると浅瀬にやってくるホワイトフィッシュは、穴を通して氷の下で泳いでいる姿を見ることができる。雪の上にキャンプ用のマットレスを敷いて寝転び、顔を直接穴の上に当てながら、魚がやって来る様子を見ながら釣ることができるのだ。

<アイスフィッシング の動画です。>

口が小さなホワイトフィッシュは、他の大型魚に比べて食いつきが悪い。小さな擬似餌を口で吸い込むまではいいが、本物でないとわかるとすぐに吐き出してしまう。通常の釣りのように、アタリだけに頼っていたのでは、感覚が小さくなかなか合わせるタイミングが難しい魚だ。そこで穴を直接覗きこみ、ホワイトフィッシュが食らいつくタイミングで合わせをすることにより、釣れる確率が断然と上がるのである。

ホワイトフィッシュは、コイとフナを混ぜたような地味な見た目だ。だが味にはクセがなく、とても美味しい魚である。アイスフィッシングでは、大抵釣りの最後に氷の上で魚を捌く。傷みが早い内臓はその場で出し、切り身にするのも氷の上だ。捌くと綺麗な白身魚なので、ホワイトフィッシュという名前がついたのであろう。

<口が小さなホワイトフィッシュ>

また3月と4月は、氷の上での魚捌きが楽な時期だ。厳冬期の2月だと、気温がマイナス30度前後まで下がることもあり、仮に魚が釣れたとしても、穴から出てしばらくするとカチコチに凍ってしまうのだ。すぐに魚を捌いたとしても、指先が外気ですぐに痛くなってしまう。気温の温かい春先は、素手でも時間をかけて魚を捌くことができ、釣りでも集中力が持続する。

ホワイトフィッシュは身の一部に小骨がある魚なので、切り身にしてからも小骨を取り除かなければいけない。骨を取り除くうちに、最初は大きかった魚がだんだんと小さいなっていく。日本の習慣とは違い、北米では小魚を食べる習慣があまりない。肉文化が基本となっている為、大きな魚の切り身を、肉のような感覚で食べる姿をよく見かける。

この違いもあってか、魚の頭や骨のついた身をほぐして食べる習慣もない。そもそもフォークと箸とでは、機能上の違いもある。この為、切り身で残って頭や骨周りの身は、氷の上で不必要なものとして置いて行かれることになるのだ。その為穴釣りをしている際には、極北の大きなカラス(ワタリガラス)や白頭鷲が上空を旋回してくることがある。キタキツネやコヨーテといった野生動物の足跡もあり、残された魚は無駄にされることがないのだ。

<氷の上のマラミュート犬、テンシ>

我が家は極北の大型犬のマラミュート犬を飼っているので、頭などの全ての部分を家に持ち帰るのだが、犬にも魚の味が分かるようだ。サーモンが一番美味しいようで、凍った生のサーモンは喜んで食べている。だがホワイトフィッシュは生で食べることはなく、火を通さないと舐めるだけで食べることはない。その為、鍋でホワイトフィッシュの頭と骨を入れたスープを作り、犬用のご飯を作ることになるのである。

個人的には、ホワイトフィッシュは揚げものが一番美味しい食べ方だと思っている。小さい切り身を片栗粉などでまぶし、オリーブオイルでサッと揚げる。塩と胡椒を振り、レモン汁をかけるとたまらなく美味しい。これにユーコンの地ビールがあれば完璧だ。

<ホワイトフィッシュの揚げ物とユーコン地ビール>

極北の冬は暗くて寒く、そして長い分だけ、春の到来や日照時間の長さにはとても敏感になる。日本人が桜の開花で春の到来を感じる季節に、極北カナダのユーコンでは、氷の上で魚を釣りながら、本格的な春の到来を待っているのだった。


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