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「空飛ぶストレート」


 彼氏と別れた。
 別れ際に放たれた、負け惜しみのような言葉が私の心に刺さり続けた。
 思い出す度に苛々するので、ストレス発散のためにボクシングを習い始めた。無我夢中で打ち込んでいたら周りに認められ、なんと試合に出ることになった。
「―!」
 リングに入場しようとすると、どこからか私の名前を必死に叫ぶ声が聞こえる。観客の歓声に紛れているが、あれは間違えようもない。
 元彼の声だ。
 そういえば連絡が大量に入っていた。練習に集中するため全部無視していたけど。あんな言葉を吐き捨てたのに未練がましく復縁を迫る。そういう人間なのだ。
 滅茶苦茶腹が立つが、暴力に訴えるのはスポーツマンシップに反する。
 代わりに、私は思い切り拳を振るう動作をした。それで気を済ますつもりだった。
 だが。
 すぽ、と、グローブが浮いた。
 緊張のあまり、きちんと装着できていなかったようだ。
 グローブは空を切るように真っ直ぐ飛び、元彼の頬にストレートを決めた。


(空白含め410字)

#ショートショートnote杯 参加作品


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