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「桜が咲くと前後不覚になる症例」

#Twitter300字ss  お題「咲く」

 帰宅すると妻が突っ伏して泣いていて、普段から寡黙な娘は柱を支えにして倒立をしていた。
「ずっと逆立ちしてるの、脚を引っ張ってもびくともしない」
 妻はしゃくり上げながらも状況を説明してくれた。
 懇意にしている医者を連れてきたが、庭の木ばかり眺めている。
「桜が散る頃には治るだろ」
 彼の言った通りだった。軒先が花吹雪に包まれる頃、娘は手で庭まで歩いて桜の枝に膝を掛け、鉄棒の要領でひらりと木に乗ったかと思うと飛び立って消えてしまった。
「お前に娘はいないんだ」
 隣に立っている医者に言われる。広がる空のどうしようもない青に花弁が飛んでいくのを眺めているとそんな気がしてくる。
 果たして妻もいたのか分からなくなってきた。


(300字)



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