【創作】霜月、惑星レターを君に

「今夜は140年ぶりにほぼ皆既月食が見られます。歴史的天体ショーが全国各地で楽しめそうです。」 


昔から星が好きだった。幼少期はセーラームーンごっこに明け暮れた。学生時代はBUMP OF CHICKENにハマった。「天体観測」の大ヒットにより、すでに大人気メジャーバンドとしての知名度があったが、香織には彼らを自分の手で見つけたという自負があった。そんな彼女の愛読書は「星の王子様」だった。



テレビから聞こえる気象予報士の解説に、香織の胸は高鳴っていた。早く夜にならないかな、と子どものように呑気に時計を眺める。
はっ、と家を出る時刻が迫っていることに気付き、朝のニュースを横目にトーストとコーヒーで軽く朝食を済ませ、慌ただしく家を出る。玄関にスマホを置き忘れるなどして、それもまあご愛嬌だなんだと、特に気に病むこともなく、商店街にある昔ながらの洋菓子店でケーキの売り子に早変わりし、いつもと変わらない穏やかな一日を過ごし、帰路に着いた。



アパートの前まで来ると、香織はスキップを止め、NASAのキーホルダーをつけた鍵を取り出した。家の中に入り、手洗いうがい消毒、きっちり検温まで速やかに済ませると、まっしぐらにベランダに出た。あれ、おかしいぞと彼女は首をかしげる。

国立天文台の発表によると、食の最大は18時02.9分。香織の腕時計はまだ17時台を示している。まだ、完全に隠れてはいないはずなのに、月が見えない…? いや、待てよと彼女は思った。空が雲がかっていることに加え、そもそも方角的にここからでは見えないということに気付いてしまったのだ。

香織がこの場所から月を眺めるのは、いつも夜が更けてから。重大なミスを犯してしまったことに少しへこんだが、あったかいリビングに戻って、お気に入りのカップに注いだホットミルクに癒してもらった。おいしい夜ごはんで元気チャージもした。



そうだそうだ、手紙を書こうと香織はレターセットを取り出した。日頃からLINEには非常にお世話になっているが、どこか味気ない気がして、香織はときどきこうして誰かに手紙を送る。

集めていた宇宙シリーズのレターセットに挟まっていた1枚のはがきが床に舞い落ちる。『2021年10月から郵便物(手紙・はがき)・ゆうメールのサービスを一部変更します。』と書かれた手元のはがきを見て、そうだった、先月から土曜日の配達が休止になったのだと思い出す。

つい先日、友人の誕生日に合わせて手紙を送ったが、あいにく当日が土曜日だったため、数日遅れのサプライズになってしまったという苦い経験がある。でもやっぱり、土曜日の配達が減ったことで、自分の時間が増えた郵便屋さんがいたらいいなと香織は思った。



今日は11月19日金曜日。
どちらにしろ、この手紙が届くのは週明けだ。YouTubeにてほぼ皆既月食のLIVE配信を見ながら、想いを綴る20時前。画面の中では、ライトアップされたスカイツリー越しに、月がだんだんと姿を現していた。

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