「アナログバイリンガル」
「お疲れ様です」
プロジェクトが完了して、彼は私と握手した。
日本語が堪能だが、来日したのは成人してからだという。
「大変だったです、ケイセツでした」
ネイティブでもぴんと来ない語を使ってくる。
「蛍雪とは。苦労して勉強すること。蛍の光、窓の雪」
視界に解説の文字が流れた。
「機械も高くて買えず」
彼は私の眼鏡を指さす。
「ノートに鉛筆でひらがなから書き始めました。呪術に使う文字に見えました。アナログの方法と思いますよね」
そんな勉強風景を、少し羨ましいと思う。日常に解説があるのは良いが、時々知っている単語の説明までしてくる。現に今も「アナログ」を含んだ例文が十六個流れてきた。この頃はよくエラーも発生する。
「再起動してください」
合成音声が言うと、ぶつっと耳障りな音がした。私は眼鏡を外す。
「この後食事をどうですか」
彼の言葉に私は思わず微笑む。丁度言おうとしていたことだ。
開けた視界に、私とは違う彼の瞳の色が映えた。
(空白含め410字)
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